病歴
・慢性的な膝痛を自覚しており人工膝関節置換術を受ける予定になっている61歳男性
・術前の血圧178/92mmHgであり本態性高血圧と判断されhydrochlorothiazideが投与され降圧された
・bupivacaineによる脊椎麻酔とmidazolam+propofolによる鎮静下に上記手術を実施
◦術中はBP168/92mmHg程度で経過
・術後1日目:リハビリ中にBP216/99mmHg, HR141bpm, RR20, SpO2 90%となった
◦胸部不快感/息切れ/頭痛/激しい疼痛などの訴えなし
◦手術創感染を示唆する所見なし
◦発汗/四肢冷感あり
◦HCO3 17, AG 26, BUN 24, Cre 2.16, Lac 6.8, cTnT 3.96
◦CXR:非対称性の肺水腫を示唆する所見あり
◦ECG:洞性頻脈、PVC、左脚前枝ブロック、右脚ブロック
・hydralazine+labetalol IVによりBP187/95mmHgに低下
◦さらにesmolol持続投与による高血圧管理を行った
・furosemide投与には反応尿なし
・頻呼吸と低酸素血症が急速に進行したため挿管してcisatracuriumを投与
◦挿管後BP130/88mmHg, HR126bpm
・この際のCXR
・術後2日目:心停止となった
◦CPR開始、epinephrine, sodium bicarbonate, calcium chloride投与によりROSC
‣BP127/73mmHg, BT39.9, HR123bpm, RR30, SpO2 94%(人工呼吸器装着)
‣WBC16900, Hb12.0, Plt165000, Na152, K5.1, HCO3 23, BUN40, Cre4.62, INR4.8, AST26240, ALT12080, ALP96, Bil2.6(D.bil1.1), Lac12.9, cTnT 12.42, 甲状腺機能異常なし, metanephrine濃度測定のため尿血液サンプル採取
◦vancomycin, cefepime, metronidazole, epinephrine点滴を開始
・低体温療法と血液透析開始
・ECG:洞調律、1度房室ブロック、左軸偏位、左脚ブロック
・POCUS:LVEF25%, びまん性壁運動低下, 右室機能異常なし, 左房拡大, 心嚢液貯留なし
・CAG:心尖部の収縮力は保たれていたが、びまん性壁運動低下
・術後3日目:完全房室ブロック発症
◦一時ペーシング開始
・その後2日間にわたり、複数のカテコラミンが投与されたが進行性ショックと多臓器不全を発症
・術後5日目に死亡した
診断
褐色細胞腫
・剖検所見および血液検査所見(metanephrine, normetanephrine値上昇)から褐色細胞腫と診断された
・褐色細胞腫はよく鑑別には挙げられることがあるがまれな副腎腫瘍性疾患である
◦0.6例/10万人年、性差なし、中年に好発
・まれかつ多様な症状を呈するため臨床的に認識が難しい
◦"great masquerader"と称されている
・多くの患者は頭痛/動悸/発汗という古典的三徴を呈さず、患者の10-15%は無症状
・高血圧は持続性または発作性であり、5-15%は正常血圧
・半数以上の症例において、腫瘍は腹部画像診断で偶発的に発見される
・心血管合併症として心筋虚血/心筋炎/心筋症/頻脈性or徐脈性不整脈などを発症し、致命的なイベントになることがある
・本症例の患者はストレス心筋症(逆タコツボ心筋症)を強く示唆していた
※近年はたこつぼ症候群と呼ぶようになっているそうです!
診断は一連の臨床観察に基づいているため、症候群の定義が満たされています。
また、心筋症という言葉は本来心筋の一次性疾患を意味し、遺伝性または原因不明の一次性心筋疾患に適用される用語であり、たこつぼ症候群は一次性心筋疾患ではなく、共通の遺伝的要因も特定されていないことから"心筋症"の呼称は避けたほうがいいそうです。
以下の診断基準が有名ですが、やっぱり褐色細胞腫の除外は入っています!
