りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

症例54:カテーテルアブレーション治療を受けてから意識障害を発症した59歳男性 (J Emerg Med. 2020 Nov;59(5):e187-e191.)

病歴/身体所見

・59歳男性
受診2時間前から新規発症の右片麻痺/構音障害を主訴にERへ救急搬入された
・BP157/89mmHg, HR109bpm, RR19, BT37.6℃, GCS14(E4V4M6)
 
心房細動に対するカテーテルアブレーション術の既往あり
・受診19日前 AFに対するアブレーション治療を受けた
・受診17日前 胸膜性胸痛と食道逆流症状のためER受診していた
 ◦胸痛は持続的で中等度の疼痛、前傾姿勢で改善していた
 ◦CTA実施され肺塞栓症は除外されたが、両側性のわずかな胸水と両側下肺無気肺、わずかな心嚢液を認めた
 ◦いずれも臨床的に重大な問題ではないと判断され、抗生物質投与により胸痛は改善して翌日に退院していた
 
・ERにて検査待ちの間に突然意識障害が進行した(GCS4)ため、気管挿管が行われた
 
 

検査

・頭部CTでは左前頭頂部/右小脳に梗塞を認め、頭蓋内ガスも認められた
 ◦空気塞栓が疑われたが原因は不明であった

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ICUに入室した
ICU入室から12時間経過後、乳酸上昇したため胸部~骨盤部CTが実施され、心室内ガスと両腎実質の楔状の虚血部位を認めた
 ◦鑑別診断として感染性心内膜炎/AF再発による脳塞栓症が挙げられたが、頭蓋内/心臓内ガスについてこれらでは十分な説明がつかなかった

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診断

心房食道瘻

 

・循環器内科および神経内科との協議の結果、感染性心内膜炎として治療開始された
 ◦心房食道瘻の可能性も考慮されていた
 ◦抗菌薬は心房食道瘻から二次的に発症する縦隔炎をカバーできるように投与された
・患者は経時的にさらに不安定となり、VTに対する複数回の同期下cardioversion、血管収縮薬と強心薬を投与された
・この際の心臓超音波検査では左心系にはairを認めたが右心系にはairを認めなかった
 ◦左心系と空気を含む場所が連続していることを示唆する所見であった
 →やはり心房食道瘻の可能性が考えられた

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・複数科で協議されたが患者は重症であり、手術的治療にまでつなげることができない状態であると判断された
・経時的な頭部CTでは、進行的な虚血性変化を示し、頭蓋内ガスが増大した

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・家族とも相談した結果、緩和的対応に絞ることに決定された
・最終的に患者は死亡した
 ◦剖検の結果、心房食道瘻の確定診断となった
 
 
 
肺静脈隔離術は心房細動のカテーテルアブレーションとして確立された手技である
 ◦高周波アブレーションカテーテルを使用して左房内の肺静脈を電気的に隔離する
 
食道は左房の後面に位置するため、アブレーションによる熱損傷が食道や左房、まれな症例では両者に発症し瘻孔形成しうる
(J Atr Fibrillation. 2013 Oct 31;6(3):860.)
 
心房食道瘻は、心房細動に対するアブレーション治療の致命的な医原性合併症である
 ◦アブレーションカテーテルによる熱損傷で左心房と食道に連絡ができてしまうこと
 
 
・非常にまれな合併症で発症率は0.1-0.25%だが、死亡率は最大80%
 ◦米国では20435例のアブレーションに対して6例のみの報告
(Europace. 2012 Apr;14(4):528-606./J Interv Card Electrophysiol. 2009 Jan;24(1):33-6.)
 
・心房食道瘻の致命的合併症として空気塞栓や縦隔炎があり、これを防ぐためには迅速な診断が不可欠
 ◦ERへの受診理由は非特定的なことがあり、疑いを強く持たないと診断に結び付かないことがある
 
アブレーションから心房食道瘻の症状発症までの期間は2日~6週間と報告されている
(J Cardiovasc Electrophysiol. 2006 Nov;17(11):1213-5./SAGE Open Med Case Rep. 2019 Apr 4;7:2050313X19841150./Circulation. 2004 Jun 8;109(22):2724-6.)
 
