妊婦の心血管系エマージェンシーの2回目です。
今回は大動脈解離、心筋梗塞、周産期心筋症を扱います。
(Emerg Med Clin North Am. 2019 May;37(2):339-350.)
大動脈解離
疫学
・まれではあるが、母体および胎児が致命的状態にさらされる
◦40歳未満の女性の大動脈解離のうち、1/2が妊娠中に発症
◦特に妊娠第3期/産褥期に発症しやすい
‣妊娠による身体的変化により大動脈壁にストレスがかかりやすくなる
‣32週までに血管内容量が最大50%増加
‣大動脈の物理的圧迫による後負荷の増加
◦以下の患者の場合には妊娠早期に発症することもある
‣結合組織疾患…Ehlers-Danlos and Marfan syndrome
‣大動脈弁異常、大動脈縮窄症
‣高血圧
症状/身体所見
※非妊婦に比較して特徴的な症状を呈しにくく、過小評価されやすいため注意
・突然発症の胸痛+背部への放散痛
・失神
・嘔気/嘔吐
・冷汗
・迷走神経反射による気管支攣縮
診断
・やっぱりCTAが最適!
◦感度100%/特異度98-99%
・経食道心エコーもCTAと比較して同等の感度/特異度を有する
◦被曝や造影剤の影響を受けないためよい一方で、ERで使用できない
治療
・ほぼ通常の治療と同様でよい
◦Stanford A…緊急手術
◦Stanford B…臓器虚血や大動脈破裂が起きない限り保存的治療
・心拍数をβ-blockerで落とし、血管拡張薬で血圧を下げること
急性心筋梗塞
疫学
・出産可能年齢でのAMIはまれではあるが、さまざまな因子により可能性は考慮すべし
◦出産年齢の上昇
◦肥満率の増加
◦妊娠中のhypercoagulable state
◦妊娠自体による影響
‣血管内容量増加と心拍数増加による心拍出量増加、心筋酸素需要の増加
‣貧血の進行
‣拡張期血圧の低下による心筋への酸素供給の低下
‣HDLコレステロール低下による脂質異常症
→これらによりリスクが3-4倍に増加
・特に妊娠第3期に発症率が上昇する
症状
・胸痛
・呼吸困難
・冷汗
・嘔気/嘔吐
診断
・非妊婦に対する診断法と同様
◦以下の検査において妊娠に特異的な変化はない
‣心電図異常
‣troponin増加またはCK増加
※妊娠週数が上がるにつれて横隔膜が挙上し左軸偏位にはなりうる
・CKは子宮収縮により増加しうる
・troponinは子宮収縮に影響されないが、子癇前症や妊娠高血圧症では上昇しうる
治療
・これも非妊婦と同様でよい
・妊婦に対して硝酸薬、アスピリン、β-blockerなどは比較的安全とされる
・STEMIに対してはPCI推奨
◦処置の際には適切な被曝対策を行えばよい
◦母体出血が主要な副作用
◦胎盤通過性はほとんどない
‣よって、胎児出血や催奇形性はほとんどないと考えられている
◦すぐにPCIができない状況においてのみ推奨
特殊な冠動脈疾患①…特発性冠動脈解離(SCAD)
・妊婦のAMIの最大40%を占めるとされる
◦妊婦症例の多くが分娩後、特に3週間以内に発症
・リスクファクターは以下
◦多胎妊娠
◦高齢出産
◦妊娠にともなうホルモン変化も血管壁を脆くするとされる
・診断は通常のAMIと同様で、心電図異常/心臓壁運動異常や心筋逸脱酵素が参考になる
・CAGが確定診断に必要だが、CTでも見つかるケースがある
・保存的治療が選択されることが多い
◦血圧管理
◦抗血小板薬投与…アスピリン、クロピドグレル
‣Glycoprotein IIb/IIIa inhibitorは禁忌
・血行動態不安定や発症部位によってはPCIや冠動脈バイパス術が選択されうる
・血栓溶解療法はSCADに対してはしないほうがよい
◦偽腔を拡大させる可能性あり
特殊な冠動脈疾患②…冠動脈攣縮
・通常は妊娠高血圧や子癇前症に関連した血管収縮と内皮の調整不全により引き起こされる
◦薬剤による誘発もあるため注意
‣分娩後出血の治療に使用されるergotamines, bromocriptinなど
・診断は難しいが、ニトログリセリンへの反応性の良さが参考所見になる
周産期心筋症(PPEM)
定義/疫学
・妊娠後期/出産後数か月内に発症する左室収縮不全による左心不全を伴う心筋症
・原因ははっきりと特定できていない
・関連すると考えられている因子は以下
◦食事
◦ウイルス感染
◦炎症
・リスクファクターは以下
◦高齢出産
◦多胎妊娠
◦子癇前症
◦高血圧
症状/身体所見
・心不全症状
◦呼吸困難(特に労作時)
◦発作性夜間呼吸困難
◦下腿浮腫
◦胸痛、腹痛(肝うっ血による)
◦持続する咳嗽
◦動悸
・頸静脈怒張、頻脈、Ⅲ音
鑑別診断
・AMI
・PE
・大動脈解離
・子癇前症
診断
・ERでは心電図/血液検査(BNP)/CXR/心臓超音波などで
・心電図所見…特異的なものはない
◦洞性頻脈
◦左室肥大
◦ST-T変化
・CXR…肺うっ血
・心臓超音波
◦EF低下
◦左室拡張
◦僧房弁逆流
◦左室内血栓
◦DVT/PE/脳梗塞など
◦hypercoagulable stateに加え、心室拡張/内皮障害/静脈鬱滞/活動性低下などによる
治療
・非妊婦と同様のマネジメントでよい
・循環血液量を評価し、過多であれば利尿薬投与
◦利尿薬は胎盤血流を低下させる可能性あり
・血圧管理は重症だが、低血圧は避けること
◦胎盤血流低下につながる
・低酸素血症/強い呼吸困難→NIV考慮
◦さらに悪化あれば気管挿管も必要になりうる
・必要に応じて昇圧薬を使用可能だが、カテコラミンは避ける
◦PPCMにドブタミン使用で予後悪化
◦Milrinoneが好まれる傾向にある
・PPCMの5%でLVADを要する
・心臓移植はあまり成功しない
◦拒絶反応/合併症発症率が高いことが報告されている
まとめ
・妊娠による身体的変化により心血管系疾患が増加する
・妊婦に対する心血管系emergencyに対しては非妊婦とほぼ同様の対応を行えばよい
・妊娠週数が進むにつれて血栓塞栓性イベント発症率は増加し、産後1週間でリスクが最大になる
・妊婦の肺塞栓症を診断する際にはCTAは許容される診断手段である
・重篤な妊娠患者を対応する際には、胎児の生存は母体生存あってのものであるため、母体を優先して蘇生する