案外見逃しがちになってしまう、高齢者虐待。
見逃すと合併症や死亡率が増えることがわかっていますし、なによりかわいそうなのでERでなるべくひっかけられるようにしたいです。
以下を中心にまとめました。
Cimino-Fiallos N, Rosen T. Elder Abuse-A Guide to Diagnosis and Management in the Emergency Department. Emerg Med Clin North Am. 2021 May;39(2):405-417.
PMID: 33863468.
定義
・信頼関係にある人が高齢者に危害を加えたり危害を加える恐れのある行為を行うこと、または高齢者が年齢や障害に基づいて標的にされることと定義される
・虐待にはいくつかの分類があり、それぞれが医師に異なる診断や治療のハードルとなる
疫学
・米国では65歳以上の高齢者の約10%が何らかの虐待を経験している
◦特に75歳以上の女性で最も多い
・多くの高齢者は自宅に住んでいるため、虐待の発生場所は自宅が多い
・高齢者が年をとるにつれて、他人への依存度が高まると虐待リスクも高まる
・精神的異常を有すると虐待率が上昇する
◦特に認知症と診断されると、未診断高齢者に比較して被虐待率が5倍になる
・社会的孤立もリスクを劇的に増加させる
◦強力な社会的支援システムがあることで高齢者虐待を防止できる
・虐待は、「被害者の近くにいる人」によるものが多い
◦特に男性の配偶者または成人した子供により行われる
◦精神疾患/薬物乱用/被害者への経済的依存などにより虐待を行う可能性が高くなる
・介護者の52%が何らかの虐待をしたことがあると申告
・施設での虐待発生率ははっきりしていないが自宅よりも高いのではないかと考えられている
・施設内における虐待では2パターンある
◦施設職員→居住者
◦居住者→居住者
‣ここには施設職員の監督不足/ネグレクトという意味での虐待も併発
‣施設職員→居住者のパターンよりも蔓延している可能性あり
‣1か月間の観察では有病率20.2%との報告もある
被虐待高齢者の予後
・被虐待高齢者は既存の健康状態より悪化し、施設入所となる可能性が高くなる
◦自殺念慮も多くでてくる
・被身体的虐待者は身体的な疼痛/骨折/創傷/頭部外傷などを負う可能性が高まる
・最も重要なことは、被虐待者は非虐待者に比較して死亡リスクが高まるということ
・救急外来を受診し、入院を要する可能性が高まる
ERにおける虐待の特定
病歴聴取
・特に虐待の懸念がある場合には、介護者がいる場合といない場合の両方で患者から病歴聴取することが重要
◦介護者の同席により虐待の事実を話せない可能性がある
・患者が外傷でERを受診した場合、患者に「殴られた/蹴られた/押された」など直接尋ねるべし
・認知症があると病歴聴取がうまくいかないことがあるが、ある程度の認知機能障害があっても虐待の事実を確実に報告できることが研究で示唆されている
・病歴聴取の間、患者と介護者の間での緊張の徴候を認識しておくこと
・高齢者と介護者が相反する説明をする
・介護者が高齢者の会話を遮って回答する
・高齢者が介護者を恐れている/敵対しているように見える
・介護者が高齢者の世話に対して注意を怠っているように見える
・介護者が高齢者にイライラしたり疲れたり怒ったりなど、負担になっているように見える
・介護者が高齢者に圧倒されているように見える
・介護者が患者のケアやニーズに関する知識が不足しているように見える
・介護者または高齢者がアルコールまたは薬物を乱用している可能性が示唆される
|
医師以外の医療従事者の役割
・救急隊は患者の家の中を直接見ることができるという特徴的な利点がある
◦住みやすい家か、食べ物や薬などのリソースの利用可能性についてコメント
・看護師は患者とその介護者とより多くの時間を過ごすため、虐待の微妙な徴候を拾える可能性がある
◦汚れた衣服/衛生状態の悪さ/治癒不良の創傷などの虐待の手掛かりに気づくのに適した立場である
・MSWは虐待を評価し、リソースを紹介可能
身体所見
・身体的虐待はERにおいては最も検出可能性が高い
