りんごの街の救急医

救急科専門医によるERで学んだことのまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

症例115:胸痛で受診したがなぜか痙攣した60歳男性(J Emerg Med. 2020 Nov;59(5):e175-e178.)

病歴

・60歳男性
胸痛のためERへ搬入
・救急隊の話では記憶が混乱しており、短期記憶および長期記憶に異常がありそうと申し送られた
 
・ER搬入時、意識は清明見当識障害なし
2日前より鋭い間欠的な右胸痛(5-10秒ほど)を自覚しており、右乳房外側に限局
 ◦放散痛はなかった
物忘れがここ何日かで進んでいるように思うと自己申告した
 ◦前日に他院を受診してTIAを疑われたという
 
右胸部痛は触診で増悪し、皮疹なし。鎮痛薬投与により改善した
・息切れなし、発汗なし、発熱なし、頭痛なし、頸部痛なし、皮膚の異常なし
・HR102bpm以外にはバイタルサインの異常なし
・瞳孔は正円同大で対光反射+/+、心音は規則的、呼吸音clear、運動/感覚障害なし
・各種検査(血液、尿、心電図、CXR)では以下の異常のみ
 ◦Glu168mg/dL, Cre1.4mg/dL, 尿cannabinoidスクリーニング陽性
 

次になにが起きたか?

・上記検索をしている間に強直間代性痙攣を発症した
 ◦ativan 2mg投与により停止した
 ◦痙攣停止後は興奮や嘔吐あり
・確実な気道確保のため気管挿管されfentanyl+propofolが投与された
・これまでに痙攣の既往なし
・頭部CTでは頭蓋内出血や陳旧性梗塞巣などはなかった
・患者はICUへ入室した
 

暫定診断

・tramadolやquetiapineの内服があり、これによる薬剤性痙攣と判断された
 
 

入院後経過は?

入院翌日になっても意識障害が遷延したためMRIを実施したが異常はなかった
・脳波では、非特異的脳症の所見が指摘された
右胸部に皮疹が出現していた
 
腰椎穿刺が行われ、VZV PCR陽性が確認され、acyclovir投与を開始した
・十分に安定して経過したため抜管され、入院5日後に退院した
・ER受診時の記憶は全くなかったと後日談
 

最終診断

VZV髄膜脳炎
 
 
・VZV再活性化による帯状疱疹は、さまざまな中枢神経系合併症を引き起こすことが知られている
 ◦脳炎/髄膜炎、Ramsay Hunt症候群、小脳炎、脊髄炎、脳卒中関連症候群など
(J Infect. 2017 Jun;74 Suppl 1(Suppl 1):S27-S33./Infection. 2016 Jun;44(3):337-45.)
 
・VZVによる無菌性髄膜炎はまれで、免疫異常がなければ発症率は0.5%程度
(J Infect. 2015 Sep;71(3):281-93./J Neurovirol. 2016 Aug;22(4):529-32./BMJ Case Rep. 2015 Feb 17;2015:bcr2014208056.)
 
・ウイルス性髄膜炎の5-29%をVZVが占める
(J Infect. 2015 Sep;71(3):281-93./Nat Rev Dis Primers. 2015 Jul 2;1:15016./Int J Infect Dis. 2013 Jul;17(7):e529-34.)
 
 
VZV髄膜炎では非典型的な症状を呈したり、そもそも皮疹がないこともあるため診断が難しい
 ◦症例の1/3は(免疫不全でなくとも)皮疹がなく発症しうる
 ◦本症例のように痙攣を発症するのは11%程度
(J Infect. 2015 Sep;71(3):281-93./Clin Med Res. 2009 Dec;7(4):142-6./Am J Case Rep. 2015 Sep 4;16:594-7./J Neurosci Rural Pract. Oct-Dec 2016;7(4):591-593./Curr Top Microbiol Immunol. 2010;342:243-53./Infection. 2016 Jun;44(3):337-45.)
 
・腰椎穿刺では髄液細胞数増加がみられるはずだが…
 ◦病初期では5-10%の症例で細胞数増加がなかったりPCR陰性のこともある
  ‣疑いがある場合には24-48時間で再検すること
(Clin Med Res. 2009 Dec;7(4):142-6./J Infect Dis. 2011 Feb 1;203(3):316-23./J Infect. 2012 Apr;64(4):347-73.)
 
 
VZVによる脳血管障害でTIA脳卒中のような所見を呈することがある(本症例では一過性の記憶障害を呈していた)
 ◦感染性血管障害ではあまり良い予後は報告されていない
  ‣永続的な神経欠落症状から死亡まで
(Nat Rev Dis Primers. 2015 Jul 2;1:15016./Curr Top Microbiol Immunol. 2010;342:243-53./Am J Med Sci. 2015 Sep;350(3):243-5./Clin EEG Neurosci. 2014 Oct;45(4):310-314.)
 
 
帯状疱疹では、通常発疹出現の数日前から疼痛が出てくるが、痛みが皮膚病変に3週間も先行することもある
BMJ Case Rep. 2015 Feb 17;2015:bcr2014208056.)
 
 
皮疹がなかったこともあり、診断が遅れてしまった症例です。
HSV/VZVの合併症診断はときとして難しくなります。疑って検査したけど髄液は問題なし…だけどしばらくしてやっぱりおかしいと思って再検するとガッツリ無菌性髄膜炎っぽくなっていることもあります。
治療できてもアシクロビル脳症なんてのもありますしこの辺は初療医泣かせです。
 
 

まとめ

帯状疱疹では皮疹出現の最大3週間前に疼痛のみで出現することがある

帯状疱疹による中枢神経合併症に注意

・VZV髄膜炎では非典型的な症状を呈したり、そもそも皮疹がないこともあるため診断が難しい

・VZV髄膜炎の病初期では細胞数増加がなかったりPCRが陰性のこともある