りんごの街の救急医

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症例76:左陰嚢腫脹と尿閉を呈した74歳男性(Am J Emerg Med. 2021 Jan;39:253.e3-253.e5.)

病歴/身体所見

・74歳男性
脳梗塞左鼠径ヘルニア手術の既往あり
左陰嚢腫脹と尿閉を主訴にER受診
 ◦尿閉のため尿をだそうと力んだところ、突然左陰嚢腫脹が出現した
 ◦以降、徐々に左陰嚢腫脹は増悪傾向にある
・陰嚢腫脹により陰茎は見えなくなっていた
 

検査

・造影CTが実施された
 ◦膀胱全体が左鼠径ヘルニアから脱出しており、高度な尿路閉塞を発症し、両側水腎症が生じていると判断された

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膀胱のほぼすべてが左鼠径ヘルニアから脱出しており、水腎症を認める

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鼠径管を通過した膀胱ヘルニア

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鼠径ヘルニアから膀胱が脱出している

 

 

診断

鼠径部膀胱ヘルニア
 
尿道カテーテル留置を試みたが失敗に終わった
尿閉を解除することができず、泌尿器科にコンサルトされた
・一般外科とも相談され、膀胱脱出を伴う左鼠径ヘルニアとして開腹修復術を受けた
 
 
鼠径部膀胱ヘルニアは臨床ではめったに出会わないまれな疾患
 ◦鼠径ヘルニアのうち1-5%ほど
(Int J Surg Case Rep. 2017;40:36-38.)
 
・通常50歳以上の肥満男性に発症し、外科的修復前に診断されるのは7%に過ぎない
(Turk J Urol. 2018 Sep;44(5):384-388./Int J Surg Case Rep. 2019;58:208-211.)
 
・とはいえ、通常の鼠径ヘルニアと鼠径部膀胱ヘルニアを区別することは重要である
 ◦鼠径部膀胱ヘルニアの16%は膀胱損傷や尿漏出などの合併症のために術後に診断されている
 ◦術前に診断することにより膀胱損傷や尿漏出を減らすことが報告されている
(Turk J Urol. 2018 Sep;44(5):384-388./Int J Surg Case Rep. 2019;58:208-211.)
 
鼠径部の膨張を伴う下部尿路症状を訴えたり、進行した症例では二重排尿や完全尿閉を発症することがある
(Int J Surg Case Rep. 2017;40:36-38.)
 
・診断にはCTが使われることが一般的
 ◦注意深い病歴聴取と身体所見により多くは診断可能だが、画像診断も要する
(Turk J Urol. 2018 Sep;44(5):384-388.)
 
・診断後は、手術前に膀胱減圧するために尿道カテーテル留置をしておくことが推奨
(Int J Surg Case Rep. 2019;58:208-211.)
 
・全ての鼠径部膀胱ヘルニアは外科的修復が推奨
 
 
経時的に腫脹が増大するまたは尿閉を伴う鼠径ヘルニアでは、膀胱ヘルニアを疑って対応されるべきでしょう。
 
 
身体所見についても画像的に補足しておきます。
う~ん、すごいのが並びますね…。
 
(Urology. 2020 Jul;141:24-26.)

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(Radiol Case Rep. 2020 Mar 19;15(5):607-609.)

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(Int J Surg Case Rep. 2015;12:146-50.)

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まとめ

・鼠径ヘルニアのうち、1-5%は膀胱ヘルニアと言われる

・鼠径部の経時的な腫脹増大が見られたり、尿閉を伴う場合には膀胱ヘルニアを疑う

・根治的手術が必要になるが術前に膀胱ヘルニアであることを鑑別しておいた方が予後が良い