病歴/身体所見
・23歳男性
・工場で勤務中に低電圧(110V)の電流に感電した
・同僚によれば、びしょ濡れの布で作業しており、突然倒れて地面で痙攣したところを目撃したという
◦近くに露出したワイヤーも見つかった
・病着時バイタル:BT36.5℃, HR108bpm, RR18, BP140/65mmHg, SpO2 89%
・呼吸困難、喀血を伴う咳嗽、深吸気時の左胸痛を自覚していた
・身体所見
◦2カ所に熱傷を受傷していた
‣右肩背部と左前額部にチェックマークのような創
◦両側上肺野にラ音
・20mlほどの鮮血を喀血した
◦経鼻胃管が挿入され上部消化管出血を除外された
検査
・血液検査…CPK109U/L, CKMB1.3U/L, D-dimer5.62mg/L
・血液ガス…pH7.1, HCO3 13.9mmol/L, pCO2 40.5mmol/L
・CXR…両側上肺に浸潤影を認めた
・頭部CT…異常なし
・胸部CT…両側肺に浸潤影を認めた
診断
肺出血を伴う電撃性肺損傷
・ICUに入室した
・肺出血に対してトラネキサム酸1000mgが即座に投与され、8時間毎に500mg投与
・発熱と炎症反応が高値となったため、予防的にcefazolinが投与された
・頻呼吸と喀血は増悪なく経過し挿管を避けることができた
・3日間のICU滞在の後、一般病床に転棟
・第7病日に退院となった
・本症例では前額部から体に入り頸部上半身を通り右上背部からでたと仮定された
◦脳への電流の伝達によりけいれんを発症したことが説明される
◦肺も通過したことで肺出血を伴う肺損傷が引き起こされたのだろう
・電撃傷は日常生活を送る中でよく出会う損傷の一つだが、その多くは報告されていない
・電撃傷による内臓損傷は0-1.7%程度の発症率とされている
(Burns. 2010 Aug;36(5):e61-4./Burns. 1995 Nov;21(7):530-5./Burns. 1996 Mar;22(2):158-61.)
・電撃症は、高電圧(>1000V)と低電圧(≺1000V)によるものに分類される
◦高電圧電撃傷ではより重症度が高く、死亡率や合併症発症率が高い
・電撃症では皮膚の損傷と内臓損傷との間に相関関係がないため評価が困難になりうる
◦臓器損傷電圧、経路、暴露時間、臓器の抵抗による
(Burns. 2000 Nov;26(7):659-63.)
・電流が流れている間、電撃症による熱性損傷と非熱性損傷の両方が起きる
◦熱性損傷…接触した皮膚面や皮下組織に損傷が起きる
◦非熱性損傷…細胞内蛋白の変性による細胞膜の構造変化や透過性変化を引き起こす
(Annu Rev Biomed Eng. 2000;2:477-509./Acta Clin Belg. 2017 Oct;72(5):349-351.)
・これまでに電撃性肺損傷はいくつか報告がある
◦急性心原性肺水腫から電気誘発性VFを発症
◦神経原性肺水腫
‣カテコラミン大量放出が起きた結果
→肺血管収縮による肺毛細血管静水圧を上昇させ、肺胞壁を損傷し間質や肺胞内への体液の漏出が引き起こされる
◦低電圧性電撃傷による肺損傷や肺出血の報告もある
◦高電圧性電撃傷ではCTで肺野浸潤影を呈した症例報告が3件あった
‣2例は外科的切除が行われた
‣組織病理学的所見は肺梗塞、凝固壊死、リポイド肺炎、液状変性、膿瘍形成を認めた
(Chest. 1990 May;97(5):1248-50./Indian J Crit Care Med. 2019 Aug;23(8):384-386./Acta Clin Belg. 2017 Oct;72(5):349-351./Respirol Case Rep. 2017 Dec 22;6(2):e00292./Burns. 2000 Nov;26(7):659-63./Burns. 2010 Aug;36(5):e61-4.)
・濡れた皮膚や衣服は抵抗を1000U減少させるため、最大強度の電撃症が生じる
(Indian J Crit Care Med. 2019 Aug;23(8):384-386.)
・電撃症を受傷した全ての患者へのCTはconsensusがない
◦胸部レントゲンで異常が見られた場合に実施するのがよい
◦肺出血を疑う場合には造影CTが有用かもしれない
‣外科的介入やIVRの適応を評価する
・救急医は外傷のマネジメントと同様に対応すればよい
◦意識がない場合には全脊椎固定
◦高電圧/低電圧への曝露、接触時間と場所、付随する外傷についての病歴を聴取
‣高電圧にさらされた患者や心肺機能異常を呈する低電圧損傷では心電図検査や心筋逸脱酵素検査
※全例心電図検査はしたほうがよいと思います
◦皮膚の入口部と出口部を検索
◦ミオグロビン尿、CK/CKMB、電解質、Creを評価
◦適切な輸液…Parkland formulaに従い、尿量1-1.5ml/kg/hrを目標にする
‣組織損傷によりthird spaceに体液漏出がでうる
Tintinalli's Emergency Medicine 7th edでは、電撃症の方針について以下のように記載がありました。
・低電圧の感電で、症状がなく、心電図や血液検査の異常がない
→帰宅可能
・低電圧でも、気分不良や動機などの症状や心電図の新たな変化がある
→少なくとも6時間のモニタリングと再評価
・高電圧であれば、症状や明らかな損傷がなくとも入院(エビデンスの蓄積を要する分野)
…特に胸痛、動悸、意識消失などの症状や心電図/血液検査異常があれば入院すべし
まとめ
・電撃症では皮膚の損傷と内臓損傷との間に相関関係がないため注意
・濡れた環境での電撃傷では重症化する可能性が高い
・電撃症のマネジメントは概ね外傷と同じように行う