りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

気管切開関連合併症(Tracheostomy-related complications)

あまり多くはありませんが、時々大惨事になることがあります。

 

気管切開の合併症とその対応方法についてまとめました。

ERで困らないように勉強しておきましょう。

特にEMERGENT LIFE-THLEATENING COMPLICATIONSは重要です。

 

Bontempo LJ, Manning SL. Tracheostomy Emergencies.
Emerg Med Clin North Am. 2019;37(1):109-119.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30454773/

 

 

疫学

・米国では年間110000例の気管切開が行われている
 
・合併症発症率は40-50%ほどにのぼる
 ◦このうち多くは大した合併症ではない(minor)
 ◦1%は致命的な合併症を発症しうる
  ‣このうち半数が死亡する
  ‣気管切開後7日以上経過してから起きるのが90%以上
 
・Tracheostomy-related complicationsは発症時期により分類される
 ◦術中合併症…出血、空気塞栓、気管損傷
 ◦術後早期合併症…出血、事故抜管、気管外気腫(皮下、気胸、縦隔)、感染症
 ◦術後晩期合併症…出血、気管狭窄、事故抜管、瘻孔
 
・気管切開を受けた患者の4人に1人が30日以内に再入院を要する
 

EMERGENT LIFE-THREATNING COMPLICATIONS

事故抜管

・気管切開後、どの時期にも発生しうる合併症
 
・発症率…0.35-15%
 ◦集中治療領域では気道緊急関連死の50%が事故抜管によると報告されている
 
・特に気管切開後1週間以内の事故抜管は最も避けたい
 ◦しっかりと瘻孔化が得られておらず、気管狭窄の可能性もある
 
事故抜管のリスク因子
 ◦意識状態の変化
 ◦頭部外傷
 ◦分泌物の増加
 ◦気管切開術の変化(recent tracheostomy change)
 ◦頸部の拘縮
 ◦小児
 
・ERに気管切開チューブ事故抜管患者が来た時に得るべき情報は2つ
 ①気管切開術がいつ行われたか
 ②どのくらい前に抜管されたか
 
・即座に気管切開チューブを再挿入せよ
 ◦完全に瘻孔化していても数時間で狭窄しうる
  ‣狭窄している場合にはより細径のチューブを用いる
 ◦術後1週間以内の事故抜管の場合には、気管支鏡で直視下に交換すること
  ‣頸部の皮下への迷入を避けるため
  ‣気管支鏡を使用できない場合やそれが失敗に終わった場合は経口気管挿管を試す
 ◦術後1週間以上経過している場合には経皮的にチューブを挿入し、気管支鏡で確認する手順でよい
 ◦抵抗を感じた場合にはより細径のチューブを選択すること
 ◦すぐに気管切開チューブが手に入らないときは同径の気管挿管チューブを入れておく
 
再挿入が出来なかった場合にはBMV(方法は以下のチューブ閉塞で説明)や経口挿管を要する
 
・再挿入後、皮下気腫が増える場合には気管支鏡で直視下に挿管されているか確認を要する
 
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チューブ閉塞

・分泌物(喀痰や血液など)、チューブの位置異常、気管後壁への壁当たり、異常な肉芽の盛り上がりなどで生じる
 
・チューブ閉塞のリスク因子は以下
 ◦細径のチューブ使用
 ◦シングルルーメン
 ◦ケア不足
 
・対応はstepwise approach
 ➀気管切開腔を閉塞しうるものを全て除去する
 ◦発声用バルブ、オブチュレーター、周囲の保護物、加湿器など
 ②ダブルルーメンの内筒を抜去またはシングルルーメンの内腔を吸引
 ◦吸引カテーテルを内腔に全て通過させられる場合には完全閉塞はない
 ◦ブジーやチューブエクスチェンジャーでの閉塞/通過確認は推奨されない
  ‣分泌物の完全除去ができない
  ‣チューブの位置異常の場合には偽腔を作りかねない
 ③カフ付きの場合には、カフ内の空気を抜く
 ◦カフ内に空気が充満されているとチューブ周囲からの気流を制限してしまうため
 ◦チューブ閉塞が解除されればカフを膨らませる
 ④上記で換気できず、患者が苦痛を感じていれば気管切開チューブを抜去する
 ◦抜去後は、顔面と気管切開部に高流量酸素投与をする
  ‣換気できているようであれば緊急でのチューブ挿入は避けられる
  ‣BMVをする場合には開口部が2つあることを意識して、口元にBVMを当てる場合には気管切開部をガーゼでおさえる(気管切開部にBVMを当てる場合には口と鼻をおさえる)

