病歴/身体所見
・58歳男性
・高血圧、末期腎不全で透析、C型肝炎/アルコールによる肝硬変の既往がある
・腹痛のためER受診
・3日前から臍周囲の腫脹を自覚しており、増大し疼痛も悪化してきている
◦初期には臍周囲の疼痛のみだったが、最終的には腹部全体痛に発展した
◦自宅では濃緑色の嘔吐をしたという
・最終排便は2日前
・general appearance不良で、一見して調子が悪そうに見えた
・発熱なし、頻脈と頻呼吸を呈していた
・腹部膨満とびまん性の圧痛、聴診で金属音を聴取
・5cmほどの臍ヘルニアを認め、その直上の皮膚は黒ずんでいた
◦ヘルニア自体はやわらかかったが、整復することができなかった
検査
・血液検査…白血球13600、乳酸2.8mg/dL
・CTが撮影された
診断
肝硬変による大量腹水+臍ヘルニア陥頓
・腹腔鏡下でのメッシュ挿入による修復が行われ、3日後に無事退院した
・腹水がある患者の20%で臍ヘルニアを発症する
◦腹腔内圧上昇と腹壁筋の衰退による
(Cleve Clin J Med. 2015 Jul;82(7):404-5.)
・腹水を伴う患者では臍ヘルニアが急速な増大を認めることがある
◦これにより腹膜炎や直上の皮膚の圧迫による壊死などが起こりうる
(World J Gastrointest Surg. 2016 Jul 27;8(7):476-82.)
・緊急手術は待機的整復と比較して死亡率が7倍になる
(Hernia. 2005 Dec;9(4):353-7.)
・術後合併症は、肝硬変患者の場合61.5%で生じ、腎機能障害/肝性脳症/創傷感染/肺炎などがある
◦特にMELD score高値/難治性腹水/反復性ヘルニアでは合併症発症率が高まる
(Hernia. 2018 Oct;22(5):759-765.)
・肝硬変+臍ヘルニアに対する治療の推奨は、術前に薬剤調整と腹水コントロールを行い待機的手術を行うこと
(World J Gastrointest Surg. 2016 Jul 27;8(7):476-82./World J Gastroenterol. 2015 Mar 14;21(10):3109-13./Am J Emerg Med. 2018 Apr;36(4):689-698.)
治療のアルゴリズムはおおむね以下のようになります。
肝硬変+大量腹水の人は、本症例のように臍ヘルニアを発症しやすいです。
握りこぶし大の臍になってしまうことも…。
なかなか対応が大変で、一期的に手術とはいきません(肝硬変自体がかなり術後管理大変)
これまでには腹水をドレナージして、徒手整復しようとして…
それでもだめで、エコー下で臍ヘルニア周囲に溜まっている腹水を抜いて、徒手整復…
なんてこともありました。
待機的手術ができればいいですが、そもそも薬剤調整や腹水コントロールなんてつかないような人も多くて一律に決まった治療はできなそうです。
最後にインパクトのある症例を見て終わります。
(Clin Gastroenterol Hepatol. 2020 Jan 10;S1542-3565(20)30040-9.)
まとめ
・大量腹水がある患者では、その20%に臍ヘルニアを発症する
・臍ヘルニアの急速な増大により腹膜炎や直上の皮膚壊死を起こすことがある
・術後合併症率や死亡率が高いため、なるべく待機的手術ができるようにする
・緊急手術は待機的手術に比較して死亡率7倍