◦一方で、高齢者は意図しない外傷を負う傾向にあり診断は難しい
・多くの患者は「転倒」に起因する外傷であると報告する
・外傷後の高齢者を診察する場合には、偶発的な外傷として典型的ではない徴候を探すこと
・顎顔面/歯/頸部/上肢の損傷
・転倒において頭頚部のみの損傷
◦通常は四肢や背部、体幹などの損傷もある
・頸部損傷
◦通常は頭部や肩で保護される
・耳損傷
◦通常転倒では見られない
・左側顔面損傷
◦多くの虐待者は右利きであり、殴打は患者の左側に発生
・縛った痕
・5cmを超えるまたは何かの物体の形をしたあざ
|
・外傷の発生から1日以上後にERを受診した場合、虐待の可能性を考慮すること
・ネグレクトの徴候は以下
◦脱水症
◦周囲の浸軟を伴う悪臭のある褥瘡
◦衛生状態の悪さ
◦汚れた衣服
◦複数のおむつ
◦十分な管理が必要な慢性疾患の病状悪化
・膣/陰茎/会陰/肛門外傷では性的虐待の可能性を想起せよ
検査
◦高ナトリウム血症
◦BUN/Cre上昇
◦Hct上昇
◦横紋筋融解症…CPK上昇やミオグロビン尿など
◦管理されている糖尿病患者のHbA1c増加
◦ワルファリン内服中にも関わらずINR低値など
・画像検査…受傷起点とそぐわない損傷/陳旧性所見と新規所見を同時に所有する場合などは虐待を特定できる可能性がある
◦より多くの研究を要するが、放射線科医には特定可能かもしれない
スクリーニング
・ER受診をする高齢者における虐待は推定よりも多いとされる
・現時点では特異度100%のスクリーニングツールはなく、偽陽性の場合には望ましくない結果につながることもある
・US Preventive Services Task Forceによれば臨床現場での高齢者虐待スクリーニングが害を減らすという根拠は不十分であると報告している
・さらに、早期発見は身体的または精神的危害を減少させないということも示唆されている
・とはいえ、医師や医療機関は倫理的責任を理由に高齢者虐待について評価することを推奨している
・スクリーニングにより臨床医が鑑別診断の一部として高齢者虐待を考慮することを忘れないために有用
・理想的にはスクリーニングは虐待リスクが高い個人に適応がある
◦ユニバーサルスクリーニングより必要なリソースが要らず、特異度が上昇する
◦ただし、現時点では高リスクの患者を特定するための検証されたプロトコルは存在しない
・対象を狭くしたスクリーニングでは虐待事例を見逃す可能性がある
・いろいろあるけど…
(Gerontologist 2010;50(6):744–57./J Elder Abuse Negl. 2008;20(3):276-300./J Elder Abuse Negl. Aug-Dec 2016;28(4-5):185-216.)
EASI(Elder Abuse Suspicion Index)では、過去12か月以内に以下の項目に何個当てはまったかでスクリーニングを行うことができる
1.以下の事柄を誰かに頼ったことはありますか?…入浴/着替え/買い物/金融機関での取引/食事
2.誰かが食事/着替え/内服/眼鏡や補聴器の使用/受診を邪魔したり、誰かと一緒にいたいと望むのにそれを妨げることはありましたか?
3.誰かがあなたを辱めたり怖がらせたりするような話し方をして、気分を害したことはありませんか?
4.誰かが意思に反してあなたに書類へのサインをさせたりお金を使ったりしたことはありませんか?
5.誰かがあなたが望まない方法で触ったり身体的に傷つけることはありませんでしたか?
6.(質問しない:医師の考え)アイコンタクトが乏しい、低栄養状態、衛生不良、切創やあざ、不適切な衣服、服薬コンプライアンス不良などの所見があるか
|
・上記6項目のうち1つでもYESであれば感度47%/特異度75%
・項目2-6のうち1つYES…感度32%/特異度89%
・項目1-6のうち2つ以上YES…感度14%/特異度96%
・項目1YES+項目2-6のうち1つ以上YES…感度9%/特異度97%
(J Elder Abuse Negl. 2008;20(3):276-300.)