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 ⑤上記で酸素化と換気ができない場合には挿管を行う
 ◦経口挿管の場合には、気管切開部よりも遠位にチューブを挿入しカフを膨らませる
 ◦気管切開術後7日以上経過または経口挿管困難なら、気管切開部からの挿管を試みる
  ‣細径チューブを選択して、気管支鏡またはブジーガイド下に挿入する
 

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出血

・チューブ挿入後48時間以内での出血は多くは手術関連出血
 
48時間以降の出血は最も致命的な合併症であるTIAF(tracheo-innominate artery fistula:気管無名動脈瘻)の可能性がある
 ◦気管切開患者の0.7%に発症、致命率は90%以上
 ◦TIAFによる出血の75%が術後3週間以内に発生
 ◦最大50%が前駆症状を認める
  ‣手術部位からの出血、血管、吸引の際に血液が引けるなど
 
・検査方法は気管支鏡、CT、血管造影など
 
・無名動脈は第9気管軟骨の前方を横切る
 ◦解剖には個人差が大きい
 ◦気管前壁への圧が上昇し、粘膜虚血→無名動脈後壁との瘻孔形成に至る
 
・TIAFのリスク因子は以下
 ◦カフ付き気管チューブ
 ◦気管切開部位が低位
 ◦カフ圧が高い
 ◦無名動脈が高位にある
 ◦頸部運動が多い
 ◦術創感染
 
・TIAFを疑った場合の対応
 ➀胸骨切痕を後方に押しこむことと、最大50mlの空気をカフに注入することにより無名動脈を圧迫する
  ‣これらにより85%が一時的な止血可能
 ②もしカフ付きでなかったり、カフ圧を上昇させても止血に失敗した場合には、気管切開チューブを抜去し、経口挿管または気管切開部からの挿管を行い、カフに50mlの空気を入れる
 ③これでも成功しない場合には、経口挿管を気管切開部以降まで十分に進め、瘻孔部位を直接指で圧迫する
 ④上記を手術室にいくまで継続すること
 

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URGENT COMPLICATIONS

気管食道瘻(tracheoesophageal fistula: TEF

・気管後壁と食道前壁との瘻孔形成による合併症
 
TEFのリスク因子は以下
 ◦気道内圧上昇
 ◦カフ付き気管切開チューブの長期使用
 ◦カフ圧が高い
 ◦頸部運動が多い
 ◦ステロイド使用
 ◦慢性低酸素血症
 ◦低栄養状態
 ◦低血圧 
 ◦貧血
 ◦敗血症
 ◦経鼻胃管挿入
 
・以下の症状があるときに疑う
 ◦気管からの持続的なair leak
 ◦腹部膨満
 ◦誤嚥による肺障害
 ◦嚥下時の咳込み 
 ◦大量の気管支肺分泌物
 ◦呼吸不全
 
TEF発生部位は気管切開部から1-2cmほど遠位のバルーンがある位置で、瘻孔は4-5cmに及ぶことがある
 
・気管支鏡、食道造影などで診断をする
 
緊急対応としては誤嚥防止策、経口摂取中止、頭部挙上>45度
 ◦経鼻胃管がある場合には壊死進行や瘻孔の悪化を防ぐために抜去
 ◦肺炎があれば肺炎治療
 
・長期治療としては以下を考慮
 ◦気管切開チューブを瘻孔部位よりさらに遠位に留置
 ◦空腸瘻を作成して栄養摂取
 ◦気管ステント+食道ステントによる低侵襲治療
 ◦外科手術
 

