病歴/身体所見
・80歳女性
・繰り返す消化管出血と貧血の進行のため受診
・重症大動脈弁狭窄症/高血圧/右内頚動脈ステント留置の既往あり
・clopidogrel, aspirin, simvastatin, ramiprilを内服している
・バイタルサインの異常なし
・心雑音以外には身体所見も特記すべき所見なし
検査
・血液検査…Hb7.7g/dL, 鉄10mcg/dL, フェリチン15ng/mL
診断
Heyde症候群
・抗血小板薬は中止され、内視鏡的にアルゴンプラズマ凝固療法がおこなわれた
・合併症から考えると外科的大動脈弁置換術適応とはならず、経カテーテル大動脈弁植え込み術(transcatheter aortic valve replacement:TAVR)が実施された
・clopidogrelによる抗血小板治療が再開されたが1カ月と3か月時点でのフォローアップでは消化管出血は認めず、貧血の進行もなかった
・Heyde症候群は、大動脈弁狭窄症と消化管血管異形成からの出血および貧血を呈する症候群
◦1958年、Heydeが石灰化による大動脈弁狭窄症と粘膜下血管異形成を伴う消化管出血10例のcase seriesを発表したことがはじまり
(J Heart Valve Dis. 2011 Jul;20(4):366-75.)
・重症ASの最大40%の患者でHeyde症候群を発症し、AS患者はそれがない患者に比較して消化管出血リスクが約100倍になる
(J Atheroscler Thromb. 2015;22(11):1115-23./Ann Thorac Surg. 2006 Feb;81(2):490-4.)
(Am J Cardiol. 2019 Apr 1;123(7):1149-1155.)
・機序の観点からは後天性von Willebrand症候群 type 2Aと考えられている
◦狭窄した大動脈弁から生じる強い剪断力によりvon Willebrand因子(vWF)が破壊されることが原因
(Br J Haematol. 2013 Apr;161(2):177-82./N Engl J Med. 2003 Jul 24;349(4):343-9.)
・Heyde症候群のマネジメントはいまだに難しい分野
◦治療オプションはあるが出血を繰り返すことが多い
‣オクトレオチド、内視鏡的止血、腸切除など
◦生命を脅かす再発性の消化管出血が症候群の主要な特徴だが、救急外来における標準的なマネジメント方法については依然として不明
(J Heart Valve Dis. 2011 Jul;20(4):366-75.)
・vWFの異常と大動脈弁狭窄の重症度が密接な関係にあるため、出血コントロールの長期的解決法として外科的大動脈弁置換術が支持されている
◦大動脈弁狭窄への治療がされない限り、出血イベントは繰り返してしまう
◦弁置換術後は再発性出血が見られなくなることが多い
‣vWFの改善と密接な関連がある
(J Heart Valve Dis. 2011 Jul;20(4):366-75./N Engl J Med. 2003 Jul 24;349(4):343-9.)
・Heyde症候群に対するTAVRのエビデンスは蓄積されつつある
◦術後10日~6か月程度のフォローアップ期間での再出血の報告なし
◦いくつかの報告では血管異形成も消失するとされている
◦vWFの改善も1日~1週間程度で認める
…外科的弁置換術が不可能な高リスク患者に対する貴重な選択肢になっている
(Am J Cardiol. 2019 Apr 1;123(7):1149-1155./J Am Coll Cardiol. 2013 Feb 12;61(6):687-9./J Atheroscler Thromb. 2020 Mar 1;27(3):271-277.)
・ただし現時点では、外科的大動脈弁置換術やTAVRを受けたHeyde症候群患者の全死亡率は、それらを受けていない患者と変わらない
(Am J Cardiol. 2019 Apr 1;123(7):1149-1155./J Am Coll Cardiol. 2013 Feb 12;61(6):687-9.)
重症ASの貧血ではHeyde症候群も鑑別に挙がります。
TAVIの適応も広がってきているのであきらめずに適切な治療にむすびつけてあげたいところです。
まとめ
・重症大動脈弁狭窄症の患者に発症した消化管出血や貧血ではHeyde症候群を鑑別にあげる
・Heyde症候群は、大動脈弁狭窄症と消化管血管異形成からの出血および貧血を呈する症候群であり、重症ASの最大40%に発症しうる
・出血コントロールへの長期的介入手段として外科的大動脈弁置換術やTAVRのエビデンスが蓄積されてきているが、死亡率改善効果については証明されていない