コロナ禍でアルコール関連疾患で救急受診する患者が増えたような気がします。
同僚と話をしていても同様の感覚があるようです。
その中でも頻度が高いAKAについてまとめてみます。
もともとアルコールを慢性的に飲みまくってた人が、
嘔吐したりで食事ができなくなってヘロヘロになって受診するパターンが多いです。
でもいろいろ治療しようと試みてもあまり患者さん自身が介入を望んでいなかったりして、なんとなく輸液だけして帰宅になってしまう経験が多いです。
入院すると飲酒できなくなっちゃいますしね。
背景に貧困があり入院ができない、なんて訴えもよくあります。
全人的な介入を要する難しい病態ですが、満足な介入ができたことはないかもしれません。
以下の文献を中心にまとめました。
➀Allison MG, et al. Alcoholic metabolic emergencies.
Emerg Med Clin North Am. 2014 May;32(2):293-301.
PMID: 24766933.
②Palmer BF, et al. Electrolyte Disturbances in Patients with Chronic Alcohol-Use Disorder.
N Engl J Med. 2017 Oct 5;377(14):1368-1377.
PMID: 28976856.
③Long B, et al. Alcoholic Ketoacidosis: Etiologies, Evaluation, and Management.
J Emerg Med. 2021 Oct 25:S0736-4679(21)00717-4.
PMID: 34711442.
症例
・45歳男性
・主訴:嘔気/嘔吐/腹部全体痛のためER受診
・アルコールを毎日飲んでいるが、昨日はアルコールが手に入らず飲んでいなかったという
・バイタルサインはHR110bpm, RR22bpm以外には異常なし
・腹部にはびまん性の圧痛があるが、腹膜炎の徴候はなし
・Glu72mg/dL, Na136mEq/L, Cl100mEq/L, pH7.20, HCO3- 16mEq/L
さて、この患者をどうしようか。
定義と歴史的背景
・慢性的なアルコール使用により発症することが多いが、一時的に暴飲した患者での発症もありえる
・1940年にDillonらによって初めて報告された
・その後から認識されるようになり、慢性的に大量のアルコール使用があった患者が、何らかの理由で飲酒を絶った後に重度の嘔気/嘔吐/腹痛を発症し、ケトアシドーシスを伴うことが報告されるようになった
疫学
・2019年のNational Survey of Drug Use and Healthによると、12歳以上の約1500万人がアルコール使用障害(AUD)に罹患しているとされる
◦男性:900万人と多い
◦12歳-17歳が41万4000人も含まれる
◦これらのAUD患者でのうち、過去1年間で治療を受けたのは7.2%に過ぎない
※AUD:アルコール使用をコントロールしたり、やめたりする能力が損なわれている状態
・AKAの発症率はわかっていない
◦環境により異なり、アルコール乱用率の高い地域では発症率が高い
◦男女比はないと報告されている
・AKAを発症しやすい患者群として以下が指摘されている
・アルコール使用者の死亡原因の7%を占めている可能性がある
ウイスキーがリスク因子になっていることは面白いです。
濃度が濃いからなんでしょうか。
ウォッカとかの方がヤバそうですが、ロシアの人は酒に強い遺伝子がありそうですしね。
病態生理
・病態生理学的には…大量飲酒と栄養不足がケトーシスの原因となる。
◦グリコーゲンと栄養貯蔵量の減少…インスリン低下/グルカゴン増加
◦脱水
(
N Engl J Med. 2017 Oct 5;377(14):1368-1377.)
