NEJMより鼻出血のreviewが出ていました。
普段の診療を振り返ってみます。
Seikaly H. Epistaxis.
N Engl J Med. 2021 Mar 11;384(10):944-951.
PMID: 33704939.
症例提示
・65歳男性
・2時間前から鼻血が止まらないことを主訴にER受診
・高血圧と心房細動のため近医通院している。
・アムロジピン、ヒドロクロロチアジド、ワルファリンを内服している
・顔色は悪くないが、左鼻腔から持続的に出血している
・BP150/80mmHg, HR80bpm
・さて、この患者をどう治療しようか?
疫学
・鼻出血は高頻度に遭遇する病態であり、米国ERでは200人に1人が鼻出血で受診する
・米国における生涯推定有病率は60%であり、鼻出血を発症した患者の約6%が受診に至る
・ほとんどの場合、簡単に処置可能であるが、心血管疾患/凝固機能障害/血小板機能障害などの基礎疾患によっては止血が困難となることがある
・多くの場合は特別な誘因なく自然に出血する
・鼻出血の原因とリスク因子は局所性と全身性に大別される
◦局所性…乾燥、外傷、鼻腔内への投薬、感染、炎症、腫瘍など
・再発性鼻出血は全身性または局所悪性腫瘍の初発症状である可能性がある
・また、遺伝性出血性毛細血管拡張症も再発性鼻出血を主要徴候とすることがある
◦有病率5000人に1人の常染色体優性遺伝
◦粘膜皮膚毛細血管拡張症と全身性動静脈奇形を特徴とする
解剖
・鼻は血管の発達が良好であり、内頚動脈と外頚動脈の枝に由来する動脈が存在する
・鼻出血の80-90%は鼻腔前方から発生する
◦Little部位のKiesselbach叢と呼ばれる鼻中隔前下部が多い
◦Kiesselbach叢は内頚動脈(前篩骨動脈)と外頚動脈(蝶口蓋動脈、大口蓋動脈、上唇動脈)からの血流が豊富な合流点
◦止血は容易で、気道緊急や誤嚥などを起こすことは多くはない
・鼻出血の約10-20%は後方出血とされ、気道緊急や誤嚥のリスクが高くなる
◦蝶口蓋動脈の枝や上行咽頭動脈由来
◦鼻中隔後部…67%、鼻腔側壁…25%、そのほかの鼻粘膜…8%
評価
・鼻出血を呈する患者の評価は血液曝露予防策をとってから実施すること
◦非透水性ガウン、ゴーグル、手袋、フェイスマスクなど
・気道確保がされているか、血行動態はどうなのかをまず最初に評価すること
◦この際は患者に前傾姿勢をとらせて鼻腔の用手圧迫をさせておくこと
・鼻出血による気道緊急や出血性ショックはまれだが、以下の場合には注意すること
◦鼻腔と口腔の両方から出血している患者
◦血行動態不安定(失神、皮膚蒼白、発汗、冷感など)
⇒これらを呈する場合には気道確保と循環の安定を行うこと
・病歴聴取は以下を参照
◦出血量と頻度
◦鼻または顔面の外傷歴
◦他の出血や皮下出血などがないか
◦鼻の手術歴
◦既往歴、現在の投薬歴
◦出血性疾患の家族歴
・圧迫後、鼻鏡とヘッドライトを使用して前鼻鏡検査を行う
治療
・鼻出血は体系的かつエスカレート方式で対応すること
1)患者を座位前傾姿勢にして、15-20分間、鼻の下1/3を持続的に用手圧迫する
◦血液の誤嚥/嚥下/気道障害を防止しながら前鼻腔の血管タンポナーデに有効
◦上記施行後に前方鼻腔鏡検査をすること
2)出血が持続し、出血部位が特定されれば局所血管収縮薬やトラネキサム酸または焼灼法が選択される
2’)出血が持続し、出血部位が特定されない場合や大量の出血により明確な部位特定が不可能な場合にはパッキングを行う
⇒上記処置により前方出血の大半は止血可能であり、止血されれば外来フォロー可能
・上記によっても出血が持続する場合には、耳鼻咽喉科への対応依頼や入院管理が必要になる
以下のようなチャートに従うと良いとされています。
局所血管収縮薬
・oxymetazoline, phenylephrine, epinephrine, cocaineなど
・鼻出血治療によく用いられているが有効性に関するデータは限られている
・外来での治療はoxymetazolineが好ましい
・経鼻挿管による鼻出血に対する治療薬のRCTではoxymetazolineはcocaineと同等の有効性で、lidocaine+epinephrineよりも有効であった
・局所血管収縮薬の使用は心臓やそのほかの全身性合併症のリスク上昇と関連が指摘されている
◦高血圧や冠動脈疾患患者における薬剤使用は注意を要する
・高血圧や心疾患がない患者に対する各種局所血管収縮薬の使用は生理食塩水と比較して平均動脈圧を上昇させなかった
