インドからの症例報告です。
病歴/身体所見
・20歳男性
・昨日より持続する腹痛/下痢/嘔吐のため来院
・生来健康であり、既往歴は特にない
・HR96bpm, BP96/60mmHg
・腹部はやわらかく圧痛はなし
検査
・血液検査…Hb19.5g/dL WBC20800/mcL, Neu72.7%, Eos25/mcL
・超音波で血管内水分量を評価するためにIVC径測定をしていたところ、胃内にうねうねと動く管状の高輝度な構造物を認めた
診断
Ascaris lumbricoides
・糞便中卵/寄生虫検査によりAscaris lumbricoides種の回虫卵が特定された
・輸液とalbendazole経口投与により治療を開始、1日入院した
・退院2週間後フォローで便中に回虫が排泄されたことを報告された
現在の衛生環境の良い日本ではほぼ見ない病気なのでしょうが、輸入症例はあるかもしれません。これはインドからの症例報告でした。
もしかしたらいつか出くわすかもしれないので勉強はしておきます。
(Sleisenger and Fordtran's Gastrointestinal and Liver Disease, Eleventh Editionより)
・Ascaris lumbricoidesはヒトに寄生する線虫で最大であり、50cm弱まで成長することもある
・“lumbricoides”はミミズ(Lumbricus sp.)に似ていることから由来している
・虫卵を摂取することにより回虫症を発症する
・Ascaris lumbricoidesは世界中に分布しているが、特に発展途上国や衛生環境の悪い地域で多い
・約12億人がAscaris lumbricoidesを保有しているとされている
・小児では虫卵で汚染された土で遊ぶことにより、成人では多くの場合は汚水で処理した生野菜を摂取することにより感染する
・A. lumbricoidesは保有者の大半で症状を呈さない
・肺/腸管/肝胆道での回虫症が臨床的に問題となる
・肺回虫症(回虫性肺炎)
◦虫卵摂取後4-16日で発症
◦幼虫が肺胞に移動することで炎症反応を誘発
‣咳や好酸球浸潤を起こすことがある(Löffler syndrome)
◦通常は自然経過で改善するが、幼虫量が多いときには致命的になる
・腸回虫症
◦回虫量が多いと腹痛/嘔吐などを呈する
◦小腸閉塞が特徴的
‣しばしば吐物や便に回虫が混じっていることを報告される
‣一般的には60匹以上の回虫が存在する
◦腸閉塞/腸重積/捻転などにより致命的経過をたどることがある
・肝胆道回虫症
◦A. lumbricoidesは運動性が高い
→Vater乳頭に侵入し胆嚢や膵管に移動する
◦疝痛発作/閉塞性黄疸/胆管炎/無石性胆嚢炎/急性膵炎を発症する
◦回虫は乳頭から出入りするためデータは変動しうる
・しばしば排便後に運動する回虫を患者が見つけて診断がつく
・回虫は原則的に下痢を起こさず、特徴的な症状や好酸球増多症を呈さないことが多い
・虫卵は便の直接塗抹標本で認める
◦虫卵は曝露から約2か月してから便中に排泄される
◦回虫が肝胆道系に存在すればERCPで同様の所見が認められる
・超音波では、acoustic shadowを呈さない長い線形の高輝度領域として認められる
・無症候性であればalbendazole400mg経口単回投与により容易に治療可能
・催奇形性の可能性があるため、可能であれば妊婦は分娩後まで治療を延期することが望ましい
・肺回虫症では、肺臓炎軽減目的でglucocorticoids投与を行い、1カ月ごとにalbendazole 2400mg投与を行う
◦初回投与で腸管の成虫を殺し、2回目の投与では初回投与時に移行中であった回虫を殺すことが目的
・腸回虫症は輸液/経鼻胃管による減圧/albendazole1回投与で保存的加療が可能
◦腸捻転/重積/腹膜炎の所見があれば手術を考慮すること
・肝胆道回虫症は輸液/腸管安静/抗菌薬による保存的加療が可能
・胆管内の回虫は、薬剤吸収が不十分であるために胆汁に濃縮されて排泄されていないため
albendazoleで効果的な治療はできない
→回虫が胆管から腸管内に移行したときのみ薬剤の効果があるため数日間のalbendazole連日投与が必要になる
・膵管内に回虫がいるときも治療方針は同じ
◦乳頭切開術は回虫が容易に胆管内に侵入できるようになってしまい、再発性膵胆管回虫症のリスクを高める可能性がある
まとめ
・衛生環境が悪い地域からの渡航者の腹痛では回虫症を鑑別にあげる
・多くは保有者であり、無症候性のことが多い
・Ascaris lumbricoidesは肺/腸管/肝胆道系合併症を来しうる
・それぞれの病態に応じて使用方法は異なるが、albendazoleによる治療を行う