二次性頭痛の重要な鑑別として頸動脈解離や椎骨動脈解離があります。
若年性脳卒中の約20%ほどの原因となっており、見逃しは永続的な神経障害の原因となるため避けたいところですが、比較的まれなこともあり、診断はなかなか難しいです。
個人的には、特発性1例/外傷性2例くらいしかまだ診断経験がありません。
今回、改めてreviewを読んでみたのでまとめてみます。
Emerg Med Pract. 2016 Jul;18(7):1-24.
Cervical artery dissection: early recognition and stroke prevention.
Cadena R.
疫学
・ERでは比較的まれな疾患ではあるが、見逃されると障害を残すことになりうる重要な疾患
・発症率は高くない
◦2-3例/10万人/年ほどの発症率
◦頸動脈解離(1.7例/10万人)>椎骨動脈解離(0.97例/10万人)
・外傷による頸動脈解離は1000例に1例ほどの割合で発生
・全脳梗塞のうち、全年齢では2%、45歳未満では最大20%が頸動脈解離によると報告されている
◦67%が虚血を発症し、特に最初の24時間で発症することが多い
・あいまいな症状を訴えることが多いため、診断の遅れがしばしば起きる
◦症状発現から診断までに約9日かかるという報告がある
・多くの患者で症状は軽微であるため診断がしばしば遅れ、不可逆的な神経学的異常を残すことがある
・頸動脈解離は特発性、外傷性の機序で発症する
若年者の脳梗塞の主要な原因となっています。
特に、頸動脈解離/椎骨動脈解離発症から24時間以内に脳梗塞を発症することが多く、この時間内に診断/予防的治療を始められるかがkeyになります。
病因・病態生理
・血管壁の内膜がさけ、内皮や内弾性板が破綻する
→血流は血管壁の層間を走行し、偽腔を形成する
→血流が持続的にあると壁内血腫が偽腔内で拡大
・頭蓋外動脈と異なり、頭蓋内動脈では外層が薄く、外部弾性板がない
→解離が頭蓋内に広がると仮性動脈瘤や破裂を起こしやすくなる(SAH)
・内膜損傷は特発性、外傷性、軽微なストレスなどで発症しうる
・最も発症しやすい部位は骨隆起がある付近で、ここで血管が引き延ばされたり圧迫されたりすることが原因
◦頸動脈…頭蓋外では、頸動脈がC2-3の横突起上を移動する頭蓋底付近の頸動脈分岐点から約2cmの部位(A)
◦頸動脈…頭蓋内では通常棘上筋部(B)
◦椎骨動脈…C1-2レベル(大後頭孔に流入前に頸椎横突孔により圧迫される:C)またはC5-6レベル(横突孔に入る前に頸部の進展屈曲運動で不動の部位:D)
解離が原因で血管狭窄・血栓形成/仮性動脈瘤形成などが起き、その結果としてそれぞれ脳梗塞/SAHなどの重篤な疾患が引き起こされます。
特発性頸動脈解離
・病態生理は完全には解明されていない
・1/3の患者で特別なメカニズムは特定できないとされている
・多くの「特発性」頸動脈解離では、実は発症日より前にあったごく軽微またはとるに足らないような小さな外傷が原因なのではないかともされている
◦軽微な外傷イベントは最大40%の症例で報告されている
バスケ、バレーボール、水泳、スキューバダイビング、ゴーカートでのレース、ウエイトリフティング、ダンス、ヨガ、トランポリン、ジェットコースターなどが原因となる
・結合組織病も1-5%程度に関与している
◦線維筋形成異常(15-20%)、Ehlers-Danlos syndrome(<2%)、Marfan syndrome、骨形成不全、感染症後の一過性血管障害など
・1人の患者に複数の特発性解離が起きることがある(13-28%)
◦線維筋形成異常、最近の感染症罹患、頸部運動、頭頚部手術などが原因
「特発性」とはいうものの、あまり意識しないようなごくごく軽微な外傷起点があることが多いようです。ヨガでも報告があるんですね~。結合組織病などの基礎疾患がある人は特に要注意です。
外傷性頸動脈解離
・鈍的外傷に起因した頸動脈解離を指す
・多くは自動車事故、墜落、追突された歩行者などで発症
・頸部への直達外傷、頸部過伸展と反対側への頭頚部の回旋、口腔内外傷、頭蓋底骨折などが原因となる
・外傷性頸動脈解離の患者のうち27%は頭頚部への損傷がないため、病態生理はより複雑である可能性がある
こちらはわかりやすい外傷があるパターンです。頭頚部への直接的/間接的外力がくわわったと推測される症例では必ず頸動脈/椎骨動脈の損傷はないかと考えることが疾患を見逃さないコツです。
鑑別疾患
・局所神経学的異常がある場合には、最大の鑑別はstroke
◦若年、典型的な脳卒中リスク因子がない、疼痛があるなどの場合には解離を考慮
