非代償性甲状腺機能低下症のreviewです。
これはこれまでには粘液水腫性昏睡と言われていましたが、
必ずしも粘液水腫や昏睡を伴わないことから、
非代償性甲状腺機能低下症
(decompensated hypothyroidism)
と言われるようになってきているそうです。
Bridwell RE, et al. Decompensated hypothyroidism: A review for the emergency clinician.
Am J Emerg Med. 2021 Jan;39:207-212.
PMID: 33039222.
疫学
・Decompensated hypothyroidism(非代償性甲状腺機能低下症)は、かつてmyxedema coma(粘液水腫性昏睡)として知られていた
・まれな病態…0.22-1.08例/100万人/年の頻度である
・60歳以上の女性で、特に甲状腺機能低下症の既往がある場合には多くなる
・非代償性甲状腺機能低下症は、臨床症状が他の疾患と類似しているため診断が難しくなることがある
◦多くの併存症や感染症などと同時に、またはその結果として発症する可能性がある
・さらに、冬に発症するDecompensated hypothyroidismの多くが偶発性低体温症との鑑別を難しくしているという報告がある
・診断と治療の遅れにより、死亡率は30-60%と幅がある
・死亡率を増加させる因子として以下が同定されている
リスク因子
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・年齢>65歳
・昏睡
・心臓合併症
・敗血症
・血行動態不良
・liothyronine 75mcg/day以上を必要とする
・人工呼吸器を必要とする
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病態生理
◦甲状腺ホルモン分泌を調節するいくつかのフィードバック機序がある
→下垂体前葉を刺激して甲状腺刺激ホルモン(TSH)を放出
・T3/T4は代謝を中心とした多くの生理学的反応に関与し、ほぼすべての臓器に影響を及ぼす
◦甲状腺によるT4とT3の産生比率は13:1~16:1程度
◦T3/T4は基本的に結合蛋白であるサイグロブリンに結合している
◦T4は不活性型であり、deiodinase enzyme(脱イオン化酵素)の働きにより活性の強いT3へ変換される
‣循環しているT3の80%以上は標的組織でのT4脱ヨウ素化により形成されている
‣循環する甲状腺ホルモンの低下により、より多くのTRH/TSHが分泌される
‣症例の82-95%を占める
◦続発性(二次性)…視床下部/下垂体がそれぞれTRH/TSHを放出できないことが原因
・decompensated hypothyroidismは特発性に発症することがあるが、誘発させるトリガーがしばしば認められる
◦感染症が最多…特に肺炎、尿路感染、敗血症
◦心血管系疾患/消化管出血/心筋梗塞/肺塞栓/手術/外傷など
◦薬剤…amiodarone, lithium, ヨード系造影剤などが多い
◦低体温により誘発されることもある
◦チンゲン菜…甲状腺機能阻害作用のあるglucsoinolates含有
‣glucsoinolatesは熱により不活化される
◦症例の50%では誘発因子が特定できない
症状
・非代償性甲状腺機能低下症はしばしば非特異的な所見を呈し、他の疾患と鑑別が難しいことがある
・さまざまな臨床的特徴を示し、浮腫や昏睡が存在しないとならないと誤解させる可能性があるため従来の「粘液水腫性昏睡」という用語は使われなくなってきている
◦ただし、これらの全ての徴候が見られるとは限らないことに注意を要する
・精神状態の変化には錯乱、無気力、昏迷、昏睡が含まれる場合があり、数週間~数か月にわたって進行することがある
◦必ずしも昏睡があるわけではない
心血管
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・徐脈
・心嚢液貯留
・QT延長/TdP
・拡張期高血圧
・心不全
・心原性ショック
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神経
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・意識障害
・低活動性せん妄
・精神病
・腱反射弛緩相遅延
・痙攣
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肺
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・低換気
・低酸素血症
・胸水
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筋骨格
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・筋力低下
・横紋筋融解
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腎
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・ADH分泌増加
・AKI
・尿閉
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消化管
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・嘔気/嘔吐
・便秘