Mayo Criteria
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・心電図変化(ST上昇とそれに続く陰性T波など)
・一過性の心尖部および心室中間部の壁運動異常
(akinesis or dyskinesis)
・閉塞性冠動脈疾患がない
・以下のものがないこと
◦最近の重大な頭部外傷
◦頭蓋内出血
◦褐色細胞腫
◦心筋機能障害の他の病因(心筋炎または肥大型心筋症など)
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・カテコラミン過剰とそれに伴う微小血管障害および虚血が関与していると考えられている
・通常は誘因が知られているが、明らかな誘因を指摘できない場合には褐色細胞腫の存在を疑うべし
・血中metanephrine+24時間尿中metanephrineは褐色細胞腫に特徴的なカテコラミン過剰症のスクリーニング検査として推奨
◦血中metanephrine…感度95-100%/特異度85-90%
◦尿中metanephrine…感度97%/特異度91%
※スポット尿での検査は推奨されていないが、24時間尿での測定結果との相関はあるとされている
・ただし、以下の病態/薬剤はmetanephrineやcatecholamine濃度上昇がありえる
◦levodopa
◦交感神経作動薬
◦三環系抗うつ薬
◦利尿薬
◦α/β blocker
◦生理的/心理的ストレス
◦急性疾患
・疑いがある場合には早期に画像診断を行うこと
◦造影CT>MRIが好まれる
◦CTでは褐色細胞腫とほかの副腎腫瘍の鑑別にも役立つ
‣CT値<10HUでは褐色細胞腫を除外できる
※造影CT禁忌なのでは!?というコメントを複数いただきました。
確かに日本でのコンセンサスはないかもしれませんが、UpToDateやACR guidelineではあまり心配しなくていいですよ、という方向性になっていそうです。
With CT, there is some exposure to radiation but no risk of exacerbation of hypertension if current radiographic contrast agents are given. CT with low-osmolar contrast is safe for patients with pheochromocytoma even without alpha- or beta-adrenergic blocker pretreatment, as illustrated in a report of 22 such patients [74]. After intravenous (IV) low-osmolar contrast administration for CT scan, there was a significant increase in diastolic blood pressure but no increase in plasma catecholamine levels or episodes of hypertensive crises.(UpToDateより引用)
Pheochromocytoma: There is no evidence that IV administration of modern iodinated or gadolinium-based contrast medium increases the risk of hypertensive crisis in patients with pheochromocytoma [12]. Therefore, restricting contrast medium use or premedicating solely on the basis of a history of pheochromocytoma is not recommended. Direct injection of any type of contrast medium into the adrenal or renal arteries in a patient with pheochromocytoma has not been adequately studied and is of unknown risk.
直接的に造影剤を動注するようなことに関しては十分な研究がないためにリスク不明ですが、UpToDateもACRも褐色細胞腫への造影CTに関しては禁忌とはしていないことがわかります。
本ブログでも過去に上記ガイドラインは取り扱いました。
そのときから推奨は変わっていません。
日本でコンセンサスが得られるのはいつになるんでしょうか。
個人的にも現時点では詳しい医師にコンサルトしながらびくびくしながら検査するとは思いますが…。
今回は褐色細胞腫の症例でした。
勉強会では出てくることがあるけど、実際にはなかなか鑑別に挙げづらい疾患です。
古典的三徴として頭痛/動悸/発汗とは言われていますが、それも10-15%ほどしかでない、血圧も正常なことが同程度あると…。だから"great masquerader"と称されるんですね。最近、「ダイの大冒険」を読んでいますが、あのキルバーンさんのような感じでしょうか。
最終的には心不全/肺水腫/不整脈/腎不全/頭蓋内出血/多臓器不全を発症し、死に至ります。本症例では虚血性肝炎(ショック肝)、無尿性腎不全、心筋虚血、難治性低酸素性呼吸不全など多臓器不全を伴うショック状態にあり、カテコラミンを使用せざるを得ない状況になり、最終的に死亡しました。
高血圧を伴う肺水腫があるところから褐色細胞腫の存在が疑われてα遮断薬による降圧に引き続き、β遮断薬が使用されました。褐色細胞腫ではβ遮断薬に先だってα遮断薬で降圧を行わなければいけません。ここまで疑えるかな~。
高血圧緊急症における降圧目標は以下のように推奨があります。
・最初の1時間で180/120mmHg以下
・その後23時間で160/110mmHg以下を目指す
ただし、今回のような肺水腫がある緊急事態ではより迅速な降圧は許容されます。