・脳神経障害がない神経学的異常では脊髄損傷を考える
・神経学的異常がないか軽微である場合、症状の発現様式が鑑別を狭める
◦持続する片側性頸部痛では解離を考慮
持続する片側性頸部痛では必ず鑑別に挙げます。脳梗塞を場合には、それが若年者/心血管リスク因子なし/疼痛がある場合には原因として解離の存在を意識します。
病歴・身体所見
以下にまず表でまとめておきます。
解離部位
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疼痛
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圧迫症状
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神経学的異常(67%)
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頚動脈
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・頭痛(68%)
◦側頭部
◦前頭部
・顔面/眼窩痛(34-53%)
・頸部痛(18%)
◦前側頸部
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・partial Horner syndrome(25-40%)
・味覚障害(7%)
・拍動性耳鳴(16-27%)
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・MCA/ACA領域
◦片麻痺
◦片側性感覚消失
◦失語
◦斜視
◦構音障害
◦片眼性視力低下
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椎骨動脈
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・頭痛
◦後頭部
・頸部痛(46%)
◦後頚部
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・神経根症状
◦C5-6
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・脳幹
◦外側延髄症候群
‣同側顔面温痛覚障害
‣反対側体幹温痛覚障害
‣めまい
‣眼振
‣複視
‣嚥下構音障害
‣しゃっくり
・小脳
◦運動失調
◦めまい
◦眼振
◦嘔気/嘔吐
◦同側片麻痺
・脊髄
◦半側の脱力/麻痺
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疼痛の特徴
・頭部/顔面/頸部痛は約80%の症例で訴えがある
◦疼痛しか訴えない症例が約8%ほどある
◦頭痛は最大68%の症例であり…感度も特異度も高くない
◦顔面痛(眼、耳など)…34-53%
◦頸部痛…9-26%
・頭痛は突然発症(thunderclap)のことも緩徐発症のこともある
◦症状も非特定で拍動性であったり、前頭部や側頭部に局在していることもある
◦椎骨動脈解離ではより重度で片側性、後頸後頭部に限局した疼痛であることが多い
・頸部痛は椎骨動脈解離でより認め、約46%の症例で発症
◦急性または緩徐発症で、典型的には後頚部に限局
◦頸動脈解離でも認めるが約18%ほど、頸部の前外側部に限局し顎や耳への放散痛をしばしば伴う
‣このとき、頸部血管雑音は約33%で認める
※認めれば特異的だが感度は高くない所見
頭頚部・顔面の疼痛では解離をマークします。典型的には突然発症ですが、緩徐発症の申告があった場合には正直なところ診断できる自信がありません。
圧迫症状
・紡錘状拡張/動脈瘤形成により拡張した血管による局所組織の圧迫症状がでうる
◦これによる8-16%の症例で脳神経麻痺がおきる(多くは第9-12脳神経)
・partial Horner症候群(無汗症を伴わない縮瞳/眼瞼下垂)が頸動脈解離の25-40%に認められる
◦内頚動脈と伴走する交感神経線維の圧迫
※Horner症候群は椎骨動脈解離で見られるが、圧迫症状ではなく脳幹虚血による症状
・味覚異常は7%で認め、頸動脈解離に特異的で鼓索神経または舌咽神経の圧迫による
・頸部神経根症状…椎骨動脈解離における血管拡張や動脈瘤が原因
◦C5-6の症状が出やすい
・拍動性耳鳴…頸動脈解離の16-27%
◦狭窄血管を通る血流が内耳に伝わり感じる
・古典的三徴である、頭痛+部分的Horner症候群+脳卒中症状は頸動脈解離のたった8%にしか存在しない
