STEMI診断に自信はありますか?
知れば知るほど難しいな~と感じる分野ですがいかがでしょう?
STEMIなんて見てわかるじゃ~ん、簡単だよ!
なんて聞こえてきそうです。
国家試験の問題とか典型例はそこまで迷うことはありませんが、
実臨床ではなかなかそうはいきません。
循環器内科の医師たちは、優れたgestaltと心エコー技術を持ちます。
しかし、非循環器内科医="持たざる者"はそれらでの診断はなかなか難しいのが実情ではないでしょうか。
ということで、今回は心電図特集です。
一般的にありふれたタイプのSTEMIは誰でもわかると思いますので、
忘れやすい/あまりお目にかかれないがSTEMIと同様に緊急対応が必要な波形
= はぐれSTEMI
について解説したいと思います。
見つけて嬉しい、倒して嬉しい、そんな波形です。
(ドラクエ知らない人はごめんなさい)
専門家には怒られそうですが、小難しいことは後回しにして、
心電図は解剖学だと思って頭に刷り込むのが個人的にはオススメです。
(第2回屋根瓦塾 in Shizuokaにご参加の皆様、ありがとうございました。
その講義の補完資料にもなっていますのでご参照ください)
- はじめに
- はぐれSTEMI その1 V1-3誘導のSTD
- はぐれSTEMI その2 hyperacute T-wave
- はぐれSTEMI その3 Wellens症候群
- はぐれSTEMI その4 terminal QRS distortion
- はぐれSTEMI その5 4-variable formula
- はぐれSTEMI その6 aVL誘導のSTD
- はぐれSTEMI その7 LBBBがあるとき~modified Sgarbossa criteria~
- はぐれSTEMI その8 aVR誘導のSTE + 広範囲な誘導のSTD
- はぐれSTEMI その9 de Winter's T-wave
- まとめ
はじめに
「胸痛」の鑑別診断の筆頭として、ACSが挙げられます。
ACSは、STEMIとNSTE-ACS (NSTEMI + UAP)に分類されます。
NSTEMIはトロポニン、UAPは病歴がそれぞれ診断に最も重要な因子です。
(こっちに関してはそのうち記事にします)
STEMIはACSの30%程度を占めます。診断のポイントは心電図です。
でも、初回心電図では診断できないことがしばしばあります。
報告によれば、STEMIの最終診断となった患者のうち、最大40%ほどで初回心電図でSTEMIの診断に寄与しないそうです。
つまり、STEMIの半数近くが初回心電図では診断的ではないようです。
そのため、経時的に(15-30分毎に)心電図を繰り返す必要があります。
心電図が苦手な方の中には、自動解析があるから大丈夫!
なんて思っている方もいるかもしれませんが、アイツはあまり信用なりません。
STEMI診断において、初回心電図の自動解析の感度は35%しかありません。
あらゆる冠動脈閉塞診断に対しては感度21%です。
あてにならねー。
だから、自分で探せるようにならないといけません。
非専門医であっても心筋梗塞見逃しは裁判沙汰になりますので、
(見逃しや診断遅延は患者の予後を一気に悪化させますし)
当直など含めてERで働く人には心電図読影は必須技能です。
ここでSTEMIの定義を確認しておきます。
➀は定義そのものですので問題ないと思います。
②V1-3誘導のSTDは結構忘れがちです。後壁梗塞のreciprocal changeとして出現します。
③は研修医でもなぜか結構知っている人が多くて驚きます。でもあまり特異度は高くなくて、大動脈解離だったりして治療法が全く異なることもあるのがpitfallです。
④LBBBがあるときにはSgarbossa criteriaを使用します。知ってます?
⑤hyperacute T-wave…診断できますか?閉塞早期の所見なので絶対に拾いたいです。
②~⑤は非専門医にはちょっと不安が残るところではないでしょうか。
これらは自分のなかで「はぐれSTEMI」と分類して
忘れないように戒めてます。
忘れやすい、あるいはあまりお目にかからないけど、
STEMIと同等に扱うべき危ない心電図変化を指します。
見つけて嬉しい、倒して嬉しいやりがいのある心電図波形です。
上記を含めて結構たくさんあるので以下にまとめていきます。
はぐれSTEMI その1 V1-3誘導のSTD
STEMIの定義自体には含まれていますが、結構忘れがちです。
「V1-3誘導のSTDを見たら後壁梗塞」
を疑うこと!