・イレウス
・中毒性巨大結腸症
・腹水
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血液
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・von Willebrand症候群
・凝固障害(第V/VII/VIII/IX/X因子減少)
・貧血
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代謝/内分泌 |
・低Na血症
・低体温
・高K血症
・難治性低血糖
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皮膚
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・皮膚肥厚
・非圧痕性浮腫
・眉外側脱毛
・舌浮腫
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・低体温は症状として一般的であり、40-100%の症例に認められる
・徐呼吸や低換気は、意識障害や関連する胸水、中枢性低換気が原因で発症する可能性がある
◦結果として生じる高二酸化炭素血症は症例の54%に見られ、精神状態の変化にさらに影響を与える可能性がある
・低血圧/徐脈もよくみられる
◦徐脈…全例に見られるわけではないが54-88%
◦徐脈に加えて低拍出性心不全を合併しうる
‣高TSH/未治療甲状腺機能低下症では毛細血管透過性が亢進し、ADHが過剰となり、さらに血行動態が不安定化する
・血管抵抗上昇による拡張期高血圧や、心拍出量低下による脈圧低下が起きる
・腱反射の特に弛緩期が遅延し、hung up reflexesと呼ばれる
・低活動性せん妄/精神病/精神運動遅延を発症することもある
◦“myxedema madness”と呼ばれる
・意識障害はほぼ100%の患者に認められる
・最大25%でけいれん発作を発症しうる
◦低酸素血症/低血糖/低Na血症に続発
・その他の臨床所見として、便秘/易疲労感/皮膚や毛髪の変化/眉毛外側1/3の脱毛などがある
・浮腫は非陥凹性浮腫(non-pitting edema)が特徴
◦間質に貯留した水分が原因ではなく、ムチンの蓄積によるため
検査
・非代償性甲状腺機能低下症の評価には以下の項目を含むこと
・TSH/free T4
・血算
・電解質
・肝機能/腎機能
・CK
・静脈血液ガス
・尿検査
・心電図
・血液培養
・CXR/POCUS/頭部CTなど
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◦TSH上昇は81-100%で認めるが、基準値内であっても除外はできない
・重症疾患/ステロイド/強心薬によってもTSHは低下することがある
◦そのため、free T4を同時測定しておく必要がある
・free T4低下があれば甲状腺機能低下症を確定できる
◦T3も同様に低値であろうが、晩期所見でありしばしば有用性が限定的になる
‣特に、重症患者ではnon-thyroidal illnessの可能性もある
◦甲状腺ホルモンやTSHと重症度は必ずしも相関しない
・心電図:徐脈/房室ブロック/低電位/QT延長など
・血算…白血球減少症/正球性貧血を呈しうる
・ミオパチーや横紋筋融解症によりCK上昇しうる
・低Na血症/高K血症/低血糖/Cre上昇/transaminase上昇など
・画像検査は誘発因子検索目的に実施すべし
◦CXR…肺病変や胸水の評価
◦POCUS…心嚢液貯留や胸水の評価
・診断スコアもあるが、有効性は証明されてはいない(が参考にはなると思う)
◦60≦:非代償性甲状腺機能低下症が強く疑われる
◦25-59:非代償性甲状腺機能低下症の可能性がある
◦<25:非代償性甲状腺機能低下症の可能性は低い
※心電図変化…QT延長/低電位/脚ブロック/非特異的ST-T変化/心ブロック
治療
・ABCの安定化、背景疾患への介入、corticosteroidや甲状腺ホルモンの投与が行われる
・徐呼吸により低酸素血症や高二酸化炭素血症を来し、人工呼吸器装着を必要とする場合がある
◦これらによる精神状態の変化や舌浮腫/喉頭浮腫/血管性浮腫、心嚢液貯留なども重なり挿管が難しくなる
…挿管困難になることを予測しておくこと!
・血行動態が不安定になりやすいため挿管前に適切な前負荷投与を行い、昇圧薬をすぐに使用できるように準備しておくことが重要
・低血圧や組織低灌流を呈することがある
・低血圧は甲状腺機能低下症やこれに合併することがある副腎不全が原因となることがある
◦甲状腺機能低下症が二次性の場合には同時に副腎不全が起きうる
◦自己免疫性甲状腺機能低下症(橋本病)でも副腎不全が起きることがある
・肺水腫や低拍出性心不全には注意を要するが、適切な静脈内輸液投与が推奨される
◦浮腫があるからといって血管内脱水がないとは限らないことに注意
・甲状腺機能低下症の状況下では、低血圧は輸液や昇圧薬投与に反応が乏しいことがある
◦診断への手掛かりとなりうる
・相対的な副腎抑制のため、hydrocortisoneは甲状腺ホルモン投与に先立って治療の早期に投与しなければならない
◦hydrocortisone投与なしにT3/T4投与すると副腎不全を誘発して血行動態が悪化することがある
・甲状腺ホルモン投与方法については議論が残る分野
・甲状腺ホルモンの第一選択はT4(levothyroxine)
◦T4は不活性型であり、経験的投与への安全性がある
◦loading doseとして100-500mcg静注に引き続き、50mcg/day投与を行う
