りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

ICUの輸液は急速ボーラスはありか?生食かリンゲルか?(BaSICS trial)

現在、「明日のアクションが変わる ICU輸液力の法則」という本を中心に輸液(だけではなくもっと広い概念を学べている)の勉強をしています。
 
 
特に体液量管理について考えさせられることが日常業務で多く、どうしたものかと毎日頭を悩ませながら診療にあたっています。
たぶんめちゃくちゃわかりやすくて有用な本だと思うのですが、
まだ考え方がICUモードになっておらず扱いこなせていないのが正直なところで、
これから何周も読むうちに、ふとしっくりくることがあるのではないかと考えながらやっています。
※みんなが勧めるめっちゃいい本です!
 
先輩はまだしも後輩がこれに書いてありそうな内容を、空で教えてくれつつ実践しているのをみると、早くレベルアップをしなければと焦ります。
 
 
さて、前述の本の196ページに以下のような文言がありました。
 
急速ボーラス投与は、交感神経系の急激な抑制、心筋コンプライアンスの低下を起こすことが懸念されています。比較的ゆっくりボーラス投与したほうがよいのではないかという仮説のもと、輸液ボーラス投与の速度が速い方がよいのか(999mL/hr)、ゆっくりの方がよいのか(333mL/hr)についてのRCT(BaSICS trial: ClinicalTrials.gov NCT02875873)が現在進行中であり、そちらの結果も待たれるところです。
 
日常診療では、必要なときには急速ボーラス投与を選択することが多く、
ボーラスがダメなんて考えが浮かんでも来ませんでした。
 
 
さて、投与速度はどうすればよいものか。
 
 
そのBaSICS trialがすでにJAMAより出ているのでさらっと見てみました。
 
なお、この研究では生理食塩水 vs リンゲル液(Plasma-Lyte 148)も同時に比較検討されていますので、こちらもチラ見しておきます。
この議論はちょっと飽きちゃった感がありますが…。
 
JAMA . 2021 Sep 7;326(9):830-838.
JAMA . 2021 Aug 10;326(9):1-12.
 

 

背景

ICUに入室するような重症患者に対して、どのくらいの速度で輸液すべきかについて明確に論じているガイドラインはたぶんありません。
 
これまでに様々な研究があったと思います。
自分が感知しているのは以下の研究くらいですが…。
 
EFAST trial:アフリカの低血圧を呈する小児を対象に、生食またはアルブミンのボーラス投与を行うと48時間後の死亡率が上昇することが示された
(N Engl J Med . 2011 Jun 30;364(26):2483-95.)
 
FENICE trial:2213例のICU患者対象の観察研究であり、fluid challengeで投与される輸液の中央値500ml(500-1000ml)、速度の中央値1000ml/hr(500-1333ml/hr)であり多様性があることが知られている
(Intensive Care Med . 2015 Sep;41(9):1529-37.)
 
急速ボーラス輸液に関しては、
う~ん、正直患者の状態と施設の方針によるのではないかと考えていました。
どっちでもいんじゃね?
 
メリットとデメリットは議論されているようです。
 
メリット
 ◦平均体血管充満圧の上昇と血液の一過性希釈によって静脈還流が増加
 →心拍出量増加
 
・デメリット
 ◦交感神経系の急激な抑制や心筋コンプライアンスの低下が引き起こされうる
 ◦グリコカリクスが損傷し血管の透過性が亢進
  →より多くのthird spaceが生じる可能性がある
 
 
 
生食 vs リンゲル液では、こちらも正直どっちでもいいんじゃね?と考えていました。
どちらかと言えば、生食よりもリンゲル液を使用したほうがいいのかもしれないという風潮ではあります。
 
SALT-ED trial:リンゲル液 vs NSで退院までの日数に有意差なしだが、主要な腎有害事象発生率はリンゲル液群で少なかった(非ICU
(N Engl J Med . 2018 Mar 1;378(9):819-828.)
 
SMART trial:リンゲル液 vs NSでの複合アウトカム(30日死亡率/新規のRRT/Cre>200%の上昇)発生率に有意差なし(SALT-EDと同じ施設のICU
(N Engl J Med. 2018 Mar 1;378(9):829-839.)
 