・AKAは、グルカゴン分泌に対するインスリン分泌の比率が低下することにより引き起こされる
◦この条件下では、脂肪酸がケトン体(特にβヒドロキシ酪酸)に変換されるようになる
・インスリン分泌低下は以下に起因する
◦慢性的な栄養価の低い食事/飢餓によるグリコーゲン貯蔵低下
◦糖新生の低下
◦交感神経緊張による膵β細胞からのインスリン分泌抑制
→グルコース利用が減少
・さらにグルカゴン/成長ホルモン/コルチゾール/カテコールアミン分泌増加が起きる
◦インスリン分泌低下と併せてさらにグルコース利用ができない条件になる
・インスリン減少に伴い、ホルモン感受性リパーゼが増加する
◦脂肪分解が亢進して、脂肪組織から遊離脂肪酸が放出され肝臓に移動
◦遊離脂肪酸は酸化やエステル化により以下の物質に変わる
‣酸化:二酸化炭素やケトン体
‣エステル化:リン脂質、トリアシルグリセロール
※通常であれば遊離脂肪酸はミトコンドリアに輸送されて代謝されるが、インスリン/グルカゴン比が低下したAKAではこの経路での代謝ができなくなる
・アルコール自体の代謝もグルコース利用障害やケトーシスの原因となる
・アルコールは肝臓においてアルコール脱水素酵素によりアセトアルデヒド/アセト酢酸に代謝され、さらにミトコンドリアで酢酸に代謝される
◦この過程において、NAD+をNADHに還元する必要がある
◦NAD+が消費され、NADHが生成される
→代謝の際に酸化されたNADに対して還元されたNADHの割合が増加(NADH/NAD比の増大)
・ケトン体は脂肪酸が代謝されることにより産生され、NADH/NAD比の増大によりさらに促進される
◦肝臓ではケトン体の中でも特にβヒドロキシ酪酸の産生が優先される状態になる
・NADH/NAD比の増大は、ミトコンドリアの活動を妨げ肝臓での糖新生を抑制する
◦膵でのインスリン分泌が抑制され、グルカゴン分泌が促進される
→グルカゴンはさらに肝臓でのケトン体産生能力を高める
‣特にアセト酢酸→βヒドロキシ酪酸への変換が増加し、19:1-11:1とされる
(DKAより高率!)
◦低血糖のリスクが増大し、AKA患者の25%が低血糖を呈する
‣低血糖を呈していた患者は受診14-24時間前の経口摂取が減っていたことを示唆
・さらに、NADH/NAD比が増大すると、乳酸のピルビン酸への変換阻害が起き、血中乳酸濃度が上昇
・βヒドロキシ酪酸が細胞外液に放出されると、NaHCO3と反応し、βヒドロキシ酪酸NaとH2OとCO2になる
◦HCO3-濃度が低下してケト酸塩(βヒドロキシ酪酸Na)が増加してAGが開大する
・ケト酸塩がNaやKとともに腎外に排出されるとNaが減少するため、細胞外液量が低下してRAA系亢進により今度はNaCl貯留傾向になる
・循環血液量低下、NaCl貯留、ケト酸塩体外喪失で高Cl性AG正常代謝性アシドーシスともなる
・AKA患者の大多数は、長期間にわたる嘔吐や経口摂取不良が前提にあるため脱水がある
◦さらに、アルコールが抗利尿ホルモンの分泌を直接阻害し、自由水の再吸収を減少させる
→腎灌流量が低下し、counter-regulatory hormoneが増加し、脂肪分解とケトン体産生をさらに増加させるという悪循環に入る
病因
・AKAの大多数は、慢性アルコール使用に伴う低栄養状態や急激な経口摂取量低下を伴う暴飲により生じる
・感染症や急性膵炎などはAKAの原因として多いため検索すること
・腹腔内病変(胆嚢炎/虫垂炎/腸閉塞/消化管閉塞/腸間膜虚血など)/アルコール離脱/糖尿病性ケトアシドーシス/薬物中毒(サリチル酸中毒など)など、経口摂取量を低下させるような他の要因も考慮すべし
・特に、以下の疾患の合併には注意すること
・膵炎
・敗血症
・アルコール性肝炎
・肺炎
・特発性細菌性腹膜炎
・Wernicke脳症
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症状/徴候
・最も多いプレゼンテーションは、「慢性的なアルコール使用歴があり栄養状態が悪い患者が、飲酒ができなくなった後に消化器症状を発症する」ことである
◦嘔気:76%
◦嘔吐:73%
◦腹痛:40-75%
・患者には脱水がみられることが多い
・バイタルサイン:頻呼吸、頻脈、低体温、低血圧が一般的
・びまん性の腹部圧痛は最大75%の患者で認められる
・腸蠕動音亢進/筋性防御/反跳痛はAKA単独では認めにくいため、これらがあるときには別の腹腔内疾患を疑うこと
・振戦/めまい/筋肉痛/下痢/痙攣/失神なども見られうる
・眼振/眼球運動障害、測定障害、協調障害、記憶障害、意識障害はAKA単独では見られないはず
◦Wernicke脳症を考えること
・AKAらしくない所見は以下…別の疾患の合併を疑うこと!
