病歴/身体所見
・17歳男性
・バイク走行中に樹木に突っ込み受傷
◦患者は保護具はしっかりつけていた
・現場到着時:GCS3, SBP90-110mmHg, HR50bpm, RR22, SpO2 90%
・瞳孔は3mm/3mm、対光反射は緩徐
・ピンク色の泡沫状喀痰が路上に見られた
・RSIが実施されたが、その際に喉頭から湧き出る大量の泡沫状分泌物が認められた
検査
・頭部CT…小さな硬膜下血腫、脳挫傷、びまん性脳浮腫を認めた
◦左側脳室の消失、びまん性浮腫による脳溝の消失、灰白質/白質の境界不明瞭化
・胸部CT:両側肺野背側に浸潤影を認めた
◦外傷性肺挫傷の可能性も考慮されたが胸部損傷の所見に乏しく否定的であった
診断
神経原性肺水腫(Neurogenic pulmonary edema:NPE)
・患者は頭蓋内圧モニタリングのために脳室ドレーンが挿入された
・治療にも関わらず、頭蓋内圧は25-30mmHgと高値であったため、第2病日に開頭減圧術が行われた
・第2病日、多尿症と高Na血症を発症
◦外傷後尿崩症と判断された
・心臓超音波検査ではタコツボ心筋症の所見はなかった
・第5病日、CXRでの両側性陰影の改善が認められた
・第15病日に抜管されたが、十分な気道確保ができずに誤嚥を繰り返した
・第24病日、気管切開を実施
・第34病日、ICUから退室した
・第48病日、リハビリセンターに退院
・第50病日、胃瘻造設された
・(執筆時点の)第110病日ではGCS13(E4V3M6)まで改善
・NPEは1908年に初めて報告され、中枢神経系の急性障害→重度の交感神経刺激で引き起こされる急性呼吸窮迫症として定義されている
◦心臓や肺に原因を認めないことが特徴
(Eur Neurol. 2019;81(1-2):94-102./BMJ Case Rep. 2018 Mar 14;2018:bcr2017224011./Crit Care Med. 2015 Aug;43(8):1710-5.)
・NPEの誘因は多数存在する
◦くも膜下出血では2-8%に発症するとされるが、認識が不十分/心臓肺疾患との区別がつきにくいことから真の有病率は不明
(Eur Neurol. 2019;81(1-2):94-102./Neurosurgery. 2003 May;52(5):1025-31./J Neurosurg Anesthesiol. 2008 Jul;20(3):188-92.)
・NPEの病態生理は完全には解明されていない
◦頭蓋内圧亢進により発症し、カテコラミンストームにつながっていると考えられている
‣カテコラミンストーム→全身血管収縮
→全身循環から肺循環に血流が集中
→肺高血圧→肺胞腔に体液貯留→肺水腫
(J Neurotrauma. 2015 Aug 1;32(15):1135-45.)
・たこつぼ心筋症は同様の機序で発症すると考えられ、ときにNPEと同時発症する
◦NPEをみたときには増悪因子としてたこつぼ心筋症がないか検索すること
(Neurol Med Chir (Tokyo). 2012;52(2):49-55.)
・NPEの治療は、根本的な神経学的原因への介入と支持療法が中心になる
(Crit Care Med. 2015 Aug;43(8):1710-5.)
・頭蓋内圧を下げることは不可欠であり、重症度に応じて保存的または外科的に対応される
(Brain Inj. 2017;31(1):127-130.)
・気道保護/酸素化改善により診断や評価を容易にさせるため、RSIによる気管挿管をしばしば要する
(BMJ Case Rep. 2018 Mar 14;2018:bcr2017224011.)
・PEEPをかけることで肺と脳の酸素化を改善させる一方で、過剰なPEEPにより頭蓋内圧亢進(→血管拡張による脳還流圧に悪影響)の原因となるため注意を要する
◦最大PEEP15cmH2Oでは、脳還流圧への影響はないことが報告されている
→PEEPは最大でも15cmH2Oを越えないこと
(Crit Care Med. 2015 Aug;43(8):1710-5./Acta Anaesthesiol Scand. 2007 Apr;51(4):447-55./J Trauma. 2002 Sep;53(3):488-92./Crit Care Med. 1997 Jun;25(6):1059-62.)
・神経学的損傷後にαアドレナリン遮断薬であるphentolamineやphenoxybenzamineを投与することでNPEの予防効果があることも報告されている
(Crit Care. 2012 Dec 12;16(2):212.)
・NPEは半数以上の患者において72時間以内に改善する
◦しかしながら、重度の脳損傷が背景にあるため予後は一般的に不良であり、死亡率は60-100%と推定されている
肺水腫と言えばピンク色の泡沫状喀痰ですが…
これほどまでに派手なものは初めて見ました。
自分が現場で見たら別の違うものを想定してしまいそうです。
まとめ
・NPEは中枢神経系の急性障害により引き起こされる呼吸不全
・頭蓋内圧亢進とそれによるカテコラミンストームが原因と考えられている
・たこつぼ心筋症を併発していることがあるため増悪因子としてこれを検索すること
・治療は根本的な神経学的原因への介入と支持療法が中心
・高PEEPによる頭蓋内圧亢進に注意すること、最大15cmH2Oまで
・NPEの推定死亡率は60-100%