りんごの街の救急医

救急科専門医によるERで学んだことのまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

review:脳静脈洞血栓症(Cerebral Venous Thrombosis:CVT)

比較的若年発症の脳卒中であり、見逃しやすい+検査へのアクセスがしづらく、なかなか診断が難しいCVTについてreviewします。

 

夜間に受診したり(当院では夜間のMRIは制限されています)、妊婦だったり(造影CTや週数によってはMRIも少しためらわれる)、基礎疾患に精神疾患があって抗精神病薬たくさん飲んでいてそもそもコミュニケーションとりづらいとか、けいれんしていたりとかで痛い目を見ることが多い疾患に思います。

 

Spadaro A, Scott KR, Koyfman A, Long B. Cerebral venous thrombosis: Diagnosis and management in the emergency department setting.
Am J Emerg Med. 2021 Mar 16;47:24-29.
PMID: 33765589.
 
 

病態生理

・脳静脈洞は、脳に血液を供給した毛細血管網からの血液が流れている
 
・硬膜静脈洞にはくも膜顆粒を介して脳脊髄液が流入し、それを循環へ戻す役割を果たしている
 
f:id:AppleQQ:20210411172651p:plain

 

・これらの排出システムが閉塞すると、静脈圧上昇/毛細血管灌流圧低下が引き起こされ、虚血/浮腫/頭蓋内圧亢進/出血性梗塞などを引き起こす可能性がある
 
CVTに起因する浮腫には2種類存在する
 ◦血管原性浮腫…静脈圧上昇による
  ‣血液脳関門の破綻と間質への血液漏出につながる
 ◦細胞毒性浮腫…脳血流低下や低酸素血症による
 

疫学/リスク因子

・推定年間発症率0.3-1.5例/10万人であり、脳卒中全体の最大1%程度を占める
 
CVT女性優位に発症する
 ◦CVT患者の74.5%が女性
 ◦ただし、最近のノルウェーからの報告では男女差はないとの結果もあり
 
・若年者に多い…CVT患者の78%が50歳未満で発症
 
CVTのリスク因子の研究では喫煙/高血圧/糖尿病があることで発症率に有意差があるとは考えられていない
 ◦発症年齢が若年であることが影響している可能性あり
 ⇒救急医は典型的な脳卒中リスク因子を持たない患者の脳卒中様症状でもCVTを考慮しなくてはならない
 
・患者の85%は少なくとも1つのリスク因子を持っている
 ◦特に以下には注意
  ‣経口避妊薬の使用…発症リスク6倍!女性でCVT発症した患者の10-73%が使用
  ‣妊娠/産後6週間…OR 17.24; 95% CI 6.83-44.04
   ⇒妊娠/産後6週までの頭痛ではCVTを常に考えること
  ‣肥満
  ‣凝固亢進状態
 
・他のリスク因子として、血管炎や結合組織病などの炎症状態、鎌状赤血球症、頭部外傷、ネフローゼ症候群、脱水症などがある
 
・乳突蜂巣炎や副鼻腔炎などの頭頚部の局所感染症CVTとの関連が報告されている
 ◦頭頚部局所感染症の8.2%に合併
 
最近の手術歴(特に脳神経外科領域)もリスク因子であり、CVT症例の最大2%と関連
 
悪性腫瘍の約5%がCVTと関連
 ◦55歳以上になると悪性腫瘍が原因であることが増え、約25%程度とされる
 
ステロイド使用…OR 18.26; 95% CI 3.25–102.55
 
既知の凝固機能障害があることがわかっていると診断に有用
 ◦抗リン脂質抗体症候群…OR 6.98; 95% CI 2.06–23.6
 ◦第V因子ライデン変異…OR 2.51; 95% CI 1.93–3.27
 ◦プロトロンビン20210A遺伝子変異…OR 5.53; 95% CI 3.98–7.69
 ◦プロテインC欠乏症…OR 10.74; 95% CI 3.07–37.65
 
リスク因子をまとめると以下のようになります。
 
リスク因子
薬剤
経口避妊薬/ホルモン療法/ステロイド
先天性凝固機能障害
第V因子ライデン変異/プロトロンビン20210A遺伝子変異/プロテインC欠乏症
後天性凝固機能障害
妊娠産後/悪性腫瘍/SLE/ネフローゼ症候群/炎症性腸疾患/鎌状赤血球症
乳突蜂巣炎/髄膜炎/副鼻腔炎
手術
開頭術/脳室内カテーテル
そのほか
肥満

 