気管狭窄

・長期間にわたる気管挿管により起こりやすく、多くの患者が多少の気管狭窄を経験
 
・介入が必要になるのは3-12%程度で、緊急対応が必要になるのはさらにわずか
 
・気管切開部位付近の肉芽組織や繊維化により発症
 ◦肉芽組織は最終的には上皮組織により被覆される
 
・気管狭窄のリスク因子は以下
 ◦手術自体による気管損傷
 ◦バルーン圧迫による虚血
 ◦術創感染
 ◦GERD
 ◦肥満
 ◦低血圧
 
・気管狭窄は気管切開部、気管切開チューブ先端部、バルーン部位で発症しやすい
 
気管狭窄>50%となるまでは症状がでない
 ◦初期症状…分泌物が切れない、咳嗽、労作時呼吸困難
 ◦気管径≦5mmとなると安静時呼吸困難やstridorが出現
 
・ほとんどは抜管から2か月以内に生じる
 ◦人工呼吸器装着中に生じることもあるし、抜管してから数年後に生じることもある
 
・スペースが狭く出血リスクも増大するためチューブ交換が困難になる
 ◦特に、上皮化していない肉芽組織が露出した早期の狭窄では出血リスクが高い
 
・狭窄は端々吻合による切除、肉芽/線維組織に対するレーザー治療などで解消できる
 

感染症

・初期感染としては蜂窩織炎と気管炎が多い
 
・術後早期の感染症の多くは軽症で済むが、縦隔炎や壊死性筋膜炎といった重症感染症も多くはないが可能性あり
 
胸鎖関節の化膿性関節炎や骨髄炎も重要
 
誤嚥性肺炎や肺膿瘍発症リスクあり
 ◦気管切開チューブ、特にカフ付きが留置されていると嚥下に影響を与え、誤嚥リスクが増大する
 ◦さらにカフ圧が高すぎると食道が圧迫され誤嚥リスクを増やす
 ◦Staphylococcus aureusやPseudomonasなどの混合感染を起こしうる
 
・周術期の感染症発症は高いが、周術期の予防的抗菌薬投与については議論が残る
 

気管皮膚瘻

抜管後、多くは6週間以内に気管切開孔が閉じる
 
・気管切開部の永続的な上皮化により瘻孔が形成されうる
 ◦3-6か月経過しても瘻孔が閉じない場合には気管皮膚瘻と診断される
 
・分泌物による皮膚刺激や感染、弱い咳嗽や誤嚥による繰り返す肺炎、発声不良、美容面の問題、水に浸かれないなどの問題が生じる
 
・最大のリスク因子は、気管切開チューブの長期留置(少なくとも1年間)
 ◦ステロイド使用、高齢、低栄養状態などもリスク
 
・治療は外科的閉鎖や焼灼/切除による二次治癒を狙う戦略などがある
 

まとめ

・気管切開を受けた患者の1%は致命的な合併症を合併し、その90%以上は気管切開術後7日以上経過してから発症する
・事故抜管が発生した際には即座に気管切開チューブを挿入する必要がある
・術後≺1週間ならば気管支鏡を用いて直視下に、術後>1週間であればそのまま挿入可能
・再挿入に失敗した場合にはBMVや経口挿管を試みる
・チューブ閉塞が疑われる場合の対応はstepwise approach。気管切開腔を閉塞しうる周囲の物を全て除去→ダブルルーメンであれば内筒を抜去/シングルルーメンであれば内腔を吸引/カフ付きであればカフ内の空気を抜く
・上記でダメなら気管切開チューブを抜去、開口部が2つあることを意識してBMVを実施
・それでもダメなら経口挿管、術後7日以降/経口挿管不能なら気管切開部から細径のチューブを使用して挿管する
・術後のいかなる出血もTIAFを考えて対応すること。特に術後48時間以降の出血では要注意。
・TIAFを疑った場合にはカフ圧を最大まで上昇させ、それでもダメなら気管切開チューブを抜去して深く経口挿管を行い、直接指で圧迫止血する