角膜損傷(びらんや潰瘍など)はERの眼外傷で最も多いとされています。
雪国では電気性眼炎で受診する人がこの季節は多くなります。
かなり痛いようで目を開けることができず、付き添いの方に手を引かれながら受診ということもあります。
さて、局所点眼麻酔薬(当院ではベノキシールを使用しています)は、
細隙灯検査などの際に使用され、迅速な鎮痛効果により角膜損傷の診断に寄与します。
診断後は経口鎮痛薬や抗菌薬点眼を処方されるような流れになります。
局所点眼麻酔薬は鎮痛効果が迅速であり、それなりに効果が高いため、そのまま処方してしまいたい誘惑に駆られないでしょうか?(個人的には誘惑されます)
原則として、角膜潰瘍に対して局所点眼麻酔薬を処方することは、安全性への懸念から多くの救急医学の教科書では推奨されていませんでした。
乱用や誤用、長期使用によるまれな合併症などにつながるという報告があります。
(Can J Ophthalmol. 1970 Jul;5(3):239-43./Br J Ophthalmol. 1978 Jan;62(1):62-5./Int Ophthalmol Clin. Fall 1989;29(3):153-8./J Ocul Pharmacol. Fall 1989;5(3):241-53./Invest Ophthalmol Vis Sci. 1992 Oct;33(11):3029-33./Exp Eye Res. 1994 Apr;58(4):469-78./Cornea. 2006 Jun;25(5):590-6.)
ベノキシール®の添付文書にも「患者に渡さないこと」と記載があります。
ところが近年になり、眼科からの文献にて角膜切除術後疼痛に対する局所点眼麻酔薬使用の安全性と有効性が報告されました。
2つの研究において、短期間の局所点眼麻酔薬使用による治癒の遅延はなかったとされています。
(Ophthalmology. 1995 Dec;102(12):1918-24./Eur J Ophthalmol. Oct-Dec 1997;7(4):327-33.)
さて、ERではどうなのか?
ERにおける非手術患者に対して短期間の局所点眼麻酔薬使用についても、2つの小規模研究が行われ、同様の安全性と有効性が示されました。
(J Emerg Trauma Shock. 2009 Jan;2(1):10-4./CJEM. 2010 Sep;12(5):389-96.)
2014年のERを受診した角膜損傷患者に対する局所テトラカイン点眼の安全性を示すための大規模ランダム化試験では有意な合併症増加はなかったと報告され、さらに最近の研究(retrospective)では444人のER患者に対して24時間テトラカインを投与しても重篤な合併症は見られなかったという結果が出ていました。
(Acad Emerg Med. 2014 Apr;21(4):374-82./Ann Emerg Med. 2018 Jun;71(6):767-778.)
局所点眼麻酔薬、安全なんじゃない?という風潮です。
じゃあ有効性についても検討してみようというのが今回の研究です。
Shipman S et al. Short-Term Topical Tetracaine Is Highly Efficacious for the Treatment of Pain Caused by Corneal Abrasions: A Double-Blind, Randomized Clinical Trial.
Ann Emerg Med. 2020 Oct 27:S0196-0644(20)30739-3.
PMID: 33121832.
Ann Emerg Med. 2020 Oct 27:S0196-0644(20)30739-3.
PMID: 33121832.
