病歴/身体所見
・既往歴のない42歳男性(日本人)
・1か月持続する発熱/疼痛のある頸部リンパ節腫脹/倦怠感/両耳の痂皮形成および壊死/大腿部の斑状丘疹性発疹/頬部紅斑のためER受診
・遡ることおよそ1カ月前、上記症状出現した際に近医受診、penicillinが処方されたが改善しなかった
・さらに4日後、別のクリニックを受診しclindamycinが処方されたが改善はなかった
・別の病院のERを受診、溶連菌/EB/サイトメガロ/HIVなどの検査をしたが陰性だった
◦フォローアップが設定されたが、その後掻痒感を伴う発疹が体幹に出現し始め上肢に拡大した
→再度同病院ER受診、風疹の可能性があると判断され帰宅となった
・しばらくして両耳の痂皮形成/発赤/浸出液が出現したため、今回のER受診となった
・数週間にわたり40度のほどの発熱と解熱を繰り返していたという
・夜間盗汗があったが、体重減少/咳嗽/胸痛なし、結核への曝露なし
・上下肢にあった丘疹はほとんど消失したと話すが、頬/鼻/大腿部などに皮疹が残存していた
・1年半前に日本から引っ越してきた
◦頸部腫脹が始まる1カ月前にパナマと日本に滞在していた
・ペットは飼育しておらずイヌやネコとの曝露なし
・バイタルサインは異常なし
・右頸部リンパ節腫脹と圧痛/頬部紅斑/両側大腿部にわずかに斑状丘疹状発疹/壊死を伴う痂皮形成した両耳の所見を認めた
(A)右耳の痂皮を伴う壊死所見
(B)頬部の紅斑
検査
・血液検査…白血球3700/mcL(好中球75%/単核球14%を伴うリンパ球減少症), Hb11.7g/dL, Plt12.9万/mcL
・AST299U/L, ALT238U/L
・ESR112mm/hr, CRP8.2mg/dL, フェリチン2051ng/mL
・尿検査では異常を指摘できず、Creは正常範囲内
・腹部超音波では胆石や胆嚢胆管炎などの所見は認めなかった
・胸部単純レントゲンでは、右CPA鈍化と無気肺を認めた
・頸部CT…拡大した頸部リンパ節を認め、そのうちの2つは中心が低吸収を呈していた
◦結核を懸念させる壊死性リンパ節の所見であった
暫定診断
結核疑い
・患者は入院精査の方針となった
・感染症スクリーニングが行われたがいずれも陰性であった
◦QuantiFERON-TB test
◦HIV, cytomegalo, EB, hepatitis
◦coccidioides, Batronella, Coxiella, toxoplasmosis, cryptococcus
◦HSV-1 IgG, Parvovirus IgG, 麻疹 IgG, 風疹IgGはいずれも陽性
・抗核抗体陰性
・C4 6mg/dLと軽度低下、C3は正常範囲内
・入院後も最大38.7度のspike feverがあり、汎血球減少症/炎症反応高値/transaminase高値は持続した
・感染症は否定的であったため、リンパ節生検が実施された
◦耳の壊死部分は表層の感染症が疑われたがmupirocinによる治療が失敗したためここも生検された
最終診断
菊池病
・上記生検結果待ちまでの間にリウマチ科にコンサルトがされ、菊池病が示唆された
◦臨床的な改善がないため、prednisoneとhydroxychloroquineが投与された
・上記により患者は即座に改善した
◦解熱し、両側壊死性耳病変も改善、血液検査所見も正常化に向かった
・リンパ節生検と耳病変の生検結果から組織球性壊死性リンパ節炎(菊池病)の診断となった
・治療から1年後も再発なく経過した
・菊池病(組織球性壊死性リンパ節炎)は疼痛を伴う頸部リンパ節腫脹と発熱を特徴とする良性疾患である
・1972年に頸部リンパ節炎の原因疾患として日本より発表された
(Acta Paediatr. 2003;92(2):261-4.)