・しかし、鼻腔内oxymetazoline投与によりACSを発症した症例報告がある
高齢者が圧倒的に多いので、これからはルーチンでの血管収縮薬使用は差し控えたほうが良いのかもしれません。
トラネキサム酸(TXA)
・TXAは鼻出血制御のために経口投与または局所投与可能な抗線溶薬である
◦47% vs. 67%; RR, 0.71; 95% CI, 0.56 to 0.90
・複数の研究からのプールされたデータの解析によれば他の局所薬剤よりも局所TXAは最初の10分間での止血率が高いという報告もある
最近はNoPAC trialというnegativeな研究結果も出ていました(-_-;)
トラネキサム酸のまとめは以下を参照してください
※古くなってきたので近々まとめ直す予定です。
焼灼術
・出血部位が特定されれば焼灼術が検討される
・可能であれば焼灼前に局所麻酔薬が使用される
・前向き観察研究を含むsystematic reviewによれば電気的焼灼は化学的焼灼よりも有効性が高く、合併症や不快感の発生率が低いとされた
・鼻中隔穿孔はまれな合併症で、両側鼻中隔の焼灼がなければめったに起こらない
鼻腔パッキング
・粘膜への直接的な物理的圧力や凝固カスケードの活性化によって出血を減らすことができる
・resorbable(吸収性)またはnonresorbable (非吸収性:除去を要する)のいずれかの材質が使用可能
・パッキング挿入は鼻腔内部の軌道に沿って鼻に垂直に行う
・鼻腔パッキングの禁忌には重大な顔面および鼻骨骨折、頭蓋底骨折がある
・鼻腔パッキングの合併症はまれだが以下がある
◦鼻閉
◦鼻中隔穿孔
◦鼻腔後部への脱落
◦誤嚥
◦耳管機能不全
◦異物反応
◦toxic shock syndrome
resorbable(吸収性)パッキング
・特に出血性疾患や抗凝固薬/抗血小板薬使用患者に対しては吸収性パッキングが非吸収性パッキングよりも好まれる傾向にある
・吸収性パッキングは挿入中より快適であり、パッキング除去による再出血を回避可能であるが、費用負担が大きいことがある
・吸収性パッキングで出血を制御できない場合には非吸収性パッキングへの治療に進むことがある
※吸収性パッキングの素材による有効性比較については当院で扱っていないので省略しました
nonresorbable(非吸収性)パッキング
・非吸収性パッキングの革新により、従来のワセリン含有リボンガーゼ挿入を凌駕した治療成績が出ている
・一般的に使用されるデバイスは、ポリ酢酸ビニルフォームタンポン (Merocel, Medtronic Xomed)、カルボキシメチルセルロースでコーティングされたファブリックスポンジ(Rapid Rhino Riemann, Applied Therapeutics)の2種類
※当院では前者を採用している
・両者を比較したRCTでは止血率に有意差はなし
◦ただし、 カルボキシメチルセルロースでコーティングされたファブリックスポンジでは挿入時と除去時の不快感が大幅に軽減された
・挿入可能時間は48-72時間
難治性鼻出血に対する止血方法
・上記によっても出血が持続する場合には以下の方法を用いることになる
後方パッキング
・この処置は非常に不快であり、前方パッキングよりも合併症(中耳炎、副鼻腔炎、鼻粘膜壊死、気道閉塞、鼻肺反射により低酸素血症、toxic shock syndromeなど)のリスクが高まる
動脈結紮術
・高次施設であれば、動脈結紮術や塞栓術が初期治療に抵抗性の持続性/再発性鼻出血に対して選択される
・経鼻内視鏡的蝶口蓋動脈結紮または篩骨動脈結紮は止血失敗や合併症発症率が低く、難治性鼻出血に効果的
◦11case series/127人を対象としたreviewによれば止血成功率は98%
◦896例のmeta-analysisでは再出血率は13.4%であり、解剖学的異常と不完全な動脈結紮に由来
‣合併症は8.7%
血管内塞栓術(IVR)
・高次施設であれば、動脈結紮術や塞栓術が初期治療に抵抗性の持続性/再発性鼻出血に対して選択される
・IVRによる動脈塞栓術は外頚動脈の末端枝の血流を遮断することで鼻出血の止血を得られる
・軽度の一過性合併症は25-59%
◦顔面痛、顔面のしびれ、精神状態の変化など
・重篤な合併症はまれで2%未満に発症
◦脳血管障害、片麻痺、顔面神経麻痺、眼筋麻痺、痙攣、軟部組織壊死など
・塞栓術に先駆けて行われる診断的血管造影は解剖学的異常や予想外の原因(内頚/外頚/眼動脈間の異常な吻合など)を明らかにすることができる
