りんごの街の救急医

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review:馬尾症候群(cauda equina syndrome:CES)

腰痛を訴える患者では、特に馬尾症候群になっていないかは気になるところです。

 

いつも馬尾症候群を意識して診療、カルテ記載していますか?

 

馬尾症候群を極めましょう!

 

Long B, Koyfman A, Gottlieb M. Evaluation and management of cauda equina syndrome in the emergency department.
Am J Emerg Med. 2020 Jan;38(1):143-148.
PMID: 31471075.

 

 

解剖と病態生理

脊髄はL1/L2脊椎レベルの脊髄円錐で終わり、それ以降は神経根として存在する

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上記の解剖わかりますか?英語にされると個人的にはまったくわかりませんでした。

ふるーい解剖学講義を持ち出して調べてみました。

 

1)脊髄円錐 2)終糸 3)馬尾  でした。
 
 
 
・これらの神経根は外観が馬の尾に似ていることから馬尾と呼ばれるようになった
 ◦L2から尾骨部までの上行性/下行性神経路を含んでいる
 
・馬尾は以下のような神経支配をしている
 ◦下肢の動き…L2-S2
 ◦下肢の感覚…L2-S4
 ◦膀胱の制御…S2-S4
 ◦外肛門括約筋の制御…S2-S4
 ◦生殖器および肛門周囲の感覚…S2-S4
 ◦尾骨部の感覚…S4-S5
 
・神経根は脊柱管内を伸び、神経弓/椎体/椎間板/棘突起/黄色靭帯/後縦靭帯/椎間関節に囲まれている
 
・CESは馬尾の直接圧迫/炎症/静脈うっ血/虚血などの機序により発症する
 
排尿機能障害/排便機能障害/性機能障害はCESにより影響を受ける重大な合併症である
 
・膀胱の感覚神経支配は主にS2-4により、自律神経系の制御は主に副交感神経による
 ◦これらの神経刺激により排尿筋が収縮し尿道括約筋が弛緩して排尿がなされる
  ‣神経損傷により尿閉を伴う膀胱麻痺を起こし、自発的な排尿がなくなる
 
・排便は内肛門括約筋(不随意)と外肛門括約筋(随意)の制御による
 ◦直腸に便が到達することで陰部神経(S2-4)が刺激され蠕動運動が活発化/括約筋が弛緩する
 ◦神経損傷により蠕動が停止し括約筋が動かなくなる
  ‣便秘が初期徴候だが、続いて自発的に便を保持できなくなる(便失禁)
 
・男性の場合、勃起は副交感神経系によって制御され、射精は交感神経系により制御される
 ◦神経損傷により勃起不全が起きる

病因

・CESはL4/L5またはL5/S1の椎間板ヘルニアにより発症することが最も多い
 ◦CES症例の45%を占める
 ◦ただし、全椎間板ヘルニアの1-2%しかCESを発症しない
 ◦どの程度のヘルニアでCESを発症するかは個人差がある
 
脊柱管狭窄症や靭帯の肥厚などの既存の脊椎疾患はCES発症のリスク因子であり、この場合にはわずかな椎間板の突出であっても圧迫症状が強く出ることがある
 
・その他の原因は以下参照 
 
・強直性脊椎炎 ・化学療法
・先天性脊髄疾患 ・便秘
椎間板ヘルニア ・硬膜外麻酔
感染症…骨髄炎、硬膜外膿瘍、クモ膜炎
・悪性腫瘍…原発性または転移性
放射線 
・脊柱管狭窄症 ・外傷
・血管病変…血腫、動静脈奇形、下大静脈血栓症

 

病歴/身体所見

病歴
・排尿機能障害…尿閉/尿失禁
・排便機能障害
・性機能障害
・会陰部の感覚鈍麻
・突然増悪した重度の腰痛
・下肢の運動感覚障害
身体所見
・会陰部の感覚低下
・排尿感覚の低下
・肛門括約筋の弛緩
・下肢の運動障害
・下肢の感覚障害
・膝蓋腱およびアキレス腱反射低下
 