症状

・除外するのに十分な感度を持った病歴/身体所見はない
 
頭痛は最も多い症状で81-95%に発症
 ◦5%ほどの患者は頭痛を訴えることがないため注意
 ◦25%ほどの症例で頭痛だけが唯一の症状になると報告 
 ◦くも膜下出血と異なり、突然発症ではなく亜急性発症のことが多い
  ‣患者の57%が亜急性発症の頭痛、症状は4日~2週間かけて進行
  ‣急性発症は43-60%、症状は1-4日かけて進行
 
・そのほかに、局所神経学的異常/痙攣/意識障害なども呈しうる
 
・頭蓋内圧を上昇させる動作による頭痛の増悪はCVTを示唆する可能性がある
 ◦ただし、これは非特異的な所見であるため他の疾患の可能性あり
 
・頭痛の部位は血栓がある場所と関連性があるかについては議論が残る
 ◦片側性/両側性/前頭部/後頭部など様々な部位で発症
 
頭痛+うっ血乳頭または頭痛+けいれんは特異度97-99%だが、感度7-10%
 
・脳神経麻痺や視野欠損などの局所神経学的異常はCVTの31-68%で発症
 ◦失語症や四肢脱力などの限局性皮質機能脱落は13-16%
 ◦うっ血乳頭は28-57%に認め、外転神経麻痺も頭蓋内圧亢進により発症しうる
 
・痙攣は23-44%ほどで、通常の虚血性脳卒中よりも著しく高い発症率(2-9%程度)
 
痙攣や局所神経学的異常を呈する場合にはCVTは鑑別として上位に挙げておくべし
 
意識障害または脳症を疑う症状は17-20%ほど
 
 
以下のような臨床症状/所見を見たらCVTを強く疑います。
 
CVTを示唆する典型的な臨床症状/所見
・頭痛+感覚/運動障害/眼球運動障害/視野障害/うっ血乳頭
血栓症リスク因子がある患者の非典型的または重度の頭痛
・痙攣/脳卒中様症状/意識障害を伴う頭痛
・若年女性や動脈硬化リスク因子がない患者に発症した脳卒中
・痙攣を伴う脳卒中
・画像上、複数の動脈領域にまたがる脳卒中

 

 

血栓の存在部位と症状/徴候は関連しうるが、CVTはほとんどの場合に複数の部位に発症しているため明確な徴候として現れない場合がある
 
部位
頻度
関連する症状
上矢状静脈洞
62-71%
・頭痛
・片側感覚障害
・けいれん
横静脈洞
31-47%
・頭痛
・けいれん
・乳様突起部痛
直静脈洞
(深部静脈系含む)
10-18%
・眼球運動障害
・昏睡
海綿静脈洞
1-4%
・眼痛
・眼球突出
・第3/4/6脳神経障害

 

鑑別診断

・頭痛/発熱/項部硬直の古典的3徴は44%にしか見られない
・局所神経学的異常やうっ血乳頭があればCVTがより疑われる
・頭痛/嘔気嘔吐/神経学的異常/痙攣など
・SAHはより突然発症で、頭痛は発症から数分以内に最大に達する
・SAHの方がやや発症年齢が高い(平均57歳)
・頭痛が数日にわたって増悪/年齢がやや若めであればCVTがより疑われる
急性閉塞隅角緑内障
・頭痛/嘔気嘔吐/視覚障害など
・突然発症(数分~数時間)、結膜充血、霧視、対光反射消失など
頸動脈/椎骨動脈解離
・頸部痛や局所神経学的異常を伴う頭痛
・外傷/頸部への処置/急激な加速減速などの病歴
・Horner症候群/拍動性耳鳴/運動失調などの後方循環症状
側頭動脈炎
・頭痛や視覚症状/顎跛行/発熱など
CVT患者と比較して高齢集団(少なくとも50歳以上)
特発性頭蓋内圧亢進症
・頭痛/脳神経麻痺/うっ血乳頭など
・外転神経麻痺や視野欠損が多い神経症
子癇前症/子癇
・妊娠中または産後の頭痛/嘔気嘔吐/視覚症状など
・高血圧/蛋白尿/肝機能障害などの検査異常がありえる
RCVS
・リスク因子に産褥/高血圧/トリプタンなどがある
・血管収縮による痙攣や脳卒中を引き起こす血管障害
・再発する雷鳴頭痛が特徴
・MRAで動脈狭窄が2領域以上で認められる
PRES
・免疫抑制/末期腎不全/高血圧と関連
・脳の自動調節能を超えた血流の増加に起因し血管原性浮腫を引き起こす
意識障害と頭痛はよりPRESでよくみられる
・局所神経学的異常もありえるがCVTより頻度は少ない
MRIで両側対称性の後頭葉病変が認められうる