◦投与は経鼻胃管からも可能であるが、消化管浮腫やイレウス/便秘などのために吸収が不安定になりうる
・T4は基本的に安全かつ効果的な薬剤であるが、高齢/冠動脈疾患/不整脈既往/T3投与がされている場合には低用量にしておいた方がよい
・American Thyroid Association's Task Force 2014ガイドラインでは、T3投与は以下の投与方法が推奨
◦loading doseとして5-25mcg静注に引き続き、8時間毎に2.5-10mcgを維持投与する
◦65歳以上の高齢者、体格の小さい患者、不整脈や冠動脈疾患既往には低用量が推奨される
・ある研究によれば、以下の併用療法での治療が奏功したと報告されている
◦levothyroxine 4mcg/kg(理想体重)
◦liothyroninr 10mcg 8-12時間毎
・levothyroxine単独療法を選択する場合には、患者の体格が小さい/冠動脈疾患や不整脈の既往がある場合以外には500mcg IVを行うことを推奨
◦上記の場合には400mcg IV
非代償性甲状腺機能低下症に対する薬剤投与例
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hydrocortisone
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・100mgを8時間ごとに静注
・心不全を呈している場合には減量すること
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T3(levothyroxine)/T4(liothyroninr)
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・T3単独投与の場合
◦loading doseとして100-500mcg静注
→50mcg/day投与を行う
◦高齢/冠動脈疾患/不整脈既往/T3投与がされている場合には低用量にしておく
‣上記を満たさない場合には500mcg投与が推奨
・T4単独投与の場合
◦loading doseとして5-25mcg静注
→8時間毎に2.5-10mcg維持投与
◦65歳以上の高齢者、体格の小さい患者、不整脈や冠動脈疾患既往には低用量にしておく
・T3+T4併用投与の場合
◦levothyroxine 4mcg/kg/day(理想体重)
◦liothyronine 5-20mcg負荷投与後、2.5-10mcg 8-12時間毎
※臨床所見が改善してくるまで投与
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※ただし、静注薬は日本にはないため経口投与に限られる。
・低体温症、電解質異常、血液学的問題に対処することも重要
・低体温に対して受動的復温が能動的復温よりも安全性が高いかもしれない
◦末梢血管拡張による循環虚脱および不整脈誘発のリスクがあるとの報告
◦著明な低体温がないならば普通の毛布くらいにしておいた方がよい
・筆者らは環境温度を上げ、毛布で覆うことを提案している
・非代償性甲状腺機能低下症に特別に使用するわけではないが、HFNC 37℃+60L/minにより120分で32℃から37℃に加温できる可能性がある
◦さらに酸素化補助もできる利点がある
・血行動態が著しく破綻している場合にはVA ECMOを用いて積極的な循環維持/復温を行う
・非代償性甲状腺機能低下症では、血清ADHが上昇しているため低Na血症もよくみられる
・輸液は5%ブドウ糖を含む生食などから開始すべし
◦低張液は避けるべき
・後天性von Willebrand症候群や第V/VII/VIII/IX/X因子減少をもたらす可能性がある
・凝固障害は通常T4投与により補正されるが経験的desmopressinは急性出血の際には考慮してよい
・誘発因子の検索及び介入を忘れないこと
・非代償性甲状腺機能低下症は敗血症と類似しているし、敗血症によって引き起こされることがある
・血行動態が不安定な場合や非代償性甲状腺機能低下症の明確な誘因がない場合には培養を採取して広域抗菌薬投与しておくことが推奨される
まとめ
・decompensated hypothyroidismは、かつてmyxedema coma(粘液水腫性昏睡)として知られていたが、必ずしも粘液水腫や昏睡を伴わないことから名称変更された
・60歳以上の女性で、特に甲状腺機能低下症の既往がある場合には多くなる
・早期診断/治療が重要であり、死亡率は30-60%に達する
・感染症をはじめとした誘発因子が存在するが、約半数では特定することができない
・貧血/白血球減少/低Na血症/高K血症/低血糖/Cre上昇/transaminase上昇/CPK上昇などを呈しうる
・治療はまずABCの安定化。挿管困難を予測して対応せよ。
・浮腫があるからといって血管内脱水がないとは限らないことに注意して輸液をせよ
・非代償性甲状腺機能低下症における低血圧は輸液や昇圧薬への反応性が乏しいことがある
・相対的な副腎抑制のため、hydrocortisoneは甲状腺ホルモン投与に先立って治療の早期に投与しなければならない
・甲状腺ホルモン投与の第一選択はT4(levothyroxine)であるが、T3+T4による併用療法が奏功するという報告もあり、以前として議論が残る
・低体温に対しては受動的復温が能動的復温よりも安全性が高く推奨される
・誘発因子の検索および介入を忘れずに行うこと。特に感染症は頻度が多いため、経験的抗菌薬投与をしておくとよい