りんごの街の救急医

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症例59:一過性の無痛性右視力低下を訴える65歳男性 (J Emerg Med. 2020 Dec 1;S0736-4679(20)31057-X.)

病歴/身体所見

・65歳男性
突然発症/無痛性の右眼視力低下が、6か月に3回ほど認められていた
 ◦視野が灰色になるようだと表現する
 ◦それぞれ60-90秒ほどの持続時間
GCAを疑わせる症状はなく、そのほかの神経学的異常の所見なし
高血圧/脂質異常症/糖尿病があり内服治療をしている
・両目視力1.0/RAPDなし/眼前部後部の異常なし
 ◦診察時には症状が改善している
 
 

症状が改善しているが、患者の方針は?

 

 

 

MRI/MRA/CTAなどで脳虚血や動脈硬化病変を検索せよ

 

 

 

検査

・血液検査…ESRやCRPは正常範囲
網膜TIAが疑われ、緊急MRIが実施された
 ◦MRI DWIにて右頭頂葉に高信号域を認めた
・患者は入院精査となり、CTAにて右内頸動脈の分岐部に巨大プラークを認めた
 ◦プラーク内部は有意に低吸収な領域を含んでいた(脂質含有量が多いことを示す)

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診断

網膜一過性虚血/脳梗塞/内頚動脈プラーク

 
・経食道心エコーと48時間ホルター心電図が実施されたがいずれも異常は認めなかった
・DAPTが開始され、1週間後に右頸動脈ステント留置術を受けた
・外来フォローアップでは、一過性黒内障の症状は再発せずにいることを確認できた
 
 
 
 
一過性単眼視力低下(Transient monocular vision loss :TMVL)では、虚血性/非虚血性に分類して考える
 ◦虚血性…網膜/視神経への血流低下により永続的な視力喪失の原因となる
  ‣プラーク破綻による塞栓イベントで一過性の場合には一過性黒内障(網膜TIA)と呼ばれる
 ◦非虚血性…GCAや眼疾患(緑内障網膜剥離など)、片頭痛てんかんなど
(Am J Ophthalmol. 2005 Oct;140(4):717-21./Semin Ophthalmol. 2017;32(1):125-133./Ophthalmology. 2018 Oct;125(10):1597-1607./Int J Stroke. 2018 Jun;13(4):420-443.)
 
・一過性単眼視力低下の発症率は14-15例/10万人/年ほどで、60歳台に発症のピークがある
 
 
・一過性単眼視力低下では、以下の病歴を聴取すること
 ◦TMVLの持続時間
 ◦視力低下のパターン
 ◦キラキラ/ジグザグなどの視覚現象の有無
 ◦神経学的症状の有無
 ◦TMLVに先行するトリガーや誘因
  ‣姿勢の変化や明るい光への露出など
(Am J Ophthalmol. 2005 Oct;140(4):717-21./Semin Ophthalmol. 2017;32(1):125-133./Surv Ophthalmol. Jan-Feb 2013;58(1):42-62.)
 
網膜虚血TVMLで最も重大な原因であり、全ての症例で疑わなければならない
 
・網膜一過性虚血(TIA)により、突然発症で無痛性の黒内障を生じることが特徴的
 ◦ベールや影、霞が垂直に降りてきたようだと語ることがある
(Am J Ophthalmol. 2005 Oct;140(4):717-21./Semin Ophthalmol. 2017;32(1):125-133./Surv Ophthalmol. Jan-Feb 2013;58(1):42-62.)
 
・網膜TIA持続時間は30秒~数分程度
(Semin Ophthalmol. 2017;32(1):125-133./Int J Stroke. 2018 Jun;13(4):420-443.)
 
・網膜TIAかその他の原因かを鑑別するためには"negative visual phenomena"を探せ
 ◦視野がグレー/黒/暗くなるような状態…網膜TIAを示唆
 ◦色彩がある/拍動するジグザグ線/きらめくよう/点滅する光/熱波などを訴える場合
  …"positive visual phenomena"は網膜TIA以外の疾患を示唆
  ‣最も一般的には片頭痛と関連
(Am J Ophthalmol. 2005 Oct;140(4):717-21./Semin Ophthalmol. 2017;32(1):125-133.)
 
・一過性または永続的な単眼性視力低下がある50歳以上の患者ではGCAを考慮すること
 ◦炎症マーカー(CRPとESR)をチェックすること
  ‣両者が陰性であればGCAの可能性は低い
 ◦事前確率が高い場合(炎症マーカー上昇/新規発症の頭痛/顎跛行/側頭動脈圧痛など)には、即座に高用量glucocorticosteroidsを開始して、側頭動脈生検を行うこと
 
 
鑑別診断
・虚血性…動脈硬化/解離/脂肪塞栓/凝固機能異常
・血管炎…巨細胞性動脈炎(GCA
・血行動態不良…起立性低血圧/循環血液量減少
・眼疾患…眼虚血症候群/閉塞隅角緑内障/前房出血/網膜剥離/網膜血管攣縮
・視神経疾患…乳頭浮腫/drusen/Uhthoff現象
・脳疾患…片頭痛/てんかん/皮質虚血
※drusen…網膜細胞が加齢によって変性し、視細胞の一部が剥がれ落ちて、網膜色素上皮細胞(網膜の最下層)の下に溜まった脂質を中心とした老廃物
※Uhthoff現象…長時間の入浴/炎天下の外出/感冒や運動など体温上昇が起こる状態で、視力低下/筋力低下/疲労感/しびれなどの症状が発現または増悪する現象
 