 

検査

血液検査

血液検査によりCVTを診断/除外することはできない
 
D-dimerはCVTにおいてしばしば上昇するが感度は82-94%ほど
 ◦感度は急性/広範囲な血栓で高く、亜急性/限局的な血栓で低い
 
・clinical prediction ruleがあり、最近前向き多施設研究が行われた
 ◦点数は0-14点まである(D-dimerを使用できれば17点まで)
  ‣低リスク…0-2点
  ‣中等度リスク…3-5点
  ‣高リスク…≧6点
 ◦低リスクでもそのうち5.6%はCVTの診断となった
  ‣このうちの全ての症例でD-dimer>500ng/Lであった
 ◦CVT診断は6点以上かつD-dimer≧500ng/Lで最も有効で、感度83%/特異度86.3%

 

症状/所見
点数
けいれん
4点
既知の血栓症
4点
2点
症状>6日
2点
人生最悪の頭痛
1点
局所神経学的異常
1点
D-dimer≧500mcg/L
※必須ではない
3点
clinical prediction ruleはイマイチではあるが、リスク因子の覚書としてはよいのではないでしょうか?
 
・European Stroke Organizationのreviewでは、D-dimreは症状が頭痛のみである場合には偽陰性になりやすいことを示した
 ◦局所神経学的異常の有無にかかわらず、D-dimreの値に差はなかったとの報告もある
 
・腰椎穿刺による所見はCVTにおいて非特異的
 ◦初圧上昇/細胞数増加/赤血球増加が認められうる
 ◦44%の症例で髄液所見は正常
 ◦細菌性髄膜炎やSAHなどの生命を脅かす疾患の評価には有用だろう
 

画像検査

非造影CT
・頭蓋内出血などの評価のために有用
 
CVT診断には感度が低く、30-60%ほどの患者で正常所見
 
・非造影頭部CTでは以下の所見を検索する
 ◦dense triangle sign…上矢状静脈洞血栓を示唆(28.6-60%)
  ‣上矢状静脈洞内の高吸収域
  ‣発症から2週間程度で60%ほどの症例で認める
 ◦cord sign…皮質や深部静脈の血栓を示唆(6.7-64.6%)
  ‣閉塞した静脈洞が高吸収域となる
  ‣急性期、特に発症から1週間未満で見えることがある
  …亜急性期になると等吸収域となってしまう
 ◦いずれも脱水とHt上昇により偽陽性となるため注意
 
出血は約1/3の患者で発症し、実質性/いくつかの動脈領域にまたがって発生しうる
 

f:id:AppleQQ:20210411173515p:plain

cord sign

 

f:id:AppleQQ:20210411173609p:plain

右横静脈洞や上矢状静脈洞(dense triangle sign)内に高吸収域がある
(Radiographics. 2019 Oct;39(6):1611-1628.)

 

造影CT
empty delta sign…29-35%程度
 ◦造影剤注入後に血栓部分が低吸収域となる
 ◦急性期に認めず、亜急性期になると出現する可能性がある

 

f:id:AppleQQ:20210411173752p:plain

empty delta sign
(Radiographics. 2019 Oct;39(6):1611-1628.)

 

f:id:AppleQQ:20210411173846p:plain

empty delta sign
(Radiographics. 2019 Oct;39(6):1611-1628.) 
 
CTV(CT静脈造影)

 

・高い感度と特異度を持つためER診療で推奨される検査(それぞれ95%程度)

 

MRI
血栓形成からの期間により所見が異なる
・発症0-5日後の急性期には、血栓はT1強調画像で等吸収/T2強調画像で低吸収
・発症6-15日後の亜急性期には、T1/T2強調画像いずれでも高吸収となる
・上記期間を過ぎると血栓はT1/T2強調画像で等吸収となる可能性がある
 

f:id:AppleQQ:20210411174051p:plain

T1強調画像(a)、T2強調画像(b)にてともに右横静脈洞が高吸収となっている
MRV(c)にて右横静脈洞とS状静脈洞のflowなし
(Radiographics. 2019 Oct;39(6):1611-1628.)
 
