NEJMよりTIAのreviewが出ました!
いつもそうですが、まとめの図が秀逸でした。
いまやTIAもDAPTの時代なんですね~。
Pierre Amarenco et al.Transient Ischemic Attack
N Engl J Med. 2020 May 14;382(20):1933-1941.
症例提示
・54歳男性、2時間前に突然の左上肢の脱力を自覚
・症状は30分ほど持続した
・高血圧、脂質異常症のため通院中で、ACE-Iとスタチンを内服している
・喫煙:30 pack-year
・受診時の血圧は156/96mmHg
さて、この患者の評価と治療をどうしようか?
定義
実はあまりなじみがないかもしれないので歴史を少し詳しく記載します。
key pointは、
「time-based definition」から「tissue-based definition」への変遷が起こり、2013年のAHA定義では「画像所見が陰性である一過性の神経症状」となったことです。
1975年にはいわゆるtime-based definitionでした。
2009年に定義が変更されました。虚血性脳梗塞を伴わない一過性の神経脱落症状(Stroke. 2009 Jun;40(6):2276-93.)という定義でした。ここでは画像所見については言及されていませんでした。
最近になって画像技術が発展がしたため、それまでTIAと定義されていた患者の中に脳梗塞の画像がみられるものが見つかってきました(silent stroke…将来的に脳梗塞に伸展する可能性が高い病態)。症状がたとえ短時間で回復したとしても、1/3の患者で24時間以内に脳梗塞が完成することもわかってきました。
上記より、一時的にでも症状があれば持続時間は問われなくなり、組織障害である脳梗塞の発症の有無を重視した定義が必要と考えられるようになりました。
2013年、ついに「tissue-based definition」となりました。
一過性の神経症状があり、画像所見は陰性であることと定義されました。
脳梗塞は持続時間にかかわらず画像ないし剖検で該当部位に所見があることと定義されています。
そのため、現在では持続時間が短くとも画像的に虚血部位が特定されれば、それはminor ischemic strokeと考えられています。
まとめると、
・もしも症状持続は短くとも画像的に所見があればminor ischemic stroke
というようになります。
疫学
・症状は通常1-2時間ほど持続するが、数秒~数分のこともある
・TIAとminor ischemic strokeは臨床像がほぼ同じでマネジメントも同じである
「定義」の項目でも記載しましたが、両者の違いは画像的所見の有無のみです。
治療なしには3か月で最大20%が脳梗塞を発症するリスクとなります。
また、脳梗塞発症リスクは最初の10日間で高く、特に発症2日間は最大リスクとなることが報告されています。入院させる際に神経所見の増悪について患者と家族に必ず伝えておかないと、あとでトラブルの元になります。
症状と鑑別疾患
・一過性の症状でマークすべき症状は以下の症状
◦感覚…頭頂葉
◦視覚…単眼性網膜虚血(失明)、両眼性脳内視覚路/頭頂葉/側頭葉関与による半盲
◦言語…頭頂葉/側頭葉(失語、構音障害)
◦その他…めまい、複視、歩行不安定性、健忘症など
上記症状があればTIAの可能性を常に考えます。
特に若年者で、片頭痛の前兆として片麻痺がある患者には何度かだまされています。
さらに、てんかん発作(特にNCSE)などは注意でしょうか。
画像検査
・緊急MRI diffusion-weighted imagingで評価する
感度はご存知の通りCTに比較して非常に高いことが知られています。
どうしてもMRIが撮影できなければ、他の原因を鑑別する目的でCTを撮影すべきです。
当院の場合には近くに脳卒中の専門施設があるので疑ったらすぐに泣きついています。
上記のようにDWIで症状と関連する領域に高信号域が認められればminor ischemic strokeとなります。
・画像所見が陰性でTIAの疑いが強ければ、perfusion weighted imagingも追加する
症例の30%では、症状に対応する脳領域で局所的な灌流欠損が確認されるそうです。
・さらに、Arterial spin labeling MRIを行うとperfusion weighted imagingに虚血部位の情報を追加で得られる
画像検査以外の評価項目
・TIA/minor ischemic strokeの原因はその他のischemic strokeと同様である
・頭蓋内外動脈をルーチンで評価すべき
◦非侵襲的画像評価…頸動脈超音波、CTA、MRAなど
・ECG、心拍モニタリングなど
・血液検査
特に頭痛や単眼性失明があれば巨細胞性動脈炎検査としてCRPやESRなど測定します。
頭痛を呈している50歳以上の患者にはCRPやESRをとることがよくあります。
・脳画像やECGで原因が特定できない場合…Holter心電図や植え込み型デバイスを考慮
・経食道/経胸壁超音波で心臓の構造的異常を検索
・必要に応じて追加検査を追加
ここで挙げられていたのは、真性赤血球増多症疑いならJAK-2遺伝子変異などを検索せよとのことでした。国家試験以来に聞く単語かも…。
リスク層別化のためのスコアリング
実は結論から言うと、ABCD2などのscoring systemのみによるトリアージは推奨されていません。結構有名なんですけどね、スコアリング…。
もともとは、ABCD2 scoreはトリアージでの使用が推奨されていました。
NICE guidelineでは、「ABCD2 score≧4では即入院、score<4ではaspirinを直ちに開始することを条件に最大8日間の評価期間が許容」とされている時期がありました。
しかし、この方法はその後の研究により疑問視されるようになっていきました。
