今回はオーストラリアからの報告を紹介します。
頸椎カラーは頸部外傷が疑われる全ての患者に実施されています。
JATECの教科書には、
「一般に汎用されるソフトカラーは固定性が弱い。頸椎損傷が否定できない段階では、フィラデルフィアネックカラーなど顎固定を含める器具が有用である」
と記載があります。
フィラデルフィアネックカラーなどの硬いカラーはrigid cervical collarと呼ばれますが、これは頸椎運動を制限し、二次的な脊髄損傷を予防する目的で装着されます。
二次的に生じる脊髄損傷は0.06-0.5%程度と低確率ではありますが、発症による不利益が大きいため、世界中でもrigid cervical collarを装着することが一般的です。
ただし、この介入についてはエビデンスというよりは専門家の意見に基づく推奨であり、その有効性には議論があるところのようです。
(Curr Opin Crit Care. 2002 Dec;8(6):566-70./Resuscitation. 2015 Oct;95:278-87./ ANZCOR Guideline 9.1.6 - Management of Suspected Spinal Injury - Australian Resuscitation Council/Cochrane Database Syst Rev. 2001;2001(2):CD002803./Injury. 2015 Apr;46(4):528-35./Surgeon. 2010 Aug;8(4):218-22.)
さらに、rigid cervical collarによる合併症も無視できません。
疼痛の悪化、褥瘡、頭蓋内圧上昇(→頭蓋内損傷の増悪)、換気不全、誤嚥、頸部外傷をマスクしてしまうなどの不利益が指摘されています。
実は、rigid cervical collarは想定されるほどの頸椎固定ができず、頸椎の解剖学的位置関係を増悪させたり、神経損傷リスクを増大させる報告も出てきていました。
(J Emerg Med. 2011 Nov;41(5):513-9./Spine (Phila Pa 1976). 2007 Dec 15;32(26):2989-95./J Trauma. 2011 Jan;70(1):247-50; discussion 250-1./J Trauma. 2010 Aug;69(2):447-50./Acad Emerg Med. 1998 Mar;5(3):214-9.)
二次性脊髄損傷は頸部を運動させたために椎骨が転位して生じるというよりは出血や浮腫の進行の結果として生じているとの指摘もあります。
(Curr Opin Crit Care. 2002 Dec;8(6):566-70.)
一方で、soft cervical collar(ふにゅふにゃのやわらかいタイプ)は上記問題のいくつかを解決可能であり、rigid cervical collar関連の有害事象を最小限に抑えつつ、頸椎固定を要する患者であることを医療者に意識づけることができるとされています。
オーストラリア:Queensland Ambulance Serviceでは2015年より頸椎損傷プロトコールの一環として、rigid collarに代わりsoft collarが導入されているそうです。
以降、オーストラリアでは各地でそのような変更が起きてきているみたいです。
(Resuscitation. 2015 Oct;95:278-87./ 2020_DCPM_170120.pdf (ambulance.qld.gov.au)/ Foam cervical collars | Institute of Trauma and Injury Management | ACI (nsw.gov.au))
個人的にはあまり考えたことがなかったです…。
soft collarが使用されている状況での患者の神経学的予後を検討した研究はこれまでになかったため、この研究を見てみることにしました。
Asha SE, et al. Neurologic outcomes following the introduction of a policy for using soft cervical collars in suspected traumatic cervical spine injury: A retrospective chart review.
Emerg Med Australas. 2020 Oct 9. doi: 10.1111/1742-6723.13646. Epub ahead of print.
PMID: 33037781.