・ER受診した角膜損傷に対するテトラカイン点眼の効果を検証する目的でのprospective, randomized, double-blind, placebo-controlled trial
・2015年1月~2017年9月にアメリカ都市部の単一ERにて行われた研究
・急性角膜潰瘍が疑われる18-80歳が対象となった
・以下の患者は除外された
◦コンタクトレンズ着用
◦角膜手術や移植を受けたことがある
◦受傷後36時間以上経過している
◦ひどく汚染された異物がある、または異物除去できない
◦目の貫通外傷
◦緊急で眼科的介入を要するほどの損傷
◦眼感染症が合併している
◦妊婦
◦免疫抑制状態
・患者はテトラカイン点眼群(0.5%)とプラセボ点眼群(人工涙液)に1:1にランダムに割り付けられた
◦テトラカインやプラセボは、最大24時間の間、疼痛に合わせて30分に1滴投与するように指示された
・両群には4時間ごとに抗菌薬点眼2滴とhydrocodone7.5mg/acetaminophen325mg内服(1回1-2錠)も処方された
・患者は点眼薬使用前と使用2分後にNRSを記録する依頼がされた
◦また、次回フォローアップまでに内服したhydrocodone tabletの量も記録することになっていた
・割り付けを知らされていない救急医により、24-48時間後に細隙灯検査が行われ、角膜損傷の治癒遅延や合併症などがないか検査された
◦必要に応じて眼科へコンサルト
・点眼薬の長期使用を避けるため点眼薬は回収され、1週間以内に眼科受診することとした
・最終的に118人が対象となった
・両群でベースラインの疼痛は同等であった
・primary outcome…初回ERフォローアップ時のNRS改善
◦テトラカイン群で有意に疼痛は改善していた
‣テトラカイン群1 vs プラセボ群8
◦difference=7; 95% CI 6-8; P<.001
・secondary outcome…疼痛増悪のために内服したhydrocodoneの量と有害事象
◦hydrocodoneの量…1 vs 7
◦合併症…4% vs 11%
・各群における全合併症は以下
テトラカイン群
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プラセボ群
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・2例で合併症あり
➀ERフォローで角膜損傷増悪
→眼科に緊急コンサルトされアレルギー性結膜炎合併の診断。10日後に正常な治癒を確認。
②ERフォローで角膜損傷増悪
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・6例で合併症あり
➀ERフォローで角膜損傷増悪
→眼科に緊急コンサルトされ外傷性ブドウ膜炎の診断。10日後に正常な治癒を確認。
②眼痛のためER複数回受診
→4日後に眼科受診となり非複雑性角膜損傷と診断。7日後に正常な治癒を確認。
③同日ER再受診、残存異物を除去
→特に追加治療を要さず7日後に治癒を確認。
④金属異物残存、眼科に緊急コンサルトされ異物が除去された。rust ringはあったが10日後に正常な治癒を確認。
⑤ERフォローで角膜損傷増悪
→眼科に緊急コンサルトされたが特に追加治療不要。7日後に正常な治癒を確認。
⑥ERフォローで充血と霧視の持続
→眼科に緊急コンサルトされたが追加治療不要。7日後に正常な治癒を確認。
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・以下の制限がある
◦局所点眼麻酔薬によるまれな有害事象についての安全性への検出力の欠如
‣本研究よりもはるかに大規模な研究を要する
◦プラセボ群では、テトラカイン点眼をしたとき特有の刺激性がないことから完全な盲検化ができなかった可能性
◦除外項目が多岐にわたること
◦単一施設の研究であり外的妥当性の欠如
◦1週間後の眼科フォローのため受診した患者は両群で20%程度であり、合併症を見落とした可能性
‣ERフォローには90%以上が参加した
現時点では局所点眼麻酔薬を患者さんに持たせることはしないと思います。
絶対しないかと言われると言葉を濁したくなりますが。。。
一応添付文書でも禁止されていますし、フォローしてもらう眼科医への心証もまだ悪いとことと思います。
今後、大規模な研究がされていよいよ合併症はなさそうだとなるようであればぜひ処方してあげたい薬剤のひとつになるのでしょうか。
まとめ
・角膜損傷は非常に強い疼痛を伴うため鎮痛を要する
・急性角膜潰瘍に対して最短30分毎にテトラカイン点眼を行うことで24-48時間後の疼痛を著明に改善する効果がある
・合併症についてはまれな有害事象を除外するために大規模な研究を要するため現時点では決定できないが、最近はあまり合併症を増やさないのではないかという論調にある
・本研究のみでこれまでのプラクティスを変えるには至らないが、今後の研究に注目