脳神経麻痺、Horner症候群があればこれは…!と想起できるかもしれません。味覚障害や拍動性耳鳴はなかなか想起が難しいです。ちなみに、耳鳴のうちで拍動性耳鳴はred flagです(これについてもそのうちreviewします)。
神経学的異常(TIA/脳梗塞)
・頸動脈解離では最大67%にTIAまたはstrokeを合併する
◦TIA…23%、stroke…56%
◦頸動脈解離に起因したstrokeでは、若年(平均45.9歳)/動脈硬化リスクなしが特徴
‣高血圧、脂質異常症、心血管病がない
‣卵円孔開存がない
‣身体活動低下、肥満、喫煙歴がない
・頸動脈解離による虚血は前~中大脳動脈領域に発症
◦片麻痺、片側感覚障害、構音障害、眼位障害、片側空間無視、失語、単眼視力喪失など
・椎骨動脈解離による虚血は後方循環系が侵される
◦めまい、眼振、嘔気/嘔気、複視、嚥下障害、構音障害、Horner症候群、運動失調、測定障害など
若年者/動脈硬化リスクなしの神経学的異常では常に解離の存在を考えます。
外傷性頸動脈解離の特徴
・外傷から症状発現まではおよそ2-3日間を要する
◦外傷でERに搬入された段階では解離の症状は皆無である可能性がある
・診断が難しいためscreening criteriaを用いてhigh risk患者を同定することが重要
◦これを使用することの効果は証明されている
‣死亡率:最大50%→10-15%ほどに低下
‣長期的神経学的予後不良:50%→30%ほどに低下
‣完全に見逃しがなくなったわけではなく、かなり大部分をまだ見逃してはいる
・当初、以下の4項目が鈍的頸動脈損傷の独立したリスク因子とされた
①GCS<6
②側頭骨錐体部骨折
③びまん性軸索損傷を伴う外傷性脳損傷
④Le Fort Ⅱor Ⅲかつ頸椎骨折
※1項目該当で41%、4項目該当すると93%の解離リスク
・最近の研究では頭蓋底骨折や頭蓋骨複雑骨折、頭蓋頸部牽引性損傷、下顎骨骨折、胸部外傷、頭皮degloving、大血管損傷、GCS低値、ISS高値が高リスクと報告されている
・頭部CT正常であっても、拡大する頸部血腫(特に他の原因はなく血行動態不安定)、頸部捻髪音、片麻痺の存在などは血管損傷の疑いを強める
・Modified Denver Criteria と Memphis Criteriaが広く使われている
◦これらのcriteriaでスクリーニングされた患者の44%で最低1血管の損傷を認めた
◦しかし、結局は完璧なツールは今のところ存在していない
◦これらのツールを使用した場合でも診断された血管損傷の20%を見逃していたという報告あり
◦Memphis Criteriaは椎骨動脈損傷をより多く検出可能だが、血管損傷があった患者の37.5%はこれらのcriteriaのいずれの項目にも当てはまらなかった
→頭頚部や胸部に重大な損傷がある場合、頭頚部の回旋運動があったと考えられる場合には必ず頸動脈解離の可能性を考慮すること
screening criteria
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身体所見
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画像所見
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Memphis criteria
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・画像で説明のつかない神経学的異常
・頸部血腫
・Horner症候群
・頸部軟部組織損傷
◦seatbelt sign or 縊頚
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・頸椎骨折
・頚動脈管を含む頭蓋底骨折
・重度顔面骨折(Le Fort 2-3)
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Modified Denver Criteria
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・片側性神経学的異常
・重度のCT所見がないGCS<8
・説明のつかない頸部血腫
・重度鼻出血
・瞳孔不同/Horner症候群
・頸部血管雑音
・鎖骨上のseatbelt sign
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・頸椎骨折
・頭蓋底骨折
・重度顔面骨折(Le Fort 2-3)
・CTでわかる梗塞巣
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Additional high-risk findings
