りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

症例37:49歳男性、意識障害(J Emerg Med. 2020 Nov;59(5):705-709.)

今回は意識障害の患者の診療です。

 

自分ならどうやって対応していくか、各問いに答えながら考えていきましょう!

 

 

 

case presentation

・49歳男性
意識障害のためERに搬入された
 ◦12時45分、息子が父親(患者)の部屋で大きな物音がして向かったところ床に倒れて動かなくなっている患者を発見して救急要請した
・前日までは特に問題なく健康な生活を送れていた
 ◦息子によれば前日の夜にワイン2杯飲んでから寝たという(20時が最終健常時間
・救急隊到着時は、四肢は動かさないものの瞬きはしている状態であった
 ◦血糖測定したところ107mg/dL
 ◦救急隊は頸椎カラーをつけて病院へ搬送した
・救急車内で心電図が実施され、以下のような所見であった

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(HR92bpm、右脚ブロック、V4-6誘導でSTD、V1-2誘導で深い陰性T波)
 

ER到着時バイタル:BT37.1℃, HR94bpm, BP160/87mmHg, SpO2 95%

瞳孔不同はなく、対光反射は両側であり

指示に従って、瞬きをする/眼球を水平に動かすことは可能であった

四肢を動かすことはできなかった

・近医にて脂質異常症を治療している

 

 

この時点での鑑別疾患は?

・ECG所見からはACSの可能性はあるが、重度の神経学的異常と関連するとは思えない

 

脳幹梗塞または出血/椎骨脳底動脈解離/髄膜脳炎/てんかん発作などが鑑別に挙がった

 

椎骨脳底動脈解離であれば特発性または外傷による二次的なものの可能性がある

 ◦頭痛/頸部痛、失語症や協調運動不全など

 ◦そして、この解離により脳幹梗塞を発症しうる

Vertebral Artery Injury - StatPearls - NCBI Bookshelf (nih.gov)/Pol J Radiol. 2019 Aug 20;84:e307-e318./Clin Neurol Neurosurg. 2019 Dec;187:105561.)

appleqq.hatenablog.com

 

髄膜脳炎の可能性は低いかもしれない

 ◦免疫不全ではなく、発症が激烈かつ発熱もない

 

中毒や代謝性障害も鑑別からは外せない

 ◦アルコール中毒やそのほかの中毒、肝性脳症、電解質異常など

 

痙攣後のpostictal stateの可能性もある

 ◦てんかんの既往やアルコール使用障害の病歴はなかったし、神経学的所見が合わないため可能性は低いか

 

浸透圧性脱髄症候群(ODS)の症状は合致するかも

 ◦四肢麻痺があり、眼球運動機能を維持することしかできなくなる

 ◦原因は低Na血症の急速補正/重度の高血糖/低P血症など

 ◦ただし、前日まで元気だった人なので考えにくいかもしれない

Eur J Neurol. 2014 Dec;21(12):1443-50./Ann Clin Biochem. 2008 Jul;45(Pt 4):440-3./Case Rep Neurol. 2015 Oct 1;7(3):196-203.)

appleqq.hatenablog.com

 

Strokeやてんかんなどは疑いやすいでしょうか。

locked in syndromeみたいですね…。

 

 

ERでの初期対応をどのように計画するか?

・鑑別診断は広いが、当面は脳卒中ACSを念頭に対応した

 

・重度の神経学的異常があるため‘‘code stroke’’ protocolを発動した

 →緊急での神経内科コンサルト/CT室への連絡がされた

 ◦NIHSSは23点であった

 

・神経診察をしたのちに、患者は口腔内分泌物が増えてSpO2 86%まで低下したため、酸素投与を行いSpO2 100%まで改善した

 

確実な気道確保を行うため、RSIを行い気管挿管を行った

 ◦合併症なく成功した

 ◦propofol持続静注により鎮静された

 

頭頚部CTA撮影のためCT室へ搬送された

 

・血液検査…Cre 0.79mg/dL, Na139mmol/L, CPK527U/L, 高感度cTnT 159ng/L, INR 1.0

 

 

代謝性障害ではなさそうです。血糖値は病院前で測定してくれているし。

やっぱり頭の疾患でしょうか。

まずは頭蓋内出血除外などの目的でCTに行くとは思いますが、CTAにするかどうかは意見が分かれるかもしれません。

脳梗塞を見越してCT perfusionに行けるなら行けばいくし(当院ではできない)、単純CTにとどめておいて迅速に検査できるならばMRI/MRAをするかも。

 

 

心電図所見はどのように判断しますか?

・ECG所見が神経学的異常に関連しているのか、脳卒中がECG所見を引き起こしているのか検討された

 ◦どちらかというと後者の可能性が高いと判断されていた

  ‣例えば、くも膜下出血後の心電図変化…のような感じ 

  ‣非特異的ST変化、陰性T波、QT延長、心房細動、心室性期外収縮、徐脈など

(J Med Life. Jul-Sep 2015;8(3):266-71.)

 

研修医当直御法度百例帖第2版(通称青本)にも

くも膜下出血で急性冠症候群とよく似た心電図変化をきたす」と書いてあります。

くも膜下出血に限らず、頭蓋内イベントではこのような変化を伴うことがあります。 

 

深めの陰性T波はcentral T waveっぽいです。

この神経学的所見のときにはACSはあまり疑わないような気がします

(この症例検討では議論になっていますが)

 

 

中枢性病変を考えるが、CTにいくかMRIにいくか…? 