・腸蠕動音亢進/筋性防御/反跳痛
・眼振/眼球運動障害、測定障害、協調障害、記憶障害、意識障害
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検査と診断
・臨床的徴候と症状、検査所見から診断をつける
・検査は以下の項目を行うこと
◦静脈血液ガス、血中ケトン体濃度、腎機能、肝機能、電解質
・アニオンギャップ開大アシドーシス + ケトン尿 or ケトン血症を呈するのが典型的
◦嘔吐による代謝性アルカローシスや頻呼吸による呼吸性アルカローシスの影響を受け、しばしばpHは正常
◦アシドーシスは乳酸とケトン体の蓄積の結果ではあるが、重度の乳酸アシドーシス(乳酸>4mmol/L)はAKAでは一般的ではない
‣これを逸脱する場合には敗血症/肝機能障害/チアミン欠乏症/痙攣などの併発を示唆
・AKAでは酸塩基平衡が混在することがある
・アニオンギャップ開大代謝性アシドーシスを呈するのは23%しかいない
・アニオンギャップ開大代謝性アシドーシスと呼吸性アルカローシスの混在は25%
・代謝性アルカローシスと呼吸性アルカローシスの合併:28%
・嘔吐と頻呼吸が原因
・高度なアニオンギャップ開大代謝性アシドーシスの場合にはtoxic alcohol中毒を考慮すべし
◦HCO3- <10mEq/L, pH<7, 乳酸>4mmol/L, 浸透圧ギャップ上昇
‣アセトン濃度上昇による浸透圧ギャップ上昇はありえる(平均27mOsmol/kg)
◦重度の意識障害/腎障害/心肺機能障害を合併する場合
・βヒドロキシ酪酸はDKAに比較してかなり高値となる
◦DKA…3:1~6:1 vs AKA…11:1~19:1
→より尿検体からは検出されづらいため、血中ケトン濃度を測定すること
・ケトーシスの診断には血清または尿中ケトン体の検出を要する
◦尿検査では主にアセト酢酸が検出されるため、AKAで優位に検出されるβヒドロキシ酪酸には反応しない
・gold standardは血中ケトンを検索すること…βヒドロキシ酪酸を検出可能
・典型的には5.2mmol/L-14.2mmol/Lの範疇
・血中アルコール濃度は低いか検出できないことが多い
◦慢性アルコール使用者では濃度上昇があり得る
‣AKA患者の80%でアルコール濃度>100mg/dLであったという報告もある
・血糖値は通常低値~正常値だが上昇していることもある
・上昇していたとしても、Glu<275mg/dL程度
・AKAの12%がGlu<60mg/dL、11%がGlu>250mg/dL
・低栄養や経口摂取量の減少/尿からの喪失/嘔吐などにより電解質異常が生じることがある
・低マグネシウム血症はAKAの約20%に認められ、慢性アルコール使用により腎からのマグネシウム排泄が増加していることがある
・血液検査では全身のマグネシウム貯蔵量を測定できるわけではないため、低K血症があるときには低Mg血症も合併していると考えるのがよい
・低リン血症もよくあるが、それにもかかわらず代謝性アシドーシスとインスリン濃度低下により血清P濃度は正常または上昇していることがある
・ブドウ糖投与や脱水補正が行われて初めて発見されることが多い(入院後数日してから出てくることが多い)
・血清P<1mg/dLとなるまで無症状のことがあるため注意
・脱水によるBUNやCre上昇、軽度肝逸脱酵素上昇などがあり得る
治療と介入
・輸液、糖や電解質の補正、対症療法(主に制吐)が中心になる
・敗血症や腹腔内病変などを伴う場合には適切に対応すること
・初期対応としてはリンゲル液または生理食塩水を投与することが推奨される
