病歴/身体所見
・68歳女性
・2日前からの徐々に増悪する鋭い心窩部痛と左胸部の絞られるような疼痛のため受診
◦深呼吸により増悪、疼痛が改善する体位はなかった
・外傷歴はなし、最近の旅行歴なし、家族で同様の症状なし
・aspirin, amlodipine, lovastatin, levothyroxineを内服している
・バイタルサインはHR105bpm以外には異常なし(発熱なし)
・胸部に皮疹なし、触診で圧痛はなし、胸部聴診で左胸部に胸膜摩擦音あり
検査
・血液検査…WBC9400, Cre0.75, cTn陰性, CK122(CKMB3.7), ESR65, CRP1.72
◦C3/C4/ANCA/抗核抗体陰性
◦coxsackievirus A types 7, 9, 16, 24型陰性
・心電図…少なくともST変化なし
・CXR:両側胸水を認めた
・胸痛+洞性頻脈であり、肺塞栓除外を行なった
◦肺塞栓、大動脈解離、胃食道病変などなし
診断
Coxsackievirus B5感染によるBornholm病(流行性胸膜炎)
・最終的に血液検査にてcoxsackievirus B type 5 (CB5)が判明、確定診断となった
・鎮痛薬と補液による対症療法が行われ、48時間後には解熱して症状も著しく改善した
・第4病日に退院し、2週間後のフォローでは完全に無症状になっていた
Bornholm病は、ノルウェーのDaae, Homannにより初めて報告された疾患です。
当初はBornholm病のほか、Devil's grippe(カッコイイですね!), epidemic myalgia, epidemic pleurodyniaなどと呼ばれていました。
なお、当時は原因がわかっていませんでしたが、
1949年になり、ウイルス学の進歩などによりCoxsackie virusの関与が発見されました。
それ以降は続々と以下のウイルスの関与がわかってきています。
‣coxsackievirus B…最多
‣echovirus types 1, 6, 8, 9, 19…B型に比較すると少数
‣coxsackievirus A (CAV) types 4, 6, 9, 10…さらに頻度が落ちる
機序としては、胸壁/横隔膜/腹壁筋における局所的なウイルス増殖による二次的な反応があるのではと想定されています。侵入門戸は咽頭からであり、リンパ組織でウイルスが増殖、血流にのって筋肉に到達します。
「発熱を伴う耐えがたいほどの強い胸痛や心窩部痛」が典型的な症状になります。
発熱は70%、胸痛("devil's grip"と言われるそうです)が40%ほどに認められます。
胸痛の持続時間は4日ほどで、それと発熱持続期間もよく相関します。
本症例は胸痛のみであり、発熱を伴っていませんでした。
非典型的な症状での受診でした。
古典的には、Bornholm病を引き起こす最も一般的なウイルスはCoxsackievirus B3とCoxsackievirus A9とされていますが、症状からは区別ができません。
Coxsackievirus B型の方がBornholm病をはじめ、無菌性髄膜炎/心膜炎/精巣炎/乳児痙攣などに関与することが多いとされており、特にB5型は心筋炎や心膜炎との関連が有名です。
血液検査では赤沈亢進が見られうるが非特異的です。
また、機序的には筋肉への関与がありそうですがCKやAST上昇を伴うことはほとんどありません。
心筋や心膜への影響があれば心電図で陰性T波を呈することがありますが、疾患の改善により消失します。
約半数の症例で胸部レントゲンにおける浸潤影(胸水は伴うことも伴わないことも)がみられます。でもこれって普通の肺炎との区別はつかなそうです。真面目にグラム染色とかもやってみないと…💦
ウイルス感染であり、基本的には支持療法で完治します。
ただし、まれな合併症としてDIC/心筋炎/呼吸不全/肝不全などがありこれには注意が必要です。
Bornholm病は、当院の朝学習会の際に話題になり興味を持った疾患です。
これから夏のシーズンになるのでコクサッキー感染は増えるかもしれません!
いつか診断したいものですが、救急外来ではたぶん無理かも。
特に、この病気以外の致命的な疾患の除外を要します(本症例でも肺塞栓/大動脈解離/ACSなどが除外対象として入っていました)。
その他、急性虫垂炎/膵炎/胆嚢炎/肺炎+心不全/心膜心筋炎なんてよく見る病態とも類似した症状を呈するため、シマウマ探しではなく、まずは緊急度/頻度の視点から除外診断をしていくことを忘れてはいけません。
胸痛を呈する良性疾患として縦隔脂肪壊死なんてのもありましたね。
まとめ
・「発熱を伴う耐えがたいほどの強い胸痛や心窩部痛」では致命的疾患/頻度の高い疾患を除外できれば、CoxsackievirusによるBornholm病の可能性もある。胸部レントゲンでは約半数に所見がある。