りんごの街の救急医

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腐食性(酸/アルカリ)物質誤飲(N Engl J Med. 2020 Apr 30;382(18):1739-1748.)

caustic substances(腐食性物質)のreviewです。
 
腐食性物質は、触れた組織と直接的に化学反応を起こして組織を傷害します。
乾燥剤/発泡剤/原形質毒物など、酸性またはアルカリ性の物質を指しますが、
家庭にもあふれている物質であり誤飲の報告は増えています。
 
特に、「第3の洗剤」であるジェルボールpods)なんかは増えているみたいです。
 
内視鏡やっとけばいんじゃない?という浅い考えがなくなりました(笑)
 
Hoffman RS, Burns MM, Gosselin S. Ingestion of Caustic Substances. 
N Engl J Med. 2020;382(18):1739-1748.
 

 

疫学

・米国では、規制の進歩と教育がされているにもかからず、腐食性物質によって誘発される小児の事故は多く、公衆衛生上の問題となっている
 ◦年間1000人ほどの小児が入院しており(平均4日間)、医療費の問題にもなっている
 
・腐食性物質誤飲は、"intention"(意図したものかどうか)により分類される
 ◦小児では、探索的誤飲(exploratory ingestions)であり、通常は少量のみ
  ‣小児虐待による報告ではアルカリ性物質を大量投与された事例もある
 ◦思春期~成人では、自傷行為としての意図的な多量摂取が多くなる
 
・上記理由から、成人の腐食性物質誤飲の方が重症になることが多い
 ◦6歳未満の小児では、39%が入院を要したが、治療を要したのはたった8%のみ
 ◦成人では48%が入院を要し、81%に治療を要したと報告
 
・2018年度のAAPCCの報告によれば、中毒/異物誤飲事故の中で家庭用洗剤誤飲が2番目に多く、全体の9%を占めている
 ◦5歳未満の小児が103387件/成人が64340件
・苛性ソーダ水酸化ナトリウム)がペットボトルに保管されていて、それを開けて誤飲することがある
 ◦小児も非意図的誤飲の68.3%は台所で起きている
 →化学物質の安全な貯蔵についての教育の必要性が叫ばれている
・オーブンを洗浄する洗剤が食品に紛れ込んでいたという報告もある
・意図的な中毒に関しては20-29歳代の女性が大半を占める
 ◦腐食性物質(苛性ソーダが多い)は5.5%を占めている
 ◦台湾での調査では、産業用クリーナーが48%を占めていた
 ◦イランでは塩酸が70%を占める
 ◦アジアでは酸性物質、西洋諸国はアルカリ性物質誤飲による自傷が一般的
 
精神疾患を持つ人の自殺企図、認知症がある人の誤飲なんかが多いように思います。
おせんべいと間違えて石灰を食べてしまったり…。
ちょっと話がそれますが、オロ〇ミンCなどの瓶に農薬をいれて冷蔵庫で保存してそれを間違って飲む場合もしばしばあり、取り扱いには気をつけてもらいたいです。
 

病態生理

・腐食性物質誤飲については、大きく酸性物質とアルカリ性物質に二分される
 ◦酸性物質…pH<2
 ◦アルカリ性物質…pH>12
・ただし、物質により損傷程度が異なるため、pHだけでは語れない
・酸またはアルカリ性物質の中和反応として熱産生が起きる
 ◦この熱産生により損傷が追加される
 ◦pH/濃度/摂取量/組織との接触時間などに損傷程度は依存
・アルカリは脂肪を鹸化することにより組織に損傷を与える
 ◦液化壊死はゼラチン状物質を作り出し、さらに浸透して損傷が拡大する
・酸は凝固壊死によりたんぱく質を変性させる
 ◦凝固により酸がより深い組織に到達するのを防ぎ、損傷は制限される
 ◦とはいえ、酸の摂取によっても重症化や死に至ることもある
フッ化水素は重度の障害を引き起こしうる
 ◦酸としての水素イオン放出による組織傷害+フッ化物イオンによる直接的細胞傷害
 ◦遊離フッ化物はCaやMgと迅速に結合→致命的な低Ca/Mg血症の原因となる
 ◦細胞壊死の結果として高K血症も起こりうる
 
酸も危ないですが、アルカリはもっと危ないというのは共通認識ですね。
 
「臨床中毒学」は必ず手元に置いておく本ですが、その「腐食性物質」の項目に、
酸は食道を軽くひとなめして胃の幽門部にかじりつくが、アルカリは食道にかじりつく」という名言が載っています。
 
