りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

review:特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritonitis: SBP)

当地域はアルコール絡みの疾患が多い地域です。

➀地域性としてもともとの飲酒量が多いと思います。

関東から青森に来てびっくりしたことの1つにスーパーのアルコールコーナーの広さがありました。関東ではアルコールコーナーはせいぜい1列でしたが、青森では2-3列は当たり前です。

②コロナ禍で引きこもって飲む量が増えている可能性があります。

③関連病院に精神科があるので、そのアルコール系患者さんがたくさん来ます。

 

上記のような理由で、アルコール使用障害患者を診療することは非常に多く、

アルコール関連疾患について深く知っておくことが求められます。

 

今回はアルコール性肝硬変で問題となりやすいSBPについてまとめます。

 

Popoiag RE, FierbinȚeanu-Braticevici C. Spontaneous bacterial peritonitis: update on diagnosis and treatment.

Rom J Intern Med. 2021 Jun 28. doi: 10.2478/rjim-2021-0024. Epub ahead of print.

PMID: 34182617.

 

 

疫学

・細菌感染症は肝硬変患者には多くみられ、入院原因として重要な理由となっている
 ◦入院時または入院中の細菌感染症発症率は25-35%であり、一般人の4-5倍
 
・最も多い感染症特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritonitis: SBP)で27%を占める
 ◦尿路感染症…22%、肺炎…19%
 ◦ただし、アジアでは欧米と比較して肺炎や尿路感染症の有病率が高くSBPの有病率が低いことが知られている
 
・SBPは発見当初は死亡率が90%を超えていたが、現代では20%程度にまで低下
 ◦迅速な診断と治療ができていることが要因
 
・ただし、予後は不良であり初回SBP発症後1年生存率は40%程度

 

 

肝硬変というだけで易感染性宿主と考えられ、あらゆる細菌感染症の標的となります。

欧米とはその疫学が若干異なるようで肝硬変に合併する細菌感染症ではSBPが最多ですが、日本では尿路感染や肺炎の方が多いと報告されていて体感的にもその通りに感じます。

予後不良な疾患であり、迅速な診断と治療を要求されますので、以下詳しくみていきたいと思います。

 

 

診断

腹腔穿刺

・European Association for the Study of Liver (EASL)ガイドラインによれば、診断は腹腔穿刺に基づいて行われる
 
腹腔穿刺が遅れることで死亡リスクが増大する
 ◦早期に穿刺を行うと、腹腔穿刺が遅れた場合に比較して死亡率が低下
  ‣死亡率:早期5.5% vs 晩期7.5%
 ◦入院後12時間以内に腹腔穿刺が行われると短期的な生存率改善に有効
  ‣1時間遅れる毎に院内死亡率が3.3%高くなる
 ◦週末の入院では平日に比較して腹腔穿刺が遅れ、死亡リスクが1.12倍高くなる
  ‣早期の腹腔穿刺実施率…週末50% vs 平日62%
 
・SBPの患者は無症状のこともあれば、さまざまな症状を呈することもある
 ◦24時間以内の発熱…特異度81%
  ‣他の感染症との鑑別にはならない
 ◦腹痛や腹部圧痛…感度94%
 ◦医師の臨床診断…感度77%/特異度34%
 ⇒臨床診断ではなく、腹腔穿刺により採取した腹水を分析することにより確定診断する必要がある
 
PMN(多形核好中球)>250mm3であれば確定診断となる
 ◦手動での測定が自動測定よりも信頼性が高いことがわかっている
 
・代替の方法としてフローサイトメトリーがあり、PMN>250mm3検出に感度と特異度が100%近いことが知られている
 
腹水培養は抗菌薬投与の指標となるため必須だが、確定診断には不要
 
・SBPにはいくつかの分類(パターン)がある
 ◦PMN≧250+培養陽性
 ◦PMN≧250+培養陰性
 ◦PMN<250+培養陽性
 
二次性細菌性腹膜炎は肝硬変患者ではあまり多くないが、死亡率自体は高いため注意を要する
 ◦複数の微生物検出、腹水に多数の好中球が確認、治療への反応が不十分な場合には疑うこと
 ◦タンパク/糖/LDH/CEA/ALPを測定し鑑別すること
 
 
腹腔穿刺が診断には必須です。
これが遅れることで死亡リスクが増大することが知られています。入院後12時間からは1時間経過毎に院内死亡率が数%ずつ上がり、なんだか敗血症やA型解離のような疾患の部類に入るくらいの重篤さがうかがわれます。それでもやはり週末はあまり腹腔穿刺を行えないという実情も納得です(初診のSBPとか初診の手がかかる患者に限って週末に来るんですよね)。
症状として発熱や腹痛ではSBPを疑うきっかけにしたいですが無症状のこともあり「腹水を見たらSBPを疑う」というくらいに疑ってかからないと診断が遅れます。
診断はPMN>250が必要ですが必ずしもこれを満たさないこともあるので、怪しい場合には経験的治療開始も考慮されます。
 

マーカー

・しばしば腹腔穿刺が行えない状況のこともあるため、血液検査で鑑別を行うこともある
 
・プロカルシトニン(PCT)
 ◦肝硬変+細菌感染の早期発見におけるPCTの精度については議論が残る(特にSBPに関して)
  ‣399人のmeta-analysisではSBP診断において感度0.82/特異度0.86/AUC0.92と報告
  ‣一方で、LesinskaらによればPCT値によってSBTとそれ以外の患者を鑑別することはできなかったと報告
 
