顎関節脱臼は、ERで勤務しているとしばしば遭遇する疾患です。
病棟や在宅診療でも、習慣性脱臼になっていて
よく脱臼整復を頼まれるなんてことも多いのではないでしょうか?
力任せにグイッと治してしまうのもなんかカッコいいですが、
何度も何度もトライして患者さんも自分もゲンナリ、、、
なんてことはないでしょうか?
ちょっとしたコツで劇的に成功率が上がりますので、
コツと様々な整復方法を紹介したいと思います。
整復のポイント
顎関節脱臼を整復する際、患者さんにどのような指示を出しますか?
「ハイ、大きく口をあいて~」なんて言いながら整復していませんか?
それは逆効果です!
「口を軽く閉じるようにしてください」
「私の指を軽くかむようにしてください」
が正解です。
これが最大のポイントと言っても過言ではありません。
是非実践してみてください!
口腔内法
患者の口腔内に術者の指を入れる系の手技です。
これらは、患者に噛まれる可能性があります。
以下のような場合には、後述する口腔外法を選択したほうが良いです。
・けいれんした可能性がある
・感染症リスクがある(HIV, 肝炎ウイルス, 梅毒, drug userなど)
・認知症や精神疾患などでコミュニケーションが取れない
ここでのポイントは、
「奥歯を押さえて下手前に引く、顎先を上げる」
を意識することです。
Nélaton’s maneuver または Hippocratic technique
①背もたれのある低い椅子に患者を座らせ、患者の背中と頭部を壁に押し当てて固定
※下顎骨の高さが医師の肘より上にならないようにすることで、効果的に力を加えることができるようになる
②手袋を装着しその上から母指にガーゼを巻き付け、その母指を下顎臼歯部にあて他の指で下顎骨の両側を把持する
③臼歯側を下げ、顎先を上げるよう意識。下顎を引き下げると同時に患者には口を閉じるように指示すると成功率が上がる
④整復できると鈍い手ごたえを触知でき、患者も閉口可能となる
(J Emerg Med . 2008 May;34(4):435-40.)
・テクニックの亜型として、医師が患者の背後に立ち、親指を口腔内に挿入して顎関節脱臼を解除する方法もある
◦自分のおなか側を背もたれにできる
(J Emerg Med . 2008 May;34(4):435-40.)
これらのテクニックは有名で簡単ですが、あまりオススメはできません。
結構力が必要ですし、
術者が指をケガするリスクが高いです。
感染リスクが危惧されるような場合や、患者とコミュニケーションが取れない場合にはやめておいた方がよいでしょう。
wrist pivot法
①両母指をオトガイ部の先端に、他の指を下顎臼歯の咬合面において下顎全体を把持
②手関節を軸として母指を上方に、他の指を下方に押し込むようにする
(J Emerg Med . 2008 May;34(4):435-40.)
手関節をスナップを利かせるように回転させるのがコツです。
下顎骨折を回避するために力は両側から均等にかける必要があります。
上述の方法に比較してあまり力が要らないので、
口腔内法をやるのであればこちらの方がオススメです!
口腔外法
こちらは患者の口腔内に術者の指を入れなくて済む方法です。
でも、口腔内法に比較してテクニック的に少し難しいです。
➀非脱臼側の頬骨に母指を置き、残りの4本の指を下顎角の周囲に置く
②同時に、脱臼側の母指は筋突起coronoid processを触知し、乳様突起の後方に残りの指をかけておく
③非脱臼側の下顎角を前方に引きつつ、同時にもう片方の手で筋突起を後方に押しこんで脱臼を整復する
(Clin Pract Cases Emerg Med . 2017 Oct 18;1(4):380-383.)
口腔内に指を入れなくてよいためケガのリスクが最も低い方法です。
基本的にはコレを第一選択にしておくのが良いでしょうが、
慣れるまでは結構難しく感じます。
在宅診療のようなシーンで、
おいそれと手洗いができないとか、ガーゼなどの資材がすぐには入手できないようなときには使い勝手がよく、頻用していました。
番外編
シリンジ法
➀10mLのシリンジを患者に咥えさせ、顎を動かしてシリンジを前後に動かしてもらうだけ
②医師は見ているだけでよい
(J Emerg Med. 2014 Dec;47(6):676-81.)
患者の協力が必要ですが、
忙しいERではこれをやってもらってる間に他の患者を見ることができます。
整復出来たらシリンジは回収しましょう。
持ち帰って、サツに万が一見つかるとあらぬ疑いをかけられるかもしれません。
Gag Technique(嘔吐反射)
②
咽頭反射により閉口筋が抑制され、下顎骨が下がり下顎頭が解放される
もしかしたら非人道的な気もするので、
あまり積極的にはやっていません。
口腔内法で整復しようと指を入れただけで、
嘔吐反射が誘発されて自然に整復された経験があります。
歯ブラシを見るだけで嘔吐反射がでるようなヒトには試してみても…。
結局、どの方法を用いるか?
顎関節脱臼には、今回紹介したもの以外にも複数の整復方法があります。
どれも長所と短所があって、優劣は決められません。
どれでやってもいいですが、
患者の特性や背景に合わせて選択するのが賢いかもしれません。
選択の一例を紹介します。
・第一選択は、口腔外法
◦噛まれるリスクがない!
◦特に、けいれんの疑い/感染症リスク(HIV, drug userなど)/認知症や精神疾患などでコミュニケーションが取れない場合にはコレ
・口腔外法で失敗した場合には口腔内法を選択
◦どちらかというと、wrist pivot法が簡単
◦それでもダメなら、Hippocratic methodを試す
・ERが忙しいかつ患者の認知機能が正常なら、シリンジ法を試していてもらう
・上記をやってみて、どうしてもだめなら浅い鎮静をしたうえで再挑戦
整復後の指示
・疼痛が改善し、しゃべれるようになれば帰宅でよい
◦骨折がないかどうかには注意
・やわらかい頚椎カラーをつけておく
◦顎関節可動域を制限でき再脱臼率低下、疼痛が軽減
・大きく開口しないよう指導
◦あくびするときには下顎をおさえてもらう
・フォローアップは口腔外科に依頼しておくのがよい