今回のreviewには多く記載はありませんでしたが、アルカリは食道をやられるというのはkeywordと思います。
 

症状

・症状発現についてはおおよそ3つに分類できる
 ◦即時症状/遅延症状/遠隔症状
・疼痛はしばしば即時に発症して、その後機能が失われる
・最もやられやすい臓器は眼球、皮膚、気道、消化管
 ◦舌や口腔の腫脹、流涎、嘔吐など
 ◦血管層まで浸食が進めば出血もしうる
 ◦気道浮腫…stridor、呼吸困難、嗄声など
 ◦食道穿孔により重篤な縦隔炎を引き起こしうる
 ◦胃や消化管穿孔により腹膜炎
  ‣初期には典型的な腹膜炎の身体所見が出ないことがしばしば
・即時症状から生き延びると遅延/遠隔症状が問題になる
 ◦眼球や皮膚損傷は整容/機能上の影響がある
 ◦数週~数か月の期間で食道狭窄が出現し、慢性疼痛や栄養障害につながる
  ‣3か月の追跡調査で、小児症例の20%に上記生じたとの報告もある
  ‣とはいえ、おおむね発症率はより低い
  ‣食道狭窄は10年単位の時間をかけて食道癌に進行することがある
 
あらゆる皮膚と粘膜の損傷を想定しましょう。
 
腐食性物質を触った手で目をこすれば眼球損傷が起きますし、
服についた吐物で皮膚炎が起こる可能性もあります。
もちろん気道緊急や消化管損傷などの所見も見逃せません。
 
いつでも大事なのはABCDEアプローチですね。
 

評価

ABCDEの評価

・臨床的に不安定な場合には、患者の意識と気道の評価から始める
 ◦気道の問題をクリアできればさらに評価を進める
 

病歴聴取

・毒性リスクについての臨床評価は以下の因子を考える
 ◦意図的かどうか
  ‣小児の場合にはその年齢でその物質を誤飲するに至れるか考える
   (虐待を念頭に)
  …はさみを握る:9か月、ふたをあける:2歳
 ◦内服したものの正確な名称/用量/タイミング
  ‣疑われる物質や空き瓶などを持ってきてもらうこと
 ◦その他に同時摂取したものがあるか
 ◦症状があるか…嘔吐、咳嗽、呼吸困難、腹痛など
  ‣全ての子供/嘔吐している成人では、顔面に飛沫による損傷がないか確認
  ‣顔面/口腔内に特に所見がなくとも内視鏡的には1/3以上の症例で異常を認める
  ‣小児では少量の摂取であることが多い
   →顔面/口腔内に損傷があっても消化管には異常がないこともある
  ‣成人の意図的な摂取で口腔内損傷がある場合には消化管損傷もある場合が多い
 

血液検査

・標準的な血液検査は、critically illな場合には全例に推奨
 
アルカリ誤飲の場合、アシデミア/高乳酸血症があれば…
 ◦臨床的に重大な損傷を来している可能性が高くなる
 
酸誤飲の場合にも概ね当てはまるが…
 ◦アシデミアは酸の直接吸収に起因することもある
 …塩酸では非AG開大性アシデミア、その他ではAG開大性アシデミアになる
 
明らかに軽症っぽい場合には、個人的には血液検査は行いません。
上述のように危険な症状があったり、重篤感があったり、内視鏡に行かなければいけなそうな場合には検討します。
 

胸部単純レントゲン 

・座位での撮影であれば腹部free airを検出できるかもしれないが感度と特異度は低い
 
あまりやりません。
やらなければならない状況では、CTにしてしまいます。
腹部free air検出目的で胸部レントゲンをオーダーした経験はありません。
 

上部消化管内視鏡

一時期はアルカリ誤飲した小児にルーチンに内視鏡が施行されていたが現時点では不要なpracticeとされる
 
嘔吐と流涎がある、またはstridorがある小児では臨床的に重大な損傷がある可能性があるため内視鏡適応
 ◦無症状/嘔吐のみ/流涎のみの場合にはgrade 1
 ◦嘔吐+流涎またはstridor単独ではgrade≧2
 ◦最終的に小児の4%で消化管狭窄を生じ、症状によるclinical prediction ruleを使用して正確に評価できた
 
嘔吐のみ/流涎のみ+飲水を拒否する場合にはovernight observation
 ◦症状が続き、患児が飲水不能な場合には内視鏡適応
 
※上記アプローチは酸誤飲や成人の意図的誤飲では適応されないため注意!!!
 
