りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

消化管出血にトラネキサム酸は有効か?(HALT-IT)

本ブログでも紹介していましたが、

消化管出血に対するトラネキサム酸(TXA)の効果を検証する研究がついに出ました!

 

HALT-IT trialという名称の研究です。

 

しばしば消化管出血に対してもTXA投与をしていましたが、、、なんと…

消化管出血に対するTXAの効果は証明されなかったばかりか、いくつかの副作用を増やしてしまうようでした。

 

消化管出血に対するTXAの役目はもうないのでしょうか…それとも…。

 

HALT-IT Trial Collaborators. Effects of a high-dose 24-h infusion of tranexamic acid on death and thromboembolic events in patients with acute gastrointestinal bleeding (HALT-IT): an international randomised, double-blind, placebo-controlled trial.

Lancet. 2020 Jun 20;395(10241):1927-1936.

 

 

研究の背景

2014年に上部消化管出血に対するTXAの効果を検証したCochrane reviewが発表されていました。

(Cochrane Database Syst Rev. 2014 Nov 21;(11):CD006640.)

 

上部消化管出血疑い/内視鏡診断した症例についてのRandomized, parallel-arm, controlled trialを採用しており、血栓塞栓性イベントの既往/CKD/妊婦は除外されていました。

最終的に8つのRCTが対象になり、1700人が解析されています。

 

primary outcomeは全死亡率および合併症であり、以下のように報告されています。

全死亡率…4.9% vs 8.4%(RR 0.60; 95% CI 0.42-0.87)
・再出血…14.2% vs 17.7%(RR 0.80; 95% CI 0.64-1.00)
なお、血栓塞栓性イベントについては有意差がありませんでした。
 
この研究はmissing dateを追跡したこと/臨床的に消化管出血が疑われる患者も組み込まれたこと/8つのうち7つのtrialは二重盲検化試験であったことが強みですが、Limitationが多くありました。例えば、8つのうち5つのtrialで多くの患者が除外されていること/小規模研究も含まれていること/重症消化管出血は3つの研究にしか含まれていないこと/研究によりTXA投与経路や投与量がまちまちであったこと/2つの研究でしか内視鏡治療がされていなかったことなどが指摘されます。
 
上部消化管出血に対するTXAは重症例(大量出血、血行動態不良、輸血を要するなど)には死亡率低下作用があるかもしれないという結論にはなりましたが、大規模研究の必要性が高まりました。
 
そこで登場したのがこれから紹介するHALT-ITです。
 

HALT-ITの概要

消化管出血に対するTXAの効果を検討する目的の研究
・15カ国164病院で実施された無作為二重盲検プラセボ対照研究
対象…以下の2項目を満たす患者
 ➀それぞれの国で成人と認められる年齢(16歳以上または18歳以上)の患者
 ②significant bleedingと判断された患者
※significant bleedingの定義…臨床的に判断されている。低血圧/頻脈/ショックの徴候/輸血や緊急内視鏡または手術が必要になりそうな、消化管出血による死亡リスクがある患者群。
 
・それぞれの群には以下のいずれかが投与された
 ◦TXA群…TXA1g+生食100mlを10分間で投与
 →TXA3g+生食1000mlを125mg/hrで24時間持続投与
 ◦placebo…上記と同様にTXAを生食に置き換えて投与
これまでのその他の分野の研究と比較してTXA投与量が多いように思います。
 
・12009人がTXA群とplacebo群にランダムに割り付けられ、そのうち11952人が割り付けられた初回治療を受けた
上部消化管出血が9割を占めています。下部消化管出血も1割ほどありました。
ちょっと気になるのが、onsetからrandomisationまでにかかった時間が8時間を超える患者はそれぞれ6割近くいることです。後述しますがこれはこの研究の最大の欠点なのではないかと思います。
 
primary outcome…5日死亡率
TXA群 3.7% vs placebo群 3.8% (RR 0.99, 95% CI 0.82–1.18)
※これは重症度(Rockall score)によっても変わらず

 

TXA群で以下の合併症が有意に増加していた

 ◦静脈血栓症(RR1.85, 95% CI 1.15–2.98)

 ◦けいれん(RR1.73, 95% CI 1.03–2.93)

 

私見とまとめ 

・HALT-IT trialは上下部消化管出血患者に対するTXAの効果を検証した無作為二重盲検プラセボ対照研究。
・消化管出血に対するTXA投与は死亡率を低下させなかった(RR 0.99, 95% CI 0.82–1.18)。
・静脈血栓症(RR1.85, 95% CI 1.15–2.98)とけいれん(RR1.73, 95% CI 1.03–2.93)を有意に増加させた
 
 
個人的には以下の3点において少し「ん~」と思うところがあります。
 
 
①消化管出血は"onset"がよくわからない
外傷や産後出血、鼻出血みたいに「今でた!」というのがわかりません。
onsetがわからないのでこれまでの研究のように「投与時間が早ければ早いほど効果が大きい」と言いきれません。
 
②これまでのTXA研究に比較して投与量が多い
たとえばこれまでのTXA投与は以下のようにされていました。
・CRASH-3…10分間かけてTXA1g loading、さらに8時間かけてTXA1g投与
・TICH-2…TXA1g+生理食塩水100ml10分間で投与
     →TXA1g+生理食塩水250ml8時間以上かけて点滴静注
・WOMAN…TXA1g投与。30分以上出血持続、または止血したが24時間以内に再出血した場合にはTXA 1gを再投与。
それに対して今回はTXA1gに引き続き、24時間にわたってTXA3g投与です。なんか気合入りすぎなような。内視鏡による止血が完了した時点でTXAなぞ投与せずも出血はコントロールできることが多いので、こんなに24時間も投与しなくてもよいのではないかと思います。それで血栓症が増えるって言われても…ねぇ。
 
③ランダム化までに非常に時間がかかっている

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ちょっと時間かかりすぎですよね。日本ではあまりないように思います。

これまでの研究をみると、TXA投与は早ければ早いほど効果が大きく出る傾向にあるため、ランダム化までの時間が非常に長いことはlimitationと言わざるを得ません。

 

現時点での結論としては、消化管出血に対してルーチンにTXAを投与することは避けたほうがよいということにはなりそうです。ただし、今後の研究(TXA投与量の変更やより早い投与を目指すことなど)によってはまだ日の目を見られる可能性は残っているのではないかと思います。