MRV
・CTVと同様に高い感度と特異度を持つ
・深部静脈病変(意識障害など)が疑われる場合にはMRVの方が診断に効果的
 
 
「超音波」も確定診断/除外診断をできるわけではありませんが、次の一手を考える手段となりそうなので一応紹介しておきます。
内頸静脈血栓症CVTの12%で合併するそうなので、内頚静脈内血栓があればCTVやMRVに自信をもっていけそうです(ただし、ないからといって除外は出来ません)。

appleqq.hatenablog.com

 

マネジメント

けいれん

けいれん発作は死亡率上昇の独立したリスク因子
 
ベンゾジアゼピン投与による積極的な治療を行うこと
 ◦後ろ向き研究ではロラゼパムが最も多く使用されている薬剤と報告
 
CVTでの痙攣発作はテント上病変との関連が示唆されており、欧州ガイドラインでは再発を予防するための抗てんかん薬を使用することを弱く推奨している
 ◦どの薬剤を使用すべきか、期間をどうすべきかについては推奨がない
 
すべてのCVT患者に対する予防的抗てんかん薬投与は推奨されていない
 

頭蓋内圧亢進

CVTによる主要な死因は脳ヘルニアによるため、早期の頭蓋内圧マネジメントは非常に重症性が高い
 ◦とはいえ、エビデンスのある対応法は確立されていない
 
CVTにより発症した頭蓋内圧亢進への対応についてのエビデンスはほとんどない
 
治療的な腰椎穿刺はRCTでは有効性は実証されていないが、安全性は示されている
 ◦ただし、広範囲に血栓があり脳ヘルニアリスクが高い場合には禁忌
 ◦抗凝固療法の必要性とバランスをとって考えるべし
 
・欧州ガイドラインでは、acetazolamideは小規模な非RCTでの評価しかされておらず明確な利点が証明されていないため推奨していない
 
ステロイドの有効性は示されていない
 ◦SLEなどの全身性炎症性疾患が基礎にある場合には有効かもしれない
 
・頭部30度挙上/PaCO2 30-35mmHg/高張食塩水またはmannitolはエキスパートオピニオンとして治療選択肢
 
・差し迫った脳ヘルニア徴候があれば減圧開頭術が推奨される
 

抗凝固療法

LMWHやUFHによる治療はERで開始されるべき
 ◦閉塞した静脈を再開通させ、血栓増殖を防ぎ、根底にある血栓形成促進状態を治療
 
頭蓋内出血があることは抗凝固療法を行うことに対する禁忌ではない
 ◦CVTへの抗凝固療法を評価するcochrane reviewでは25-49%の患者が治療開始前に脳出血を発症していたが、新規に脳出血を発症することはなかったと報告
 ◦末期腎不全/非代償性肝疾患/消化管出血既往/血小板減少症/拡張期血圧≧110mmHgは除外されていたことに注意
 
・臨床的に不安定または侵襲的処置が計画されていない限り、LMWHはUFHより効果的な可能性がある
 ◦あるRCTによればLMWHはUFHに比較して有効であったと報告
  ‣死亡率低下…0% vs 19%
  ‣完全な回復の増加…88% vs 63%
 
・warfarinやDOACは長期抗凝固療法として使用可能
 ◦血栓の再開通と機能的転帰において同等の効果
  ‣初期治療に使用した抗凝固薬はLWMHであった
 ◦治療期間は基礎疾患に応じて3-12か月を推奨
 
血栓溶解療法はこれまでに議論されているが、重篤な出血が11.5%で発症し、死亡リスクを7.7%にするとsystematic reviewで記載されている
 ◦よって、欧州ガイドラインでは血栓溶解療法は推奨されていない
 
血管内治療についてはより重症度の高いCVTで検討される
 ◦ただし、RCTでは死亡率やmRS0-1の良好な神経学的予後に有意差なし
  ‣検討された両群で80%以上が退院時mRS0-2であり、疾患の全体的な予後が良好であった
 ◦専門科と適応を検討すること
 

予後

死亡率は約5%
 
永続的な障害のリスクは20%に達する
 
予後不良因子として以下が同定されている
 ◦悪性腫瘍…OR4.53
 ◦昏睡…OR4.19
 ◦深部静脈系の血栓…OR3.03
 ◦いかなる程度の意識障害…OR2.18
 ◦男性…OR1.60
 ◦脳出血…OR1.42
 ◦上記がない場合には予後は良好
 

 まとめ

・主に50歳未満に発症する頭痛が特徴的で、脳卒中のまれな原因である
・女性は男性より多い傾向にある
・リスク因子に注意すること!特に経口避妊薬/妊娠産後/肥満/凝固亢進状態
CVTにより頭蓋内圧上昇、脳浮腫、脳虚血を引き起こす可能性がある
・痙攣、脳卒中意識障害などを呈し、脳ヘルニアや死に至る可能性がある
・診断にはCTVやMRVを要する
・D-dimerはよく出される検査ではあるが、これによる診断や除外はできない
・治療は抗凝固療法が主体
・急性期に5%が死亡し、20%は何らかの後遺症を残す。早期診断早期治療が重要