内視鏡誤飲から24-48時間以内に施行されるとよい
 ◦組織軟化により穿孔リスクが増大するため
・損傷の程度はZargarらが提唱している用語が標準化されており用いられるとよい
 

造影CT

内視鏡検査を受けられないほど状態が悪い患者では造影CTを用いる 
 ◦消化管粘膜の評価をでき、かつ穿孔の所見をも捕まえられる手段
 

マネジメント

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・全例でairwayが保たれていることを最初に確認すること
内視鏡がすぐにできないが重度の損傷が強く疑われる場合には、造影CTを行うこと
・Usta protocolは以下を指します
 ◦methylprednisolone(1g/1.73m2BSA/day 3日間)
 ◦ranitidine(小児は4mg/kg/day)
 ◦ceftriaxone(小児は100mg/kg/day)
 

この図が急性期マネジメントの全てです。

酸かアルカリか、意図的か否か、症状があるかで対応が異なります。

 

ABCDEの対応

・腐食性物質誤飲において生命に直結する緊急事態は気道緊急
 ◦嚥下時または嘔吐物による直接障害や損傷した食道からの炎症の波及による浮腫など
・口腔内分泌物を嚥下できない状態(流涎)や声質の変化をみのがさないこと
気管挿管が必要になることもそれなりに多い
 ◦小児の12%が気管挿管を要したと報告
 ◦成人の50%が気管挿管を要し、うち21%がdifficult airwayであった
声質の変化/流涎/stridor等がある場合には気管挿管を推奨
 ◦これをしておかないとそれ以降の内視鏡やCTでの評価に進めない
 
体液バランスと電解質異常の補正も重要
・厳格な血行動態のモニタリングを推奨
 ◦経口摂取不能であることから脱水を引き起こす
 ◦粘膜損傷による細胞外液の変化が起きる
 
・気道や消化管に目が行きがちであるが、眼球や皮膚の損傷についても注意を払うべし
 ◦誤飲時に付着したものや嘔吐物によりこれらの臓器が損傷される可能性あり
 ◦衣服は脱がせ除去し、大量の水で皮膚を洗浄する
 ◦眼球への付着が疑われる場合には迅速な眼球洗浄を行う
  ‣洗浄後の対応は眼科医と協議すること
 

胃洗浄/中和

・通常の中毒治療に用いられる胃洗浄は行わないこと
 ◦粘膜損傷を悪化させる可能性があるため
・腐食性物質は活性炭にも吸着されないため適応なし
 ◦内視鏡検査を妨げることにもつながる
経鼻胃管挿入は酸誤飲の際には推奨されることもある
 ◦国際的な専門家の1/3は施行している
 ◦ただし、この効果や安全性についてはエビデンスがない
・希釈/中和については臨床的な有益性は認めないと結論
 ◦熱産生により損傷を悪化させる可能性あり
 ◦中和により産生されたガスによる損傷
 ◦嘔吐のリスクにもなる
 
腐食性物質誤飲後に水による希釈を試みる唯一の例外は、嚥下可能/明瞭に会話可能/呼吸困難なしの場合
 ◦通常は自宅で行われることになる
 ◦中咽頭や食道に付着した物質を洗浄するために水分摂取する
 ◦粉末性腐食性物質の際にも有用かも
  ‣組織に付着した粉末による損傷を長引かせない
 

抗菌薬やPPIなど

・重度の疼痛に対してしばしば非経口鎮痛薬投与が必要になる
PPIや抗菌薬はしばしば用いられるがエビデンスがない領域
 

ステロイド

ステロイドについては、他の分野と同様に紆余曲折があったようです。

 

現時点での推奨は以下のようになります。

※長い歴史が記載されていましたがカットしました。

 

・食道損傷grade 2Bの小児に以下を投与したRCT
 ◦methylprednisonisolone(1g/1.73m2/day) vs placebo
 ◦1週間、ceftriaxoneとranitidineも投与された
 ◦内視鏡による直視下評価またはバリウム嚥下による機能評価を実施
  →methylprednisolone群で有意な改善を認めた
 ◦さらに、methylprednisolone群では非経口栄養の期間短縮を認めた
 ◦合併症は認めなかった
 →食道損傷grade2Bかつ穿孔していない場合にはglucocorticoidsの効果ありとして支持されている
 
上記がUsta protpcolとされていて、マネジメントの図にも出てきます。
 

その他の薬物治療

sucralfate
・症例報告では、sucralfate投与により治癒促進効果が報告
動物実験においてもplaceboと比較して同様の報告がされている
・15例の腐食性物質誤嚥患者に対する研究
 ◦glucocorticoids+PPI+抗菌薬に加え、高用量sucralfate投与がランダムに振り分け
 ◦sucralfate群では有意に症候性狭窄が少なかった
 
mitomycin C
食道狭窄の機械的拡張を容易にする作用がある
・線維芽細胞のアポトーシスを誘発し、瘢痕化を軽減する
・腐食性物質による食道狭窄に、内視鏡的にmitomycin C投与して機械的拡張を行うと…
 ◦placeboと比較して大幅に症状が軽減し、より拡張を要さなかった
 ◦小児で、難治性の長い狭窄がある場合にも有効であった
・ただし、mitomycin Cの長期的な悪性腫瘍発症リスクはわかっていない
 