・2017年10月~2018年7月にかけてオーストラリアの7つのERで行われたretrospective study
・対象:ERにて外傷性頸椎損傷の可能性があると判断された患者全員
・除外:非外傷性頸部痛がある/脊髄損傷を示唆する神経学的欠損症状がすでにある
・全ての病院ではsoft collarを使用した同一のプロトコルが使用された
◦rigid collarを装着され搬入された意識清明な患者は画像検査を待つ間にsoft collarに変更する
◦プロトコルに即座に同意できずcollar装着されていない患者は画像待ちの間にsoft collarを装着する
◦頸椎損傷が画像で発覚した患者はsoft collar→Philadelphia collarに変更する
◦意識状態が変化した患者はrigid collar装着で変更しない
◦CTで頸椎損傷が特定されなかった場合には、rigid→soft collarに変更され、外してもよいと判断されるまでそのままにされた
※rigid collarの種類は、Philadelphia collar, Miami J collar, Aspen collar and Cervical Thoracic Orthosis Braceが使用された
・2311人が同定され、最終的に2036人が対象となった
・collar装着方法については以下の4群に分類された
◦collar不装着群…28.6%
◦soft collar装着(一貫してsoft collar着用)+変更(病院前rigid collar/ERでsoft collarに変更)…56.6%
◦rigid collar装着群(一貫してrigid collar装着)…13.2%
◦不明群…2.6%
※なんで頸部外傷を疑われているのにカラーなしが1/4以上もいるのか…
・GCS中央値は15:GCS<9…2.8%、GCS9-12…2.0%
・病院前で挿管1.4%、ERで挿管1.6%
・頸椎外傷は5.1%(104人)に認められた
・ER搬入時点で神経学的異常が認められたのは5.6%(116人)
◦神経学的異常があったか決定できなかった(重度の意識障害により神経学的所見がとれない)…1.5%
※rigid群のほうが外科的介入率/挿管率/死亡率が高く、重症度が高かった可能性がある
・primary outcome…ER搬入後に神経学的異常が増悪した患者の割合
・病院内で新規発症の神経学的異常を呈した患者は9人(0.4%)
◦このうち3人は器質的異常を指摘できなかったものの病院内で改善した
◦3人は頭蓋内損傷による
◦2人は脊髄損傷による、1人(※)が脊髄損傷が疑われるが到着時にすでに発症していた可能性あり
‣2人はrigid collar, 1人はsoft(※の症例)
◦ただし、重度の頭蓋内損傷により新規発症の神経学的異常はわからなかった患者は12人いた
limitationとして以下が挙げられます。
・soft群は1000人以上いたが、primary outcome自体がまれな事象であるため真の頻度を結論付けるにはサイズが足りない
・レジストリーを作成して前向きに検討していくことは今後できそうだが、神経学的異常がsoft collarによる頸部運動によるのか血腫や浮腫によるものか判断するためにはRCTを要し非常に大規模な研究になる可能性がある
soft群のうち、新規に神経学的異常を発症したのは1人のみで、しかもER搬入時点で発症していた可能性があったようです。後方視の検討なのであいまいです。
一方、rigid群では2例が固定にも関わらず二次性脊髄損傷を発症していました。
でも明らかにrigid群の方が重症だと思うので単純比較はできません。
結論として、二次性脊髄損傷はまれなイベントであるため、この研究のみでsoft collarが完全に安全だという証明はできませんでした。
現時点では全例に対してrigid collarを装着しておく方が良いと思います。自分はしばらくJATEC通りの対応にしておきます。
とはいえ、soft collarについてのエビデンスを示した最初の研究であったため興味深いと思いました。この研究を足掛けにsoft collarも検討されていくと思うので、今後を見守りたいと思います。
疾患によってはrigid collarは脊髄損傷を悪化させうる結果にもなりそうですしね。
例えば、特に日本人に多いOPLLによる非骨傷性頸髄損傷に場合、頸椎カラーによる過伸展固定で頚椎負荷がかかってしまって脊髄損傷を悪化させそうです。本来は固定を除去して頸椎中間位としたいところですけど。
まとめ
・頸椎固定についてはrigid collarが主流ではあるが、soft collarの有用性も検討されるようになってきている
・本研究のみでは二次性脊髄損傷がまれな事象であることから、頸部外傷に対するsoft collarが完全に安全であるという証明はできない
・現時点ではJATECに則り全例に対してrigid collarを装着しておく戦略で変わりはないが、今後の研究によってはプロトコル変更もあるかもしれない