AMIのおよそ5%が後壁梗塞です。
でも2012年時点での報告では、診断率は38%しかなかったそうです。
今は教育が進んでもっと診断できるようになっているんでしょうか。
V1-3誘導のSTDは、V7-9誘導のSTEのreciprocal changeなんですね。
これがあれば診断は確定的になりますが、
ときにV7-9誘導のSTEに関しては偽陰性になるため注意が必要です。
STEの高さはかなり微妙なときがあります。
一般的には1mmをcutoffにして診断しますが、
これだと感度は53%しかありません。
0.5mmのSTEをcutoffにすることで感度94%まで上昇します。
V1-3誘導のSTDがあり、V7-9誘導ではこれでもかというほどにSTEがあります。
こんなに派手になることの方が珍しくて、上記のようにもっと微妙な上がり方のことが多いです。
(Can J Cardiol . 2018 Feb;34(2):132-145.)
もうぱっと見でV1-3誘導がおかしいのはわかるようになってきました。
(その他の誘導もだいぶおかしげですが)
(Can J Cardiol . 2018 Feb;34(2):132-145.)
上の症例と同じですが、V4-6誘導はV7-9誘導を示します。
このくらいわずかなSTEしかないこともありますので、これをSTEなしととらないようにしたいです。
後壁梗塞の検出には、V1-3誘導のSTD以外に以下の所見を参考にします。
NTTはdocomoのことでもNNTの間違いでもありません。
new tall T-waveの略で、
通常V1誘導のT波は陰転化こそあれ陽性になったりV6誘導よりも高くなることはありません(normal variantの可能性はあります)。
これはいつも探しにいっています。
(West J Emerg Med. 2017 Jun;18(4):601-606.)
V1-3誘導のSTDに加え、幅広めかつ高いR波があります。
(West J Emerg Med. 2017 Jun;18(4):601-606.)
NTTの一例です。hyperacute T-waveなんじゃないかというツッコミはありますが、
こんな感じでT波の高さがV1>V6誘導になることは普通ありえません。
ときに施設を異動して初めて知ったんですが、
わざわざ後壁誘導にシールを付け替えなくてもV1-6誘導の位置のままで、
V7-9誘導 + V4R-V6Rまで表示される心電計があるんですね!
便利な世の中になったものです。
はぐれSTEMI その2 hyperacute T-wave
高くて太くて非対称であるとされます。
虚血を疑う症状+T波の増高
がある場合にはhyperacute T-waveを想起します。
T波の増高はたぶんいろいろな定義があると思いますが、
T波の高さが、QRS波の高さの75%程度は欲しいところです。
(Am J Emerg Med. 2007 Sep;25(7):859.e1-7.)
虚血を疑う症状があり、V1-5誘導で幅広かつQRS波の高さの75%以上はあろうかというT波の増高があります。
これはhyperacute T-waveの所見です。
なお、T波の高さがV1>V6となっています。NTTですね。これも虚血を疑う所見になります。
もっとマジメに考えたいヒト向けですが、
虚血を疑う症状+V2-4誘導でSTE≧1mmの患者では、
T波高/R波高が鑑別になり、正常:0.7、冠動脈閉塞:3.1という数値が報告されています。
R波増高がしっかりあるときの高いT波はまぁ大丈夫とも言い換えることができそうです。
はぐれSTEMI その3 Wellens症候群
数時間~数日で心筋梗塞に至りうる非常にリスキーな状態で、
胸痛と改善を繰り返すことがあります。
大体75%が1週間以内に前壁梗塞に進展すると言われています。
胸痛間欠期にV2-4誘導に陰性T波
(深いパターンや二相性パターンがあります)が出ることが特徴的です。
胸痛が出現するとSTEが陰性T波と相殺されてnormal (pseudonormalization)に見えることもあるので要注意です。
はぐれSTEMI その4 terminal QRS distortion
これまで早期再分極(early repolarization)と呼ばれていた波形との鑑別を要するSTEMI所見です。
現在はこの正常型STEをnormal variant STEと呼ぶようになっています。
(Am J Emerg Med . 2016 Nov;34(11):2182-2185.)
これはterminal QRS distortionを示しています。(Am J Emerg Med . 2016 Nov;34(11):2182-2185.)