・以下の理由からMRIではなくCT(CTA)を選択した

 ◦鑑別診断として脳卒中は外せないが、梗塞だけでなく出血の可能性も考えられる

 ◦最終健常時間から考えると、脳梗塞だった場合の血栓回収療法の適応はある時間帯

 ◦ER受診から画像検査までの時間を短縮することで治療までの時間を短縮可能

 ◦血栓回収療法をするのであれば頭蓋外血管(内頸/椎骨動脈など)についても検索したほうがよいとされている

(Stroke. 2019 Dec;50(12):e344-e418./J Neurointerv Surg. 2017 Apr;9(4):340-345./J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2005 Nov;76(11):1528-33.)

 

 

頭蓋外血管を検索してしまう目的でCTAが選択されたんですね。確かに合理的かも。

MRAやると時間かかりそうだし、CTAで済ますのがreasonableかな。

 

確かに、以前取り扱った両側椎骨動脈閉塞による脳梗塞の診断の際にもCTAが選択されていました。

 

appleqq.hatenablog.com

 

 

CTAの所見と、next stepは?

上小脳動脈の分岐レベルでの脳底動脈閉塞が認められた

f:id:AppleQQ:20201210235154p:plain

・最終健常時刻から6時間以上経過していたため、梗塞巣をより明確に判定するためにMRIが実施された

 

 

next stepはこうなるでしょう。

この時点で当院では対応困難になってくるので転院搬送を考慮する段階になりそう。

 

 

脳梗塞に対する血栓回収療法の適応は?

・以下の全ての基準を満たす際には適応がある
 ◦発症から6時間以内
 ◦脳梗塞発症前のmRS 0-2
 ◦ICAまたはMCAの閉塞
 ◦18歳以上
 ◦NIHSS>6
(Stroke. 2019 Dec;50(12):e344-e418.)
 
DAWN trialによれば最終健常時刻から6-24時間の大血管閉塞に関しては適応がある可能性がある
(N Engl J Med. 2018 Jan 4;378(1):11-21.)
 
DEFUSE-3 trialでは6-16時間でも基準を満たせば患者の機能的予後改善効果があることが報告されている
(Int J Stroke. 2017 Oct;12(8):896-905.)
 
・本症例の患者には大血管閉塞はなかったが、重大な障害を引き起こす脳塞栓症があることが判明した
 ◦MRI DWIにより橋右側に梗塞巣を認めた
 
 
完全な適応ではなかったですが、重度の症状があるため血栓回収療法が選択されそうです。後方循環系でも可能なんですね。
 
 
ガイドラインは確認しておくとよいです。
 
 
絶対的な適応は6時間以内の大血管閉塞症例ですが、
発症から6時間を超える症例でもその有効性が示されています。
 
以下、少しおさらいしてみます。
 
・2つのRCTで、発症から6時間を超える症例における機械的血栓除去術の有効性が示された
 ◦対象はIC/MCA M1閉塞の症例
DAWN trial
 ◦発症6-24時間
 ◦NIHSS≧10/perfusion CTまたはDWI+perfusion MRIでの所見で対象を選択
 ◦90日時点でのmRS 0-2…機械的血栓除去術群で有意に良好
  ‣49% vs. 13%; adjusted difference, 33%; 95% CI, 21 to 44
(N Engl J Med. 2018 Jan 4;378(1):11-21.)
・DEFUSE-3 trial
 ◦発症6-16時間
 ◦perfusion CTやDWI+perfusion MRIでのcore-penumbra容量のmismatch/NIHSS≧6
 ◦90日時点でのmRS 0-2…機械的血栓除去術群で有意に良好
  ‣45% vs. 17%; relative risk, 2.67; 95% CI, 1.60 to 4.48
(N Engl J Med. 2018 Feb 22;378(8):708-718.)
 
血栓溶解療法や血栓回収療法についてはNEJMのreviewが非常にわかりやすかったです。
以下を参照してください!

appleqq.hatenablog.com

 

 

MRI所見から、どのような介入がされたか?

・患者は画像検査の結果から血栓回収療法を受けた
脳底動脈塞栓が同定され、血栓除去がされ、再灌流を確認された
 →この血栓により今回の症状が引き起こされたと判断された
・患者はICUに入室となった
 

動脈内治療の合併症は?

・一般的には大腿動脈を介して処置が行われる
合併症のリスクは約15%ほど
 ◦アクセス部位の合併症…動脈/神経損傷、血腫形成、感染症など
 ◦手技中の閉塞血管損傷、血栓回収後頭蓋内出血など
(Int J Stroke. 2018 Jun;13(4):348-361.)
 
 

 入院後の経過はどうだったか?

血栓摘出の翌日、四肢を動かすことができるようになり(左上下肢はMMT3-5ほど)、指示に従えた
 →抜管された
・aspirin 81mg+enoxaparin 30unitsが開始された
・第3病日に一般病棟に転棟となった
・第6病日にリハビリ病院へ転院となった
・1か月後のかかりつけ医のフォローアップでは軽度の協調運動障害と左上肢に軽度の筋力低下(MMT4)を認める程度に改善していた
 
 

救急医として覚えておくべきポイント

・脳底動脈領域の脳梗塞は初期診療で診断が困難になることが多い疾患として知られる
・重度の神経学的異常を呈する患者に対しては幅広い鑑別を持ちつつもStrokeの可能性を棄却しないことが重要
・Strokeの患者は心電図変化を示すことがあることは覚えておく
 ◦ACS自体が(ショックなしに)重大な神経学的異常を呈することはない
・大血管閉塞による脳梗塞タイムマネジメントが重要
 ◦なるべく早期に神経内科への対診を考慮すること
 ◦血栓回収療法はより一般的になっているためその適応を理解しておくこと
 ◦必要ならばタイムリーに転院を進めること