・結紮術と塞栓術を比較したretrospective studyでは、両群とも1年時点での止血率は75%と有意な差はなく、合併症も同等であった
◦ただし、合併症は塞栓術で重篤なものが多かった
・結紮術は塞栓術よりも費用対効果が高いことも示唆されている
・よって、塞栓術は結紮術が不成功に終わったときや異常な血管的解剖により結紮術が不適である場合に考慮されるべし
抗血小板薬や抗凝固薬を内服している場合
・活動性出血があるときにはこれらの薬剤再投与は控えること
・抗凝固薬のリバースや血小板輸血は、重篤な出血がある場合にのみ専門医と相談して検討すること
患者教育
・帰宅させるときには患者教育が重要になる
・非吸収性パッキングは48-72時間以内に除去する必要があること
・吸収性パッキングでも残留物を除去するために1週間以内のフォローアップが必要になる
・少なくとも1週間は鼻をかむこと/激しい運動/重いものを持ち上げること/鼻ほじりを避けること
・鼻腔の保湿やジェルによる鼻腔内潤滑などの鼻衛生を徹底することで再発リスクを最小限に抑えることができる
◦加湿器の使用は有効かもしれない
・鼻出血が再発した場合には、前傾姿勢をとり鼻の下1/3を15-20分間圧迫し続け、出血が持続する場合には医師の診察を受けに来るよう指導する
まだ結論が出ていない分野
・鼻腔パッキングが所定の位置にある場合、抗菌薬全身投与を行うことで局所感染やtoxic shock syndromeを予防可能かは議論が残る
◦観察研究とRCTのsystematic reviewでは抗菌薬投与の有効性を示せなかった
・高血圧を有する患者では重篤な鼻出血を発症するリスクが高いことが指摘されている
◦meta-analysisによればOR, 1.53; 95% CI, 1.18 to 1.99
・鼻出血患者の血圧管理に関しても議論が残る分野
症例の答え
・患者は臨床的に安定している
・鼻の用手圧迫を15-20分間行い、前鼻鏡検査を実施する
・出血部位が特定されれば電気的焼灼術を行う
・心血管系合併症があるため局所血管収縮薬の使用は避ける
・出血が続く場合には吸収性>非吸収性パッキングを行う(特にワルファリンを内服していることから)
・専門科と相談の上、ワルファリンの使用を一時的に中止することを考慮
・上記で止血が得られなければ鼻腔後部パッキング、動脈結紮術、塞栓術を考慮する
・帰宅可能であっても追加ケア、予防的措置、鼻出血再発時の自宅でのケアについて指導すること
まとめ
・鼻出血は非常にコモンな疾患であり、鼻出血を経験した患者の6%がER受診をする
・鼻出血のリスク因子は局所性と全身性に分類される
・再発する鼻出血では悪性腫瘍や遺伝性出血性毛細血管拡張症などを想起すること
・鼻出血の80%は鼻腔前方のKiesselbach叢から発症し、止血は容易で気道緊急や誤嚥などを起こすことは多くない
・鼻出血の20%は後方出血とされ、気道緊急や誤嚥のリスクが高くなる
・鼻出血の評価を行う際は、血液曝露への予防策を必ず行うこと
・評価の入り口は気道確保がされているか、血行動態はどうなのかを評価することからはじめよ
◦特に鼻腔と口腔からの出血があるときや失神/皮膚蒼白/冷汗/冷感などあれば要注意
・治療はまずは圧迫止血!前傾姿勢にして15-20分間、鼻の下1/3を持続的に用手圧迫すること
・出血が持続+出血部位特定できれば局所血管収縮薬やTXA投与、または焼灼術を選択
・出血が持続+出血部位特定不能ならパッキングを行う
・局所血管収縮薬は意外と有効性に関するデータは限られており、特に心疾患や高血圧患者に対する使用は避けた方が良い可能性がある
・局所TXA投与は再出血率や10分間での止血率を上昇させる可能性がある
・焼灼術は出血部位が特定された場合に選択され、化学的よりも電気的焼灼が優れる
・出血部位特定困難や大量出血では鼻腔パッキングを選択、特に出血性疾患や抗血栓薬使用があれば吸収性パッキングが優れる
◦頭蓋底骨折や鼻や顔面の重篤な骨折には使用しないこと
・上記処置でも出血が持続する場合には後方パッキング、動脈結紮術、IVRなどを選択すること
・抗血栓薬内服により大量出血や再発性出血の可能性が高まる
◦抗凝固薬のリバースや血小板輸血は専門科と相談して決定すること
・患者教育は重要で、パッキングをいつ除去するか、してはいけないこと、鼻腔の加湿を行うこと、再出血時の止血方法などについて指導すること
・鼻腔パッキング時の抗菌薬投与や血圧上昇のマネジメントについては議論が残る分野