・CES確定症例では片側>両側坐骨神経痛が多い
 ◦両側坐骨神経痛はCESと関連していると考えられていたが、最近はその指標にはならないと報告されている
 
・腰痛を伴わない尿閉がCESの唯一の症状であることもあるが、非常にまれ
 
尿閉は失禁に先行しておきるため、病状が進行してくるまで失禁を発症しないことがある
 ◦失禁について問診するよりも、残尿感や排尿困難について尋ねること
 
尿閉の他の原因として抗コリン薬や前立腺肥大などもあるためこれらについては問診すること
 
・便失禁は尿失禁や尿閉ほど頻度が多くはない
 
性交中の排尿、性交時痛、勃起不全を発症することもあるため、具体的に尋ねること
 
・特に強い疼痛がある場合には身体診察が困難な場合がある
 →早期に鎮痛を行うことが重要
 
下肢のMMTと感覚(L2-S3)/肛門周囲の感覚(S2-4)/膝蓋腱反射(L4)/アキレス腱反射(S1)/anal winkや球海綿体筋反射(S2-4)を評価すること
※anal wink…正常であれば綿棒などで肛門周囲をなでると外肛門括約筋が収縮する
※球海綿体筋反射…亀頭を圧迫したり尿道カテーテルを引っ張ると肛門括約筋が収縮する
 
・CESではアキレス腱反射と膝蓋腱反射が低下するが、圧迫病変が多部位にわたったり馬尾より頭側の場合には反射亢進することがある
 
・従来直腸診が推奨されていたが、直腸の緊張があるかどうかについての所見はCESとは相関せず、施行者によっても異なることが示唆されている
 
・上記身体所見単独でCESを除外するのに十分な所見はない

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・腰痛が最多、次いで膀胱機能障害とsaddleback型の感覚鈍麻が続く
 
・ただし、MRIで確認されたCESと病歴や身体所見におけるred flag signを比較して評価したsystematic reviewによれば、便失禁/会陰部の感覚鈍麻/肛門緊張の低下は特異的であったが、多くの所見は感度が低いことがわかった
 

red flag

・典型的には重度の腰痛/両側坐骨神経痛/saddleback型感覚障害/性器感覚異常/尿閉や便秘/性機能異常など
 
リスク因子についても注目すべし
 ◦慢性疼痛や疼痛の変化
 ◦下肢脱力や感覚異常の既往
 ◦新規発症の下肢脱力感や感覚障害
  ‣L4-S2神経根圧迫により生じる
  ‣会陰部の異常感覚については自発的に報告しないため注意
  …トイレで拭いた際に感覚が変ではないか尋ねること
 ◦医療介入…腰椎穿刺、硬膜外麻酔、脊椎手術など
 ◦腰痛の存在…仰臥位で増悪、より高位であるほど重度で広範囲
 

病期分類など

・CESの症状が出現してから診断されるまでに中央値11日かかる
 
・CESの一般的に多い症状として以下の3つが挙げられる
 1)腰痛既往がない患者に急性に発症した腰痛
 2)坐骨神経痛の有無にかかわらず腰痛を伴う急性尿閉
 3)慢性腰痛/坐骨神経痛がある患者に発症した徐々に増悪する疼痛および膀胱直腸障害
  ‣患者の70%には慢性腰痛がある
 
・CESは急性発症のこともあれば緩徐発症のこともある
 ◦24時間以内の急性発症…89%
  ‣急性発症はより悪い転帰と関連がある
 
・最新の定義では5つの特徴的な所見と4つの段階がある
 ◦この段階により予後が規定される
 ◦尿閉を伴うCESは予後不良と関連している
 ◦両側神経根痛は適切に診断治療されれば予後良好
 