 
 
 
以下、虚血性TMVLについて概説しますが、解剖がわからないと理解が進まないため確認しておきます。
 
・脳への血流は前方循環と後方循環に分けられる
後方循環は、脳底動脈を形成する2本の椎体動脈に由来し、脳底動脈から後大脳動脈を形成する
 ◦後大脳動脈の枝は後頭葉内の視覚野に血液を供給する
 ◦視覚野の虚血により、正常な中心視力をもつ両側同名半盲欠損となる
前方循環は2本のICAに由来し、前大脳動脈と中大脳動脈を形成する
 ◦眼動脈は頭蓋内ICAから最初に派生する主要な枝
 ◦眼への血流は眼動脈とその分枝(網膜中心動脈と後毛様体動脈)のみから得られる
 ◦虚血性TMVLは、眼動脈またはその分枝動脈の1本の血流が一時的に減少することで発症する
  ‣閉塞が90分以上持続すると、CRAOやBRAOを経て永続的網膜虚血となる
 
上記の機序により、
・後方循環系…両側同名半盲
・前方循環系…虚血性TMVL/CRAO/BRAO
となります。
 
 
 
TMVLは生命を脅かす疾患となる原因が隠れていることがあり、自然に改善して身体所見では異常がなくともworkupを要する
虚血性TMVLは脳梗塞の前兆と考えておく
 ◦網膜TIA患者の1.8-30.8%が脳梗塞を同時発症している
 ◦網膜TIA患者の25%が3年以内に脳梗塞を発症する
(Ophthalmology. 2018 Oct;125(10):1597-1607./Eye (Lond). 2020 Apr;34(4):683-689.)
 
・網膜TIA発症後の脳梗塞発症率は脳血管性TIAよりは低率だが、心血管イベントリスク/死亡率は同等
(Curr Opin Neurol. 2019 Feb;32(1):19-24./J Neurol. 2016 Sep;263(9):1771-7./Circulation. 2003 Sep 9;108(10):1278-90.)
 
・TMVL/BRAO/CRAO患者のそれぞれ10%/30%/20%が7日以内に撮影されたMRIで虚血性変化を認める
 ◦この無症候性脳虚血は良性変化ではなく、脳梗塞認知症発症リスクを2倍にすることが知られている
(Eye (Lond). 2020 Apr;34(4):683-689.)
 
 
脳梗塞リスクは網膜TIA発症から数日以内が最高になるため、緊急検査とマネジメントを要する
 ◦TMVLの原因検索…眼科コンサルト
 ◦脳卒中リスク因子について検索…脳や頸部、大動脈弓のMRI/MRAまたはCTA
(Ophthalmology. 2018 Oct;125(10):1597-1607./Int J Stroke. 2018 Jun;13(4):420-443.)
 
50歳以上のTMVL患者では、GCA検索を迅速に行うこと
 ◦炎症マーカー(CRPとESR)をチェックすること
  ‣両者が陰性であればGCAの可能性は低い
 ◦事前確率が高い場合(炎症マーカー上昇/新規発症の頭痛/顎跛行/側頭動脈圧痛など)には、即座に高用量glucocorticosteroidsを開始して、側頭動脈生検を行うこと
(Ophthalmology. 2018 Oct;125(10):1597-1607./Int J Stroke. 2018 Jun;13(4):420-443./Circulation. 2017 Mar 7;135(10):e146-e603.)
 
・上記検索でTMVLの原因が明らかにならなければ心エコー検査をはじめとした心臓病の検索を行うこと
 
・若年者では凝固機能検査を追加
(Ophthalmology. 2018 Oct;125(10):1597-1607./Int J Stroke. 2018 Jun;13(4):420-443./Circulation. 2017 Mar 7;135(10):e146-e603.)
 
 
・TMVLの精密検査を入院患者として行うべきか外来患者として行うべきかについての明確なガイドラインは存在しない
 ◦発症から72時間以内に受診しABCD2 score≧3または外来フォローが困難であれば入院させることは合理的
(Stroke. 2009 Jun;40(6):2276-93.)
 
・いずれにせよ24-48時間以内に精査を完結させること
 
 
 

まとめ

・一過性単眼視力低下(TMVL)では虚血性と非虚血性の原因を分けて鑑別を挙げよ
・虚血性TMVLの原因として網膜TIAがあり、脳梗塞発症リスクまたは脳梗塞同時発症の可能性がある
 ◦突然発症で無痛性の黒内障が特徴的
・網膜TIAの持続時間は30秒~数分程度だが、閉塞が90分以上持続するとCRAOやBRAOを経て永続的な虚血となることがある
・TMVLを発症した全ての患者は緊急での眼科的精査と脳梗塞や動脈狭窄についての評価を行うこと
・適切でタイムリーな介入により脳梗塞発症リスクを最小限に抑え、死亡率を低下させられる
・50歳以上のTMVLではGCAを鑑別に挙げて、ESRやCRPなどの検査を行うこと