◦生理食塩水は高Cl性代謝性アシドーシスを誘発する可能性があるため、リンゲル液が好ましい
◦循環血漿量補正を行うことでカテコールアミンやグルカゴンの分泌が低下する
‣NADHの酸化が促進+貯蔵されているグリコーゲンが補充されるため、生食やリンゲル液単独投与よりも迅速にアシドーシスが是正される
◦初期評価時にK>3.5mEq/Lの場合には、初期蘇生後に5%ブドウ糖液を投与してよい
・特に低K血症/低Mg血症/低P血症には注意
・低K血症があるがリン酸塩が正常値である場合には、塩化カリウムやリン酸カリウムを使用可能
・低K血症があるときには低Mg血症も合併しているものと考えて補充を行うこと
・低P血症の場合にはおおよそ以下のように対応する
◦P1-2mEq/L+経口摂取可能:リン酸カリウム250-500mgを12時間毎に経口投与
‣経口摂取不能:リン酸カリウム15mmolを2.5時間かけて点滴静注
◦P<1mg/dL:リン酸カリウム45mmolを7時間かけて点滴静注
※個人的にはこのへんはビタミンと併せてカクテルにしてしまうことが多いです。
どうせ治療しているとすべての電解質が低下してきますので。
以下に詳しく書いてあります。
◦慢性アルコール使用者では、チアミン貯蔵量がすでに不足している可能性がある
◦ブドウ糖を投与する際にはそれに先だってチアミン200mg静注が好ましいが、そのためにブドウ糖投与を遅らせるべきではない
◦重度のアシデミアがあっても上記治療により速やかに改善するため炭酸水素ナトリウム投与は通常不要
◦ケトーシスが代謝性アシドーシスの原因となるため、βヒドロキシ酪酸が正常化するまではアシデミアは完全には解消しない
・74人の患者を対象としたcase seriesでは、AKAの半数が12時間に改善し、安全に退院できたことが報告されている
・患者の治療が終わった段階で、依存症支援サービスを提供すべき
ちゃんと治療すれば、重症度によりますが、数時間で体調自体はかなり改善してしまうため、患者さんは入院せず帰りたがることが多いです。
症例の続き
・患者は脱水症状を呈しており、制吐剤とともにリンゲル液1000mlが投与された
・アニオンギャップ開大代謝性アシドーシスを呈しており、βヒドロキシ酪酸は7.5mmol/Lまで上昇していた
・血清アルコール濃度は上昇していなかった
・血清K4.2mEq/L
・入院治療の方針となった
まとめ
・AKAは慢性的なアルコール使用を背景に発症するが、一時的な暴飲により生じることもある
・AUD患者は世界的には12-17歳といった若年層でも増えてきている
・病態生理として、➀インスリン分泌低下+グルカゴン分泌増加、②NADH/NAD比増大、③脱水などが重要
・AKAを発症した患者を診察するときには感染症や急性膵炎などの合併に注意すること
・「慢性的なアルコール使用歴があり栄養状態が悪い患者が、飲酒できなくなったあとに消化器症状を発症」した場合にはAKAを想起して対応すること
・腹部の筋性防御や反跳痛、眼振/眼球運動障害/測定協調障害などはAKA単独では起こりにく所見
・AKAではさまざまな酸塩基平衡が混在することがあるため、しばしばpH自体は正常であることがある
・重度の乳酸アシドーシスは呈しにくく、Lac>4mmol/Lの場合には他の疾患の合併も疑うこと
・AG開大代謝性アシドーシスが顕著であったり、意識障害/腎障害/心肺機能障害がある場合にはtoxic alcoholを想起する
・βヒドロキシ酪酸が優位に増加するため尿中ケトンは陰性になることがあるため血中ケトン濃度を検索すること
◦これらは治療開始後に顕著に現れることがある
・初期輸液は細胞外液でよいが、脱水補正後はブドウ糖含有液を投与すること