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・GCS低値
・頭皮のdegloving
・胸部外傷
・拡大する頸部血腫
・頸部crepitus
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・頭蓋骨頸部引き抜き外傷
・下顎骨骨折
・大血管損傷
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screening toolが開発されていますが、いずれも完璧なものはありません。
共通して言えるのは頭頚部への外傷、意識障害があれば解離の存在を疑うきっかけにはなりそうということだろうか。
診断のための検査
血管造影
・血管造影検査が頸動脈解離/椎骨動脈解離診断のgold standard。
◦明瞭な画像が得られるとともに、CTAやMRAでは評価できない血流について評価可能
・以上を考えると、CTAやMRAで確定的でない場合に考慮する検査という位置づけが良いかもしれない
MRI
・MRIも診断に有用な検査として施行されている
◦造影MRAやtime-of-flight imagingを使用することでその有用性がupしている
・壁在血腫を同定することが最も診断に寄与
◦T1-weighted fat-saturation(脂肪抑制):壁在血腫が高信号(pathognomonic crescent sign)
◦発症1週間以内にT1- and T2-weightedで高信号になる
◦所見は数か月にわたって認められる
◦頸動脈解離では感度83%/特異度99%だが、椎骨動脈解離では感度20%とだいぶイマイチ
→このため椎骨動脈解離についてはMRIでの評価は推奨されていないが壁在血腫を特定できれば特異的ではある
CTA
・CT(CTA)の感度は年々上昇してきており、ERでは選択肢になる
◦ERでは頸部血管、脳動脈などを迅速に評価可能なCTは使いやすい
・鈍的外傷による脳血管損傷の評価に血管造影
超音波検査
・超音波ではreal-timeに血流評価ができ、解離腔を可視化できる
◦頸動脈解離では頭蓋骨付近の血管の評価には向かず、椎骨動脈解離はそもそも評価不能
◦感度38-86%のためスクリーニングには不向きだが、診断後のモニタリングとしては有用かも
救急外来では、そのアクセスの良さからCTAがまずは第一選択となりそう。
そのうえで、必要に応じてMRAや血管造影を追加していく方針がよいだろう。
治療
脳梗塞を発症している場合
・神経学的異常がある場合、解離が原因であることを特定することは困難であることがしばしば
→基本的には通常の脳梗塞として標準的な治療を行えばよい
◦RCTではないが、過去の研究でも頸動脈/椎骨動脈解離は除外されておらず、rtPAの安全性と有効性は支持されている
脳梗塞としての急性期治療を行なえばよい。
脳卒中要望のための治療戦略
もうこの表に全てが集約されていますので要点だけ簡単に書くことにします。
解離を起こした患者に対する抗血栓治療は長期的予後を改善させる目的で主流になっています。
aspirinまたはheparinを使用することで外傷性/特発性にかかわらず脳梗塞発症率を有意に下げることが報告されています。
・現時点では、どの薬剤を使用すべきか標準的な指標はない
・抗血小板薬でも抗凝固薬でも予後に有意な差はない
・投与のタイミングについては標準的な指標はない
→治療は医療者の裁量により、既存症/脳卒中リスク/治療への禁忌などを加味して決定している
以下の場合には、血管内治療の適応があります。
・SAH発症
・仮性動脈瘤形成
・薬物治療にもかかわらず脳梗塞再発
・脳梗塞発症
・抗血栓薬への禁忌がある
予後
・未治療では約30%が脳梗塞を発症、死亡率10-24%、27-32%が永続的な神経学的異常を呈す(大体3割ずつ)
・脳梗塞は頸動脈解離発症から24時間以内に発症するのが36-56%、7日以内に78-82%が発症
・治療を行うと、3か月時点での良好な転帰は頸動脈解離では75%、椎骨動脈解離では93%
◦脳梗塞の再発率は1-2%程度で、多くが最初の2週間に発症
◦脳梗塞を発症しなかった症例の長期予後は極めて良好
・血管壁の完全な治癒は最大9カ月までには得られる
◦半数以上は6か月以内に治癒
・頸動脈解離では2.1%が症候性解離を複数回発症する
◦初回から2か月以内での発症が多い
◦若年、1動脈以上にわたる解離、解離の家族歴がある場合には再発リスク
‣家族歴があると50-100%が再発、家族歴がないと6-22%の再発率