ERでは、さまざまな困難な病態に遭遇します。
ショック! アシドーシス! 腎不全! …どうする!? (一一")
そんなピンチのとき、「炭酸水素ナトリウム(メイロン®)」が頼れる味方になることがあります。

意外と活躍の場は多いですが、使い方には注意が必要。
うまく使えば強力な武器になりますが、間違えれば逆効果になることも…。
この記事では、救急外来で働く初期研修医や専攻医の皆さんに向けて、炭酸水素ナトリウムの使いどころや注意点をわかりやすく解説します!
炭酸水素ナトリウムのメリット
炭酸水素ナトリウムは、救急でよく使う薬のひとつ。
一時的に状態を劇的に改善できる、頼もしい薬剤です!
最大の利点は血液のpHを急速に補正できること。
代謝性アシドーシスをスピーディーに改善する効果があります。
本来、代謝性アシドーシスには必ず原因があり、それを突き止めて治療するのが理想です。
でも、そんな余裕がないほど患者の状態が悪化していることもあります。
その代表例が、「アシドーシスを伴うショック」。
このケースでは、根本治療と並行して、炭酸水素ナトリウムを使いアシドーシスを迅速に補正することが有利に働く場合があります。
そもそもアシドーシスって何が問題??
アシドーシスの悪影響で特に重要なのは、
👉 心筋抑制
👉 カテコラミン(アドレナリンなど)への反応性低下
アシドーシスになると、アドレナリン受容体の発現や感受性が低下します。
その結果、
💔 心筋の収縮力が落ちる
💉 カテコラミンの効果が出にくくなる
この負のループを断ち切るために、炭酸水素ナトリウムが役立ちます。
生理学的な悪影響をリバースすることで、救急の現場では大きな武器になりえます。
実際、私もよく使っています!
炭酸水素ナトリウムの使いどころ
乳酸アシドーシス+ショック
このシチュエーションでの炭酸水素ナトリウムの使用が最も多いと思います。
投与することで、アドレナリン受容体の感受性が高まり、血管収縮薬の効果が向上します。
さらに、アシドーシスによる心筋機能の低下を改善できる可能性があります。
臨床研究では賛否両論ありますが、実感としても、早期に炭酸水素ナトリウムを投与するとMAP(平均動脈圧)の上昇や、血管収縮薬1単位あたりのMAP増加率が向上することが多い印象です。
ただし、死亡率への明確な影響は確認されていません。
各種ガイドラインでは、
✅ 重症アシドーシス(pH<7.2)
✅ AKI(急性腎障害)Stage 2~3
✅ PaCO₂<45 mmHg
といったケースではオプションとして投与を考慮してもよいとされています。
※ PaCO₂<45 mmHgについては、後述する「潜在的なリスク」をチェック!
DKA
頻繁に使うわけではありませんが、「奥の手」として使用することがあります。
特に、
✅ 血管収縮薬を使っているが、アシドーシスの影響で効果がイマイチ
✅ インスリン持続静注をしているのにpHがなかなか改善しない
こんなときの一手として考えます。
ただし、炭酸水素ナトリウム投与は、
⚠ 酸素供給を妨げる
⚠ CO₂増加による中枢神経系アシドーシスを引き起こす可能性がある(後述)
⚠ ケトン減少を妨げる
といったリスクもあり、あまり推奨される治療ではありません。
それでも、やむを得ず使用する場面はあります。
AKI
中等度~重度のAKI かつ 重度の代謝性アシドーシス(pH ≤ 7.20、PaCO₂ < 45 mmHg) の患者には、炭酸水素ナトリウムの使用がオプションとして推奨されています。
特に、アニオンギャップ(AG)>18 の場合、死亡率の改善効果があるという研究も報告されています。
すぐにRRT(腎代替療法)を実施できない状況では、頼れる選択肢になり得ます。
アニオンギャップ非開大代謝性アシドーシス(NAGMA)
乳酸アシドーシス、ケトアシドーシス、腎不全などのアニオンギャップ開大代謝性アシドーシス(AGMA) と比べ、NAGMAに対する炭酸水素ナトリウムの有効性を評価する臨床試験はありません。
とはいえ、病態生理的には理にかなっているため、患者の状態が不安定な場合には、AGMAと同様に使用が推奨されます。
心肺蘇生
心肺蘇生中に炭酸水素ナトリウムをルーチンで使用することは推奨されていません。
その理由は、使用を支持する明確なエビデンスがないからです。
ただし、
✅ 重度アシドーシス(pH<7.2)の場合
✅ 初期波形がショック非適応の場合
✅ 院内心停止や高カリウム血症を伴う場合
などでは、有効かもしれない という報告があります。
理論的にはメリットが大きそうですが、実際にはそれほど支持されていないのが現状です。
中毒
炭酸水素ナトリウムは、特に Naチャネルブロッカー中毒(三環系抗うつ薬が筆頭)、ジフェンヒドラミン中毒などで研究されています。
これらの薬剤中毒では、
🚨 抗コリン作用により頻脈を引き起こす
🚨 重症化すると低血圧や不整脈を伴う
といった問題が発生します。
目安として、
✅ 低血圧や不整脈がある
✅ QRS延長(>100msec)
このような場合に炭酸水素ナトリウムを使用します。
また、急性症候性発作(けいれん)の予防 にもなるため、比較的使用閾値は低めです。
さらに、抗不整脈薬中毒、局所麻酔薬中毒、サリチル酸中毒などでもよく使われます。
詳細は中毒の成書をチェック!
