本ブログでも何度か出現していますが、
現実世界で出会うと背筋が冷える疾患の1つであるLudwig's angina。
Am J Emerg Medより、最新のreviewが出ましたのでまとめました。
Bridwell R et al. Diagnosis and management of Ludwig's angina: An evidence-based review.
Am J Emerg Med. 2020 Dec 23;41:1-5.
PMID: 33383265.
疫学/病因
・20-40歳代に好発し、男性に多い
・Ludwig’s anginaの発症率は1940年代以降減少傾向
◦歯の健康促進や適切な抗菌薬使用、より積極的な手術治療選択などによる
◦死亡率も50%→8%未満に減少している
・多くの患者では既往歴なし
◦糖尿病やSLE、好中球減少症の患者も関連あり
・多くは顎下隙から始まり、歯科疾患が原因として最多(70%)
◦特に、下顎第2-3臼歯の感染や抜歯
・小児では上気道感染症がLudwig's anginaの症例のほとんどを占める
・口腔底の裂創や感染、唾石、下顎骨骨折によっても生じる
・口腔底に感染が生じる
→舌骨筋下に及ぶと疎な組織間隙を通じて顎舌筋後部から下顎下部に炎症が進展
→下顎骨/舌骨/深部頸部筋膜の障壁により感染に伴う浮腫は口腔底と舌を後上方へ偏位させる
→著明な気道狭窄が生じる
・浮腫による気道閉塞は急速に進行し、発症から30-45分で気道閉塞に至りうる
リスク因子
・特に以下の患者では死亡および合併症発症リスクが高い
◦65歳以上
◦糖尿病
◦アルコール使用障害
◦免疫不全
疾患
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・歯科感染
・口腔内ピアス
・免疫抑制
・低栄養状態
・糖尿病
・口腔/歯科外傷
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ライフスタイル
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・違法薬物使用
・慢性アルコール使用
・最近あけた舌ピアス
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起因菌
・口腔内常在菌を含む複数の細菌による感染が特徴
・緑色連鎖球菌(>40%)
◦Streptococcus anginosusが関与する場合にはより急速に進行する
・Bacteroides属(嫌気性菌)…約40%
・その他、Enterococcus species, E. coli, Fusobacterium, Klebsiella pneumonia, Actinomyces speciesなど
◦特にKlebsiellaは糖尿病に発症したケースの半数以上に関与
・歯性膿瘍由来の場合にはActinomyces, Peptostreptococcus, Fusobacterium, Bacteroidesなどの嫌気性菌を考える
・免疫不全ではグラム陰性好気性菌やMRSAのリスクが高い
症状
・両側顎下部の急激な腫脹/疼痛/硬直化を伴う蜂窩織炎ではLudwig’s anginaを疑う
・Ludwig's anginaは口腔底の軟部組織感染症
◦顎下部が「木のように」硬くなることが特徴的
◦舌の隆起と後方変位、気道閉塞を起こすことがある
・舌腫脹により閉口できないことがあるが、口腔内は浮腫状でやわらかく隆起している
・波動を認める腫脹があれば膿瘍形成を疑う
◦画像診断なしには膿瘍形成を除外できないことに注意
・開口障害や嚥下障害は初期の徴候ではなく、病状が進行してから出現する
・stridorや努力呼吸/開口障害/髄膜刺激徴候/流涎/嚥下障害/tripod positioningがあれば気道閉塞になりかけている徴候
◦経鼻内視鏡で気道閉塞所見があるか確認をすること
(J Nat Sci Biol Med. 2012 Jul;3(2):206-8.)
(Ann Emerg Med. 2015;65:e5-e6)
(BMJ. 2020 Oct 22;371:m3395.)
診断
・造影CTが診断に有用…病変特定と膿瘍形成の有無などを判定可能
◦感度95%/特異度53%(身体所見と組み合わされることで特異度は80%ほどになる)
(Ann Emerg Med. 2015;65:e5-e6)
(Am J Emerg Med. 2020 Dec 23;41:1-5.)
・MRIも代替手段となるが、ERでは時間がかかるため基本的には使われない検査
・いずれの検査でも患者は仰臥位になる
→気道閉塞を意識して準備しておくことが重要
・超音波でも、顎下部における低エコー病変を探しにいくことで診断可能
◦仰臥位をとれない患者において、声門下気道径を測定することも可能(特に小児の挿管チューブ径を決定する際に有用)
・血液検査の有用性は低い
・局所の培養(needle aspiration, swab)は推奨されない
◦診断能が低く、コンタミ率が高い
◦気道閉塞のトリガーとなる可能性がある
・血液培養は採取しておくべし
治療
・抗菌薬による保存的加療+ICUでの綿密な観察により治療可能だが、気道確保を要する患者を見逃さないこと
◦気道の腫脹/呼吸困難/stridor/チアノーゼなど
・可能であれば麻酔科と耳鼻科同時コンサルトが推奨
◦搬送可能であれば手術室で処置を行うこと
・低酸素血症がある場合には十分に酸素化しておくこと
◦病状の進行(頸部腫脹)により換気困難になりうるためpre-oxygenationが重要
・声門上デバイスは腫脹の増悪により位置がずれる可能性があるため推奨されない
・可能であれば座位での覚醒下経鼻挿管を行うのがよい
◦同時に外科的気道確保の準備はしておくこと
‣ただし、前頸部の腫脹によりかなり困難であることがある
・嫌気性菌/好気性菌/口腔内常在菌をカバーできる広域抗菌薬投与を行うこと
◦連鎖球菌やMRSAの耐性化が進んでいるためclindamaycin単独では使用しない
・補助療法としてsteroidやepinephrine吸入がある
・ステロイドは顔面頸部の浮腫軽減に加え、抗菌薬浸透性を良好にする可能性がある
◦dexamethasone 10mg IVがよく使用される
・epinephrine吸入は気道閉塞を改善させる可能性があるが、エビデンスは限定的
・外科的介入については耳鼻科や口腔外科と相談して考える
◦ある研究では、外科的介入(壊死組織のデブリドマンと膿瘍ドレナージ)を行うことで気道閉塞発症率が低下したと報告されている
‣保存的加療26.3% vs 外科的介入2.9%
・以下の症例では外科的介入を積極的に考慮する
◦抗菌薬治療で改善を認めない場合
◦診察で波動を触れる場合
◦画像上明らかな膿瘍形成がある場合
合併症
・隣接する構造(縦隔を含む)への波及
◦下行性縦隔炎
・頸動脈破裂
・頸部および胸部の壊死性筋膜炎
・心膜炎
・膿胸/肺炎
・敗血症
・ARDS
他科との協力体制を迅速に構築して治療にあたらないと、急激に致命的な事態に発展する疾患です。
救急医としてはまずはこの病態を見逃さずに診断することです。
開口障害は重要な所見として有名ですが、晩期症状であることに注意が必要です。
過去にも症例を取り上げていますのでそちらも参考にしてください。
まとめ
・Ludwig's anginaは急速進行性の口腔底感染症で、気道閉塞が特に問題になる
・口腔内環境が不良/免疫不全などでは発症リスクが高い
・身体所見では、口腔底が木のように固くなっていることが触知できるかもしれない
・開口障害は晩期に発症する深刻な所見であり、気道閉塞が差し迫った所見である
・造影CTが最も診断に重要
・超音波検査は仰臥位をとれない患者では有効な補助手段となりえる
・麻酔科と耳鼻科への同時コンサルトを行い、確実な気道確保に備えること
・広域抗菌薬、外科的な感染巣ドレナージを行う