重篤な所見(臨床的に重大な頭蓋外動脈狭窄、頭蓋内動脈狭窄、心房細動など)がABCD2 score<4(low risk群)の患者の約20%に認められました。そして、脳梗塞発症3か月リスクはABCD2 score≧4の患者とABCD2 score≺4とで同等でした。。。
ということで、患者が迅速に評価され介入される場合には、scoring systemの出番はなくなってしまうという傾向になりました。
この流れを受けて、NICE guideline 2019では、ABCD2などのscoring systemによるトリアージを推奨しないと明記するようになりました。
scoring systemを使うとしたら研究目的や専門科による評価がすぐには受けられない地域などでは有用かもしれないとNEJMのreviewには書いてありました。そうなんだ。
スコアリングについては深入りしないことにしておきます。
dispositionについては専門的には気になるところなので、後日場を改めて補完しようと思います。
マネジメント
抗血小板薬
・塞栓機序ではない場合、90日以内の脳梗塞再発を抑えるのにはaspirinが最も効果的
特に最初の2週間では有用性が高いのですが、一方で3か月を超えるとその効果は不明瞭であるようです。知らなかった。
・できる限り早期のaspirin投与が推奨されるが、TIA検査中に投与してしまうことも考慮されるがこの方法はまだ公式に評価されていない
あとで紹介するフローチャートによれば、検査前にaspirin内服をすることになっています。なかなかそこまで迅速にはできないかも。少なくとも脳出血がらみのものとか低血糖/電解質異常なんかは見ておきたい気もするけど。
・発症21日時点までのDAPT(aspirin+clopidogrel)は主要な出血イベントを増やすことなく脳梗塞を予防する効果が認められた
・非塞栓機序では抗凝固薬の抗血小板薬に対する優位性はなし
・心房細動が検出された場合には即座に抗凝固薬治療を始めること
薬剤の投与方法は以下のようにします。
・できるだけ発症早期に!
・初回はloading doseとしてaspirin 300mg+ clopidogrel 300mg内服
・次からはそれぞれ75mg/日で21日間維持
・21日以降はいずれかの薬剤を90日間内服する
・aspirinの投与方法
◦aspirin 300mg内服をloading doseとして発症後なるべく迅速に投与
◦その後、aspirin 75-100mg/日投与を90日間続ける
・clopidogrelの投与方法
◦clopidogrel 300mgをloading doseとして投与
◦その後、clopidogrel 75mg/日投与を90日間続ける
※発症21日以降は上記のaspirinまたはclopidogrelのいずれかを用いる
関連するリスク因子への介入
・高血圧…血圧の目標は140/90mmHg
・ラクナ梗塞/糖尿病合併例/耐用性ありでは130/80mmHgを目標にする
・脂質異常症…高用量statin投与やLDL<70mg/dLを目標とする
・禁煙や生活習慣を変えることも推奨
食生活、ダイエット、1週間に3-4回の運動などが推奨されます。
・睡眠時無呼吸のスクリーニングも推奨
当院ではほぼルーチンでやってもらっています。
・同側内頚動脈狭窄>50%では頸動脈剥離術/ステント術を考慮
ただし、頭蓋内動脈狭窄に対するステントは推奨されていません。
まだよくわかっていない領域
・TIAの診断はしばしば不明確であり、特にbizarre spellsを呈するときには難しい
・TIAの診断性能を上昇させる検査が待たれる
絶対的な指標はまだありません。
・発症21日間のDAPTは多くの専門家の間では標準治療となっているが、CYP2C19機能喪失アレルのキャリアでは効果がないか乏しいとされている
民族間で差があるみたいですが、最大で人口の20-40%がコレのキャリアのようです。
・triple antithrombotic strategy(NCT03766581)、頭蓋内大血管閉塞に対するtPA(NCT02398656)についても進行中。
心筋梗塞既往がある患者に対する抗炎症薬投与で心血管イベントを減少させることがRCTで示されています。これからインスパイアされた研究なんでしょう。
・TIAで低リスク群の患者に対する90日を超えるaspirin投与の有用性は不明確
低リスク群とは、DWIで異常信号がない/動脈狭窄が認められない/塞栓症を引き起こす心疾患なし/小血管病変なし/ABCD2 score<4のことを指します。
90日以上にわたって処方されているのが現実的には多いのではないかと思います。
・持続時間10分未満の複視、健忘症、視覚異常、めまい、歩行不安定、構音障害、片側性麻痺などを呈するTIAに対する90日を超えてaspirin投与の効果と安全性について今後研究が必要
・低リスク患者(ABCD2 score<4)の入院期間は明確に定まっていない
1日未満でよいのか、院内での心拍監視モニタリングを延長してすべきか、どちらがよいのかはまだ定まっていない分野です。
症例に対する対応
・暫定診断としてmotor TIA。
・aspirin300mg+clopidogrel300mgを即座に内服
・MRI DWIでは右大脳半球に小さな高信号域を認めた→minor strokeの診断
・aspirin 75mg+ clopidogrel 75mg 21日間に引き続き、長期間aspirin 75mg療法とした
・右頸動脈狭窄があれば、迅速な内頚動脈剥離術を行う
・頸動脈狭窄がなければ、PAF検索目的で3週間の心拍モニタリングを実施して抗凝固薬の適応について評価
・リスク因子のコントロール、禁煙、生活習慣への介入を行う
まとめ
・TIAの症状の持続時間は通常数秒~数分であり、典型的には1時間未満である。
・できるだけ発症早期にaspirin 300mg内服→75-100mg/日内服を始めよ。
・最初の21日間はclopidogrelも追加。初回投与300mgで開始して75mg/日で維持。
・頸動脈内膜剥離術(Carotid endarterectomy)も考慮すること。