あまり支持されていない分野:横紋筋融解症、アシドーシス誘発性凝固障害
炭酸水素ナトリウムは、横紋筋融解症の輸液療法の一環として研究されたこともあります。
しかし、基本的には推奨されません。
⚠ 効果が不明確なだけでなく、転帰を悪化させる可能性も指摘されています。
また、アシドーシスによる凝固障害に対する炭酸水素ナトリウムの効果は、動物実験レベルでしか示されていません。
現状では、有効性を判断する材料が不足しています。
まずは原疾患の治療を優先しましょう!
具体的にどのくらい使えばいいのか?
多くの場合、
メイロン®を 1~2 mL/kg ボーラス投与 しています。
例えば 250mL製剤なら、まず半分(125mL程度)をボーラスで入れてみて、患者の反応を見ながら追加を検討します。
治療目標のpHは以下のように考えます。
📌 アシドーシス・ショック・DKA → pH ≧ 7.1 まで投与
📌 AKI → pH ≧ 7.2 まで投与
📌 中毒 → pH 7.45~7.55 を目標に投与
👉 必要に応じて pH 7.5前後を目指し、0.5~1 mL/kg/hr で持続投与することもあります。
ちなみに、メイロンの添付文書にある投与量計算式ですが、、、
(メイロン必要量(mL)= 不足塩基量(Base Deficit mEq/L) × 1/4 × 体重(kg))
正直、臨床でこの式の通りに使ったことはありません。
実際には、pHや患者の反応を見ながら調整するのが現実的です。
潜在的なリスク
炭酸水素ナトリウムは強力な武器ですが、過剰投与すると逆に有害になる可能性があります。
特に注意が必要なのが、CO₂の排出が十分にできない肺疾患の患者です。
炭酸水素ナトリウムの投与によって発生したCO₂を適切に排出できないと、逆に呼吸性/ 中枢性アシドーシスを悪化させる恐れがあります。
「使えば使うほど良い」という薬ではないので、状況を見極めながら慎重に使いましょう!
逆説的な呼吸性アシドーシス
炭酸水素ナトリウムを投与すると、血管内の H⁺と反応してH₂CO₃(炭酸)が形成されます。
これが最終的に CO₂と H₂O に分解されます。
つまり、炭酸水素ナトリウムを投与するとCO₂が過剰に産生されるということ。
通常なら 呼吸性代償でCO₂を排出できますが、
COPDや神経疾患などがあるとCO₂排出がうまくいかず、逆に呼吸性アシドーシスを引き起こす可能性があります。
細胞内アシドーシス
炭酸水素ナトリウム投与で発生したCO₂は、細胞膜を容易に通過します。
その結果、過剰なCO₂が細胞内に拡散し、細胞内pHが低下 → 細胞内アシドーシスを引き起こします。
さらに、これにより 乳酸産生が促進される可能性もあります。
神経機能障害
動脈内の PCO₂と HCO₃⁻ のバランスが変化すると、脳脊髄液と血漿の間でpHの不均衡 が生じます。
その結果、脳脊髄液アシドーシスが発生し、神経機能障害を引き起こすことがあるので注意が必要です。
酸素供給障害
炭酸水素ナトリウムの投与により、アルカローシスが誘発されます。
アルカローシスになると、酸素ヘモグロビン解離曲線が左方シフトし、末梢への酸素供給が低下する可能性があります。
そのほかよくある有害事象
低カリウム血症、低カルシウム血症、高ナトリウム血症、volume overloadなどが引き起こされることがあります。
メイロン静注 8.4% は、めちゃくちゃ濃い溶液です。
実はこれ、6%食塩水レベルの高Na溶液です(通常の生理食塩水は0.9%)。
そのため、
👉 低Na血症の緊急治療に使われることもある
👉 安易に投与すると、すぐに高Na血症を引き起こす
容量負荷のリスクもあるため、心不全や腎不全の患者では細心の注意が必要 です。
過剰投与による死亡例も報告されているため、使用には慎重になりましょう。
https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/info/pdf/20191119_01.pdf
炭酸水素ナトリウム(メイロン®)は、適切に使えば強力な武器になります。
ショック、アシドーシス、中毒、急性腎障害など、救急の現場で役立つ場面は少なくありません。
しかし、使い方を誤ると逆効果になることもあります。
特に、CO₂貯留による呼吸性アシドーシス、細胞内アシドーシス、電解質異常、容量負荷 などのリスクをしっかり理解しておくことが重要です。
「なんとなく投与」ではなく、適応を見極め、患者の反応を確認しながら慎重に使うことが大切ですね。
救急の現場は、一瞬の判断が生死を分ける場面も多いですが、適切な知識があれば選択肢は広がります。
ぜひ、炭酸水素ナトリウムを「使いこなす」意識を持って活用してください!