でもちょっと項目が多いですね…質問が通用しないような高齢者も多いですしね…。
・ERにおいては"two-question brief screen"がよいかも(効率と見逃しのバランスにおいて)
◦あなたの近くの誰かがあなたを傷つけましたか?
◦あなたの近くの誰かがあなたに必要なケアを提供しなかったのですか?
報告
・当院はMSWが非常に優秀で、自動的に動いてくれるためMSWに報告と評価をお願いしてそれ以上あまり考える機会がない
・高齢者虐待防止法に基づき、地域包括支援センターまたは市町村への通報を要する
◦担当職員が状況確認後対応を検討して必要な援助を行う
‣立ち入り調査
‣介護サービスでの見守り強化
‣場合によっては施設入所措置や面会制限など
・この通報に関しては守秘義務違反にはあたらない
方針
・上記のように適切な機関へ報告する
・患者の安全を確保し、入院または安全な帰宅計画を立てるための措置を講じる
◦地域のかかりつけ医は綿密なフォローアップを含むケアプランを制定するための有用なリソースとなりうる
・ER滞在中に患者と虐待者との接触を断つ必要に迫られることもある
◦虐待者が患者の意思決定者でもある場合には困難
→MSWと病院管理者を含めたチームでの対応が有用
・児童虐待との重要な違いとして、安全でないとしてもERからの介入を拒否して帰宅することを望む可能性があることが挙げられる
◦患者が意思決定できる状態ならば、虐待をされていたとて入院を拒否できる
虐待には複数の種類が存在し、ERでは身体的虐待のみに目が行きがちになるかもしれませんが、他の種類の虐待も検出できるように多職種の多様なアンテナを立てておきたいものです。
スクリーニングツールはいくつかありますが実際あれだけの質問ができるような患者も少ないような…。病歴や身体所見、検査所見などからひっかける、なにかおかしいを大切にしていくのが結局はいいのではと思います。小児への虐待と比較してより虐待を否定し、虐待が待っているとわかっても自宅に帰りたがる人も多いのでそこは要注意です。
当院には非常に優秀な看護師やMSWがいるので、自分でなにかやらなくても自動的にひっかけられて介入が進んでいくので、いい環境にいるんだなと実感させられました。
まとめ
・65歳以上の高齢者の10%は虐待を経験しており、特に75歳以上の女性で多い
・認知症と診断された高齢者の被虐待率は5倍
・介護者の半数は何らかの虐待をしており、特に男性の配偶者や成人した子供からが多い
◦精神疾患や薬物乱用、被害者への経済的依存などに注意
・施設入所者では居住者→居住者からの虐待もあり、ここには施設職員のネグレクトという意味での虐待も併発していることがある
・被虐待高齢者は身体的/精神的疾患リスクが増大し、死亡リスクが高まる
・虐待が疑われる場合には、病歴聴取は介護者と別室で行うこと
・患者と介護者との「緊張の徴候」を認識し見逃さないこと
・医師だけでなく、看護師/救急隊/MSWなどの力を借りて虐待を検索すること
・転倒に起因すると思われる外傷でも、頭頚部外傷/頸部単独外傷/歯や耳の損傷/左顔面損傷/束縛痕/巨大または何らかの物体の形のあざに要注意
・外傷発症から1日以上経過後の受診では虐待を疑う
・ネグレクトや性的虐待の所見についても認識しておく
・検査では脱水/横紋筋融解/治療中の疾患の増悪では虐待を考慮する
・スクリーニングツールにより鑑別診断の一部として高齢者虐待を挙げられることは有用である
◦EASIやtwo-question brief screenなどを用いよ
・虐待を疑う場合には適切な機関への報告を要する
・医師は患者の安全を確保し、入院または安全な帰宅計画を立てること
・虐待者が患者のkey personになっている場合にはMSWや病院管理者を含めたチームでの対応をすること
・高齢者は安全でないとしてもERの介入を拒否することもある