SPLIT trial:Plasma-Lyte vs NSでのAKI発症率は有意差なし
(JAMA . 2015 Oct 27;314(16):1701-10.)
 

研究の概要

・2017年5月~2020年3月にブラジルの75ICUで行われたRCT
 
・患者は2種類の輸液および2種類の投与速度に無作為に割り付けられた
 ◦Plasma-Lyte 148(balanced solution:BS) vs NS
 ◦333ml/hr(slower群) vs 999ml/hr(faster群)
 ※輸液の種類に関しては二重盲検、速度は盲検化していない
 ※活動性出血や重度低血圧(SBP<80mmHg, MAP<50mmHg)では医師の裁量で輸液速度が速められたが、状態改善後は割り付けに合わせた速度に戻された
・fluid challengeや維持輸液などあらゆる輸液をいずれかの輸液を用いて行うこととされた
 
・対象:ICU入室、予想されるICU滞在期間が24時間以上、1つ以上のAKIリスク因子を有する、1回以上のfluid resuscitationを要する
 ※AKIリスク因子:65歳以上、低血圧(MAP<65mmHg, SBP<90mmHg, 昇圧薬使用)、敗血症、人工呼吸器/NIVを12時間以上使用、乏尿またはCre上昇、肝硬変/急性肝不全
 
・除外:重度低Na<120mEq/L/高Na血症>160mEq/L、AKI、入院後6時間でRRTを要すると予測できる場合、24時間以内に死亡が予測、脳死が疑われるまたは確認された、BSCが選択された症例、高K血症>5.5mEq/L
 
・無作為化された11052例のうち、10520例が対象となった
 ◦各群で患者の背景に有意な差はなし
 ◦平均年齢61.1歳
 ◦APACHE II 12, SOFA score 4
 ◦48.4%が予定手術後
 ◦68%がICU入室前に晶質液ボーラス投与、45%が1L以上の投与を受けていた
 ◦60.6%が低血圧または血管収縮薬投与、44.3%が人工呼吸器
 
・primary outcome:90日死亡率
 ◦BS群 26.4% vs NS群 27.2%, aHR 0.97; 95% CI 0.90-1.05
 ※両群で初日に1.5Lの輸液をそれぞれ受けている
 ◦slower群 26.6% vs faster群 27.0%, aHR 1.03; 95% CI 0.96-1.11
 ※slower群では1162ml、faster群では1252mlの輸液をそれぞれ受けている
・7日以内のAKIやRRT、人工呼吸器管理機関、ICU入室期間、入院期間などのsecondary outcomeには有意差なし
・サブグループ解析では、TBI(外傷性脳損傷)の死亡率はBS群で高かった
 ◦31.3% vs 21.1%, HR, 1.48; 95% CI, 1.03-2.12
 

まとめと私見

輸液の速度

・999ml/hr vs 333ml/hrで90日死亡率に有意差はなかった
 
・輸液速度について3倍の差があるが、輸液速度の安全域は比較的広いということが推察される
 
・十分な灌流がない患者にできるだけ速く急速ボーラス輸液を行うという、現在の自分の診療スタイルが大幅にずれてはいないことが確認でき、ひとまず修正は不要だろう

 

輸液の種類

・これまでに行われた大規模RCTでのBCの有益性を示すデータは得られていたが、BaSICs trialではその有益性を示すことができなかった
 
・これまでに衝撃を与えたといわれているSMART trialと比較して、BaSICS trialでは死亡率が2倍高く、予定手術が多かった違いもあり、これをどう解釈すればよいものか悩ましい…。
 
・結局、今回の研究からはNS vs BSの議論はまだ続くものと思われる
 
・TBI患者に限っては、通常の生食を使っておいた方がいいのかもしれない
 
・現在の日常診療では、1本目は生食(CTRXをはじめとした抗菌薬やそのほかの薬剤との併用が問題にならないため)、それ以降はリンゲル液を中心に使用しているが、これを大幅に変える必要はない
 
・生食もリンゲル液も日常的に使わないことがない「薬剤」。利益としてはあまり大きくはないかもしれないが、これまでの風潮と研究結果からは原則的にリンゲル液を使い、TBIについては生食を使っていくことになりそう