・臨床像が類似しているためSLEやリンパ腫と誤診されることがある
◦最大40%が誤診されており、多くはリンパ腫
(J Emerg Med. 2005 Aug;29(2):151-3./Semin Diagn Pathol. 1988 Nov;5(4):329-45.)
・菊池病はあらゆる専門科からの報告があるが、救急分野からの報告は非常に少ない
◦これにより誤診と不要な治療介入がされている可能性がある
・異常なリンパ節腫脹を呈する疾患のうち、5.7%を占める
(Acta Paediatr. 2003;92(2):261-4.)
・多くは女性(男性の2倍)、平均年齢21歳
◦男性や、若年でなくとも発症の可能性はある
(Otolaryngol Head Neck Surg. 2001 Dec;125(6):651-3.)
・一般的には日本人を含めたアジア人に多い
◦ただし、あらゆる人種での報告がある
・菊池病の病因は不明
◦仮説の一つとして、ウイルス感染に対するT細胞性免疫応答であることが示唆
‣血清学的検査で多くのウイルスが陽性となることが報告
(J Emerg Med. 2005 Aug;29(2):151-3.)
・症状として最も多いのは発熱と疼痛を伴う頸部リンパ節腫脹(80%)
◦リンパ節は2-3cmほどで浸出液を伴わない
‣後頚部リンパ節が最も侵されやすく、腋窩→鎖骨上リンパ節が続く
◦倦怠感、筋肉痛、脾腫、夜間盗汗、体重減少、食欲不振などを呈することもある
◦非特異的な斑状丘疹状発疹も40%ほどで出現
(Otolaryngol Head Neck Surg. 2001 Dec;125(6):651-3./J Am Acad Dermatol. 2008 Jul;59(1):130-6.)
・本症例のように壊死を伴う耳病変はこれまでに報告がない
・血液検査異常は以下が多い
◦白血球減少症…50%
◦ESR≧60mm/hr…70%
◦transaminase上昇もよくある所見
(Acta Paediatr. 2003;92(2):261-4./J Emerg Med. 2005 Aug;29(2):151-3./Otolaryngol Head Neck Surg. 2001 Dec;125(6):651-3.)
・画像検査では壊死を伴うリンパ節腫脹を認める
(Otolaryngol Head Neck Surg. 2001 Dec;125(6):651-3.)
・確定診断はリンパ節生検による
◦菊池病自体はself-limitingだが、リンパ腫のような危険な疾患を除外する目的で必要
・抗菌薬への反応性不良かつ4週間以上持続する/感染症精査で原因が特定できない頸部リンパ節炎は生検のために紹介するべし
(Am Fam Physician. 1998 Oct 15;58(6):1313-20.)
・多くの患者が典型的には数か月で自然と改善するため支持療法でよいが、hydroxychloroquine とglucocorticoidsが効果的というエビデンスがある
(Acta Paediatr. 2003;92(2):261-4.)
菊池病は救急外来での診断が難しい疾患の1つです。
成人のリンパ節炎に対して抗菌薬を使用してみる…というのは、ネコひっかき病狙いとか歯科感染狙いとかそんな狙いがない場合にはあまりよくないかもしれません。
長引くリンパ節腫脹では生検をしてもらうために専門科紹介が好ましいです。菊池病っぽいなとは思いつつも、今回鑑別に挙がった結核やリンパ腫などを除外してもらうことが重要です。
そういえば結核でもすごいリンパ節腫脹がみられる場合がありましたね。
まとめ
・頸部リンパ節腫脹の原因として菊池病を鑑別にあげること
・発熱や頸部リンパ節腫脹を呈する患者で抗菌薬への反応性不良かつ4週間以上持続する/感染症精査で原因が特定できない頸部リンパ節炎は生検のために紹介するべし
・白血球減少症、ESR上昇、transaminase上昇が認められうる