経鼻胃管/ステント/手術

アルカリ誤飲の患者に対する盲目的経鼻胃管挿入は禁忌
 ◦消化管除染が無益であること
 ◦損傷は分単位で進行するため、外傷や出血、穿孔の原因になる
内視鏡下での経鼻胃管挿入には理論的な利点がある
 ◦経鼻胃管が機械的ステントのように作用して食道の開存性を確保
  →その後の狭窄の形成またはその重症度を軽減させられる可能性がある
 ◦胃~十二指腸損傷がなければ経管栄養が早期に可能
 
内視鏡下/腹腔鏡下に実施される生体分解型ステント留置は嚥下障害や狭窄形成を緩和できることが示されている
 
・ただし、経鼻胃管にせよ生体分解型ステントにせよまだ研究段階
外科的デブリドマンを要するのは以下の状態のとき
 ◦組織の全層損傷
 ◦穿孔
 ◦血行動態不安定
 

方針/予後

内視鏡基準を満たさない探索的誤飲の小児/内視鏡で陰性の小児
 →短期間の経過観察後帰宅可能
 ◦典型的には6時間でよい
その他の全ての患者では最低24時間の入院を要する
 ◦経口摂取ができるようになるか経過をみるための期間
意図的な誤飲をした全ての患者では精神科的評価を要する
 
内視鏡gradeによる治療方針は以下のように推奨
 ◦内視鏡grade1-2A…clear-liquidからの経口摂取を開始
 ◦内視鏡grade2B…経口摂取は延期(その期間はさまざま)
 ◦内視鏡grade3…感染/穿孔/体液量や電解質の異常など起こりうるためモニタリング
・可能であれば経口摂取を進めていくが、重度の損傷では経静脈栄養や経管栄養を併用
 
無症候性小児とgrade1-2Aの患者ではフォロー不要
grade2B以上の損傷では狭窄形成評価目的でのフォローを要する
 ◦狭窄は通常は最初の2か月で発症する(最短3週間)
grade2B以上の損傷では食道上皮が腺癌/扁平上皮癌に悪性転換するリスクが高くなる
 

まとめ

・腐食性物質誤飲は意図したものかどうかが重要
・小児では通常探索的誤飲であり、少量のみで済むことが多い
・成人では自傷行為としての意図的な多量摂取が多くなり、重症になることが多い
・アルカリは脂肪鹸化により液化壊死→浸透して損傷拡大
・酸は凝固壊死→これにより損傷は制限される
最もやられやすい臓器は眼球、皮膚、気道、消化管
・消化管穿孔を起こしうるが初期には身体所見として所見がでないことがしばしばある
・数週~数か月で食道狭窄が生じうる、年単位の時間をかけて食道癌への進行もある
・小児ではその年齢でその物質を誤飲するに至れる状況か考えること
・気道や消化管だけでなく、顔面(皮膚)や眼球への曝露がないか確認すること
・顔面や口腔内に特に所見がなくとも内視鏡的には1/3以上の症例で異常所見あり
・全例内視鏡適応ではない。
・嘔吐+流涎、stridorでは内視鏡適応。24-48時間以内に施行すること
・腐食性物質誤飲は、酸かアルカリか、意図的か否か、症状があるかで対応が異なる
・気道緊急を見逃すな!声質の変化/流涎/stridorなどがあれば気管挿管推奨
・眼球や皮膚への曝露も忘れずに対応すること
・胃洗浄や活性炭投与は基本的には推奨されない
・酸誤飲の場合には経鼻胃管挿入を推奨する意見もあるがエビデンスがない
・アルカリ誤飲の患者に対しては盲目的経鼻胃管挿入は禁忌!内視鏡的に行うこと
PPIや抗菌薬投与はしばしばされるが、エビデンスはない
・アルカリ誤飲による食道損傷grade2Bにはglucocorticoidsの効果あり
・sucralfateは治癒促進や狭窄予防に効果があるかもしれない
・mitomycin Cは食道狭窄の機械的拡張を容易にする作用がある
内視鏡基準を満たさない探索的誤飲の小児/内視鏡で陰性の小児は短期間の経過観察後帰宅可能
その他の全ての患者では最低24時間の入院を要する
・意図的な誤飲をした全ての患者では精神科的評価を要する

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