一方で、基線より下にいくS波があったり、J点がぽこっとあがっているJ波があるようだとterminal QRS distortionは満たさず、それだけではSTEMI vs normal variant STEを鑑別することはできません。はぐれSTEMI その5 4-variable formula
normal variant STE vs STEMIの鑑別に使えるシステムその②が、
4-variable formulaです。
公式に当てはめてSTEMIの可能性が高いかどうか判定します。
以下の煩雑な式です。
0.052 × QTc − 0.151 × QRSV2 − 0.268 × RAV4 + 1.062 × STE60V3
この結果が18.2以上の場合には、
STEMI診断において感度88.8%/特異度94.7%/AUC0.9686となります。
大変なんでアプリの力を借りましょう。
Subtle Anterior STEMI Calculator (4-Variable) - MDCalc
よく前胸部誘導でちょっとST上がってような気がするけどどうなんすか?って思うことありますよね。そんなときに使用してみてください。
測定部位は以下の通りです。
式を日本語に変換すると、
「QTcが延長して、V2誘導が低電位で、V4誘導のR波が高くて、V3誘導のST上昇が大きい」ときにはSTEMIの疑いが強くなります。
normal variant STEでは、QTcがキュッとスマートですし、胸部誘導のR波増高が良好なことが多いですよね。それを式にしたものだと思います。
実は心筋梗塞を発症した時に一番早く出てくる変化はQTc延長だと言われています。
hyperacute T-waveではないんですね。
発症から1分以内にQTc延長が出てきます。
使える症例には制限があります。
Q波なし/STE>5mmなし/STDなし/V2-6誘導のSTEが直線的または凸型ではない/terminal QRS distortionがない症例に適応できます。
じゃあ、4-variable formulaを当てはめてみます。
QTc 402msec, RAV4 3mm, STE60V3 1.5mm, QRSV2 13.5
→合計19.65 > 18.2
緊急で冠動脈造影を行ったところLAD閉塞が認められたそうです。
原則通り心電図を再検しつつ、トロポニン検査をして…としていくことに比較して、診断までの時間が段違いに早いですね。
気になる症状の患者さんには適応があれば調べてみましょう。個人的にはよく使っています。
4-variable formulaについては以前も紹介しました。ご参照ください。
はぐれSTEMI その6 aVL誘導のSTD
aVL誘導のSTD(もしくはT波平坦化)を見たら
下壁梗塞のreciprocal changeを想起します。
下壁のSTEがaVL誘導のSTDとして先行して所見が出てくるんですね。
下壁梗塞の7.5%ではaVL誘導のSTDのみが唯一の初期心電図変化であったという報告があります。
また、下壁誘導に変化がなかった下壁梗塞患者を対象にした研究では、
その99%にaVL誘導のSTDを認めたという報告があります。
はぐれSTEMI その7 LBBBがあるとき~modified Sgarbossa criteria~
まず左脚ブロック(LBBB)の特徴を知らないと話が進みません。
典型的なLBBBを提示します。
V5-6誘導の二峰性R波、I/aVL誘導の幅広R波、V1誘導の巨大Q波なんかがあります。
特徴としては、これらの波形はすべて「上がって下がる」か「下がって上がる」ことです。
I/aVL/V5-6誘導をみてください。
QRS波形は上向きで、そのあとST-T部分が陰性化しています。
V1誘導ではQ波は陰性で、そのあとST-T部分が陽転化しています。
こいつらがLBBBたらしめる特徴です。
この特徴をappropriate discordanceといいます。
LBBBがあるときの虚血性変化はappropriate discordanceがないことです。
つまり、「上がって上がる」か「下がって下がる」のパターンになっている場合です。
concordanceと言い、LAD閉塞に特異的な所見とされます。
また、後壁梗塞に類似する変化ですが、V1-4誘導で陰性のQ波に引き続いてST-T部分も陰性(concordance)であることも虚血性変化です。
これらの発見からSgarbossaらは、LBBBにおけるSTEMI診断のための3つの基準を開発しました。
これがSgarbossa criteriaです
(Ann Emerg Med. 2021 Jun 22;S0196-0644(21)00249-3.)
③(図ではC)のパターンがやっかいです。
これだけではSTEMI診断になりません。
はぐれSTEMI その8 aVR誘導のSTE + 広範囲な誘導のSTD
はぐれSTEMI その9 de Winter's T-wave
LAD閉塞を表す心電図変化です。
ただし、LAD閉塞の2%程度しかこの波形とならず、結構まれです。
「はぐれ」STEMIの最後を飾るにふさわしい頻度でしょう。
個人的にはまだ数例程度しか対応したことがありません。