 
・心房食道瘻の症状はしばしば非特異的でわかりづらい
 ◦胸痛が初発症状として最多ではある
 ◦胃食道逆流症状/発熱/限局性神経障害/嚥下障害/嚥下時痛/吐血など
 ◦特に敗血症や脳卒中とは似たような徴候を呈し、初期症状発症から数時間以内に神経学的合併症が急速に増悪する可能性がある
 ◦特に神経学的異常は脳梗塞によるもので、晩期に出現するのが一般的
  ‣空気塞栓に起因し、広範囲な神経学的異常を呈する
(J Atr Fibrillation. 2013 Oct 31;6(3):860./J Cardiovasc Electrophysiol. 2006 Nov;17(11):1213-5./SAGE Open Med Case Rep. 2019 Apr 4;7:2050313X19841150./Circulation. 2004 Jun 8;109(22):2724-6./J Am Coll Cardiol. 2013 Mar 19;61(11):1204./Gastroenterol Hepatol (N Y). 2012 Jun;8(6):411-4.)
 
 
・合併症…上部消化管からの空気や微生物に起因する
 ◦空気塞栓/敗血症性塞栓/感染性心内膜炎/縦隔炎など
 ◦冠動脈空気塞栓により心筋梗塞に似た症状を呈する
 ◦上部消化管出血や敗血症性ショックを合併することもある
(J Cardiovasc Electrophysiol. 2006 Nov;17(11):1213-5./Eur J Neurol. 2011 Oct;18(10):1212-9.)
 
 
・胸部CTは診断的ではあるが、初期段階ではしばしば決定的ではないことがある
 ◦食道壁肥厚/縦隔気腫/心臓内ガスなどがあれば心房食道瘻を示唆
 ◦造影CTでは食道への造影剤の漏出を認めうる
(J Cardiovasc Electrophysiol. 2006 Nov;17(11):1213-5./Clin Radiol. 2014 Jan;69(1):96-102./HeartRhythm Case Rep. 2018 Nov 16;5(2):101-104./Europace. 2006 Mar;8(3):189-90.)
 
・心臓CTを行うことで追加情報を得られる可能性があるという報告がされている
(Intensive Care Med. 2018 Sep;44(9):1565-1567.)
 
・頭部CT/MRIは、晩期には頭蓋内ガスや複数の脳梗塞の存在を検出することができる
Eur J Neurol. 2011 Oct;18(10):1212-9.)
 
・経胸壁心エコーは通常は目立った異常がみつからないが、空気塞栓と一致してガス像を認めることがある
 
・上部消化管内視鏡や経食道心エコーは、瘻孔からガスを流入させて空気塞栓を起こしたり、瘻孔の交通を拡大するリスクがあるため、推奨されない
(Europace. 2008 Nov;10 Suppl 3:iii2-7.)
 
 
・心房食道瘻は迅速な診断がされないと致命的になる
 
・治療戦略として食道ステント挿入や外科的修復術がある
 ◦いずれも高い周術期リスクと死亡率に関連
 ◦内視鏡的治療よりも外科的修復がより予後が良いことが最近の研究で報告
(J Cardiovasc Electrophysiol. 2006 Nov;17(11):1213-5./Europace. 2017 Feb 1;19(2):250-258./Circ Arrhythm Electrophysiol. 2017 Nov;10(11):e005579./Open Heart. 2015 Sep 10;2(1):e000257./J Cardiovasc Electrophysiol. 2014 Jun;25(6):579-84./Heart Rhythm. 2013 Nov;10(11):1591-7.)
 
 
これは最終診断まで自力でたどり着ける気がしませんでした。
「アブレーション後の胸痛」の時点で、心房食道瘻を強く疑い対応していればもしかしたら救えたのかもしれません。
救急医にとって、各分野で行われる処置の合併症を知っておくことは重要であることを再確認させられました。
 
 

まとめ

・最近のアブレーション既往がある患者が発症した胸痛や胃食道逆流症のような症状を呈する場合には、心房食道瘻を考慮して対応に当たること
・初期には胸痛のみのことが一般的で、空気塞栓による脳塞栓は晩期合併症であり初期段階では画像的にも認めない可能性がある
・心房食道瘻は根治的治療なしには致命率が非常に高い疾患である