特徴的な所見
・会陰部の感覚鈍麻
・疼痛のない尿閉
・肛門括約筋の弛緩
・性機能障害
CES stages
1)suspected…両側性神経根症状
2)incomplete…排尿障害(排尿感覚鈍麻/排尿感覚消失/尿流が悪い/いきみを要するなど)
3)retention…尿閉溢流性尿失禁を伴う無痛性尿閉
4)complete…馬尾機能消失/会陰部の感覚鈍麻/尿便失禁/性機能障害
 
・CESを2つのカテゴリーに分類して考えることもある
 ◦完全CES…失禁を伴う無痛性尿閉
 ◦不完全CES…排尿感覚低下/排尿欲求の低下/疼痛を伴う排尿
 
・完全CESでは緊急治療を要し、予後も不良であるため鑑別は重要
 

 診断

・CESを診断できる臨床検査はない
 
・術前スクリーニングの項目を提出しておくこと
 
・膀胱内容量を評価するためにPOCUSを行なってもよい
 ◦患者が排泄した直後に評価すること
 ◦排泄後容積>500mlではCES診断においてOR 4.0
  ‣さらに以下の3項目のうち2項目を満たすとOR48.0
  1)両側坐骨神経痛、2)尿閉の自覚、3)便失禁
 
・単純レントゲンは有用性が低い
 ◦関連する骨折やその他の損傷がわかる可能性があるが、より高度な画像診断を要し、初期診療が大きく変わるわけではない
 
・診断のold standardはMRI
 ◦CESに対するMRIの診断精度を直接評価した研究はない
 ◦椎間板ヘルニアの診断においては感度81%/特異度81%
  ‣CESの症例の多くがヘルニアであることを考えるとそれなりの診断精度がありそう
 
MRIが実施できない場合にはCT myelographyを検討すべし
 ◦より侵襲的ではあるが、感度98%/特異度86%
 

治療

直ちに脊椎外科へのコンサルトを行い、手術を行う必要がある
 
・症状発現から48時間以内に手術を行うこと
 ◦48時間以上の遅延は永続的機能障害のリスクとなる
 
・外科的治療の適切なタイミングについては議論が残るが、急性発症(24時間以内に症状出現)または排尿機能障害がある場合には特に高リスクと考え、専門家は発症から24時間以内に手術を受けることを推奨している
 
 

まとめ

・脊髄は脊椎L1-L2レベルの脊髄円錐で終わり、それ以降は神経根が馬尾として存在
・馬尾は排尿機能/排便機能/性機能/下肢の運動や感覚を司る
・馬尾への直接圧迫/炎症/静脈うっ血/虚血などの機序により馬尾症候群を発症
・馬尾症候群は、半数近くがL4/L5またはL5/S1の椎間板ヘルニアにより発症する
・脊柱管狭窄症や靭帯肥厚などがあるとわずかな椎間板の突出などで症状が強くでうる 
・馬尾症候群の診断は遅れることがあり、発症から診断まで11日ほどかかる
・急性発症の腰痛/急性発症の尿閉では馬尾症候群を疑ってかかること
・両側坐骨神経痛/会陰部の感覚鈍麻/尿閉尿失禁/肛門括約筋弛緩(便失禁や便秘)/性機能障害は特徴的な所見であり、1つでも伴う急性または慢性腰痛患者では馬尾症候群を疑うこと
・特に会陰部の異常感覚は自発的に報告しないため「トイレで拭いたときに感覚が変ではないか」など具体的に尋ねること
・急性発症ほど予後不良
・身体所見では、下肢のMMTと感覚(L2-S3)/肛門周囲の感覚(S2-4)/膝蓋腱反射(L4)/アキレス腱反射(S1)/anal winkや球海綿体筋反射(S2-4)を評価する
・単独で馬尾症候群を除外するのに有効な所見はないため注意
・排尿後膀胱容積>500mlに加え、両側坐骨神経痛/尿閉の自覚/便失禁があればほぼ決まり
・画像はMRIやCT myelographyで診断すること
・適切な治療のタイミングには議論があるが、直ちに脊椎外科コンサルトを行い減圧を検討すること