・高感度CRP(hs-CRP)
 ◦CRPよりも炎症マーカーとしての感度が高い
 ◦Gulerらは、SBPでは対照群と比較して血清レベルが有意に高く、2日間の抗菌薬投与後に有意に低下したことを示した
 ◦非代償性肝硬変100人をSBP50人と無菌性腹水50人に分けて行った研究では、腹水中のhs-CRPの平均値がSBP患者で有意に高いことが示されている
  ‣抗菌薬開始5日後や退院時には治療開始前に比較して低下
 
・MIP-1β
 ◦ケモカインに属し、遊走化性および炎症促進作用があることが知られている
 ◦腹水中では非SBPに比較して有意に高値になる
  ‣cutoff 69.4pg/mlとすると、SBP診断において感度80%/特異度72.7%/AUROC0.77
 
・bacterial endotoxin
 ◦炎症性サイトカインを産生する刺激となる
 ◦SBP患者では非SBPに比較して腹水中bacterial endotoxinが有意に高い
 
 ◦腹水中の数値はSBP鑑別に有用性がある
 ◦cutoff 51.5ng/mLで、SBP診断において感度95.8%/特異度74.4%/AUROC0.898
 ※ただし、データは限定的でありさらなる研究を要する
 
・カルプロテクチン
 ◦血漿と便の両方に含まれる好中球由来のタンパク質
  ‣炎症や感染症により増加
 ◦MAを含む10研究の分析によれば、腹水中カルプロテクチンはSBP診断において感度0.91/特異度0.87/AUC0.92
 
・尿中白血球検出用試験紙
 ◦PMNに特異的ではなく、色調の変化は主観的
 →感度が低く、偽陰性のリスクが高いため推奨されない
 
 
マーカーについては普段使わないのでよくわかりません。診断の補助です。
知識としてだけ持っておいて、やがて実用化されるものがあればそのときによく調べて使おうと思います。
 

治療

・SBPへ用いられる抗菌薬は時代とともに変化している
 ◦2010年のEASLガイドラインでは以下のような推奨のみであった
  ‣第一選択薬…第三世代セファロスポリン
  ‣代替薬としてアモキシシリン/クラブラン酸、キノロンなど
  ※キノロンへの耐性が高い地域、院内感染事例などでは選択すべきではない
 
現代ではグラム陽性菌や多剤耐性菌による感染症が増加しているという疫学的変化がある
 ‣肝硬変患者が頻繁に入退院したり、ICUへの入室を必要とすることなどに起因していると考えられている
 ⇒院内/市中の分類だけでなく、医療関連感染症health care related)という分類も導入されている
 
院内(nosocomial)
・入院後48時間以降に診断
市中(community acquired)
・入院後48時間以内に診断
・医療との接触なし
health care related
・入院後48時間以内に診断
・医療との接触あり
 ◦感染前30日間に入院/静脈内注射を受けた
 ◦少なくとも2日間の入院がある
 ◦感染前3か月間に手術を受けた
 ◦老人ホームや介護施設に住んでいた
 
・現在のEASLガイドラインでは、SBPの経験的治療の指針として感染症の重症度に加え、地域の耐性化を考慮することが重要と強調されている
 
・合併症を減らし生存率を向上させるには、SBP診断後即座に経験的治療を開始する必要がある
 
治療効果確認のために、治療開始から48時間後に腹腔穿刺をすることが推奨されている
 ◦好中球が25%低下している場合には治療反応性良好と判断できる
 ◦それ以外では耐性菌または二次性細菌性腹膜炎を考慮する
 
アルブミンは抗菌薬治療と併用して投与することが推奨されている
 ◦診断初日1.5g/kg→3日目に1g/kg投与
 ◦抗菌薬単独治療と比較して合併症/死亡率低下効果がある
  ‣腎不全発症率33%→10%
  ‣院内死亡率29%→10%
  ‣退院後3か月死亡率41%→22%
※アルブミナー25%静注12.5g/50mL
 
・特に以下の患者群では有益性が高い(AASLDガイドラインより)
 ◦Cre>1mg/dL
 ◦BUN>30mg/dL
 ◦総ビリルビン>4mg/dL
 
 
SBPへの経験的抗菌薬は第3世代セフェム系ほぼ一択だと思っていました。
当院ではセフォタキシムを使用することが多いです。
肺炎の分類と似ていますが、市中/院内/医療関連感染に分類したうえで経験的抗菌薬を選択することになります。
また、忘れがちかもしれませんが抗菌薬とアルブミンを併用することは予後改善効果のあるエビデンスのある治療です。保険の問題で、上記のような使い方ではなく、アルブミナー25%静注12.5g/50mLを1日2本3日間をルーチンにしていました。他の病院ではどのような使用方法なのかを聞いてみたいところです。
 

まとめ

・肝硬変は免疫不全であり細菌感染症発症率が高い
 ◦その中でもSBPが最多(アジアでは肺炎や尿路感染の方が多い)
予後不良で初回SBP発症後1年生存率は40%程度
・診断は腹腔穿刺による腹水中PMNにより行う
・腹腔穿刺が遅れることは死亡率増大リスクになる
・SBPは無症状のこともあるが、腹痛や発熱があれば必ず疑うこと
・腹水PMN≧250mm3であれば確定診断となる
・二次性細菌性腹膜炎の可能性は常に考えておくこと
 ◦複数の微生物検出、腹水に多数の好中球が確認、治療への反応が不十分な場合など
・診断の補助としてのマーカーが研究されている
・診断後即座に経験的治療を開始すること
・治療の際には院内/市中/医療関連の3つの分類から類推される起因菌に対する抗菌薬を選択する

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・治療効果確認のため、治療開始から48時間後に腹腔穿刺をして好中球を確認すること
アルブミンは抗菌薬と併用することで合併症や死亡率を減らす効果がある