りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

症例95:分娩翌日から頭痛を発症した40歳女性(Am J Emerg Med. 2021 Jan;39:258.e5-258.e6.)

病歴/身体所見

・40歳女性
経腟分娩の翌日から8日間にわたり周期的に出現する頭痛のためER受診
・頭痛は局在なし、突然発症ではなく髄膜刺激徴候なし、ibuprofenで改善していた
・発熱やそのほかの神経学的異常は訴えなし
・妊娠期間に特記すべき異常は指摘されておらず、子癇前症の合併もなかった
・分娩自体は問題なく進行し、硬膜外麻酔による鎮痛が行われていた
・自宅では母乳育児をしていた
 
・ER受診時点で症状は改善していた
・HR59bpm, BP107/74mmHg, RR18, SpO2 97%, 36.8℃
・身体所見は特記すべき異常を指摘できず、項部硬直なし
 

検査

・患者を子癇前症疑いとしてスクリーニングすることとした
血液検査…低Na血症(Na 119mEq/L)
・頭部CTとCXRは異常なし
・低Na血症のため内科へ入院となった
 
 
 

診断

リンパ球性下垂体炎
 
・内分泌検査と頭部MRIにて診断確定された
 ◦内分泌検査…TSH/T3/T4正常、cortisol低値、低血清浸透圧、尿中Na<10
 ◦頭部MRI…トルコ鞍の腫脹とそれによる視交叉圧迫を認めた
・hydrocortisone 100mg1日2回投与がされた
・血清Na値は正常化し、4日後に退院となった
・prednisoneを継続投与された
 
 
分娩後の頭痛では、子癇前症/硬膜外穿刺後頭痛/中心静脈洞血栓症CVTを除外するよう救急分野では指導される
(Ann Emerg Med. 2017 Jan;69(1):145-148.)
 
リンパ球性下垂体炎(自己免疫性下垂体炎)は、下垂体に炎症が出るまれな病態
(Autoimmun Rev. Apr-May 2014;13(4-5):412-6.)
 
・推定有病率は100万人あたり5人程度だが、過小評価されている可能性はある
(Clin Endocrinol (Oxf). 2010 Jul;73(1):18-21./J Clin Endocrinol Metab. 2007 Jun;92(6):2038-40.)
 
・リンパ球性下垂体炎では主に下垂体前葉が影響を受け、特に妊娠後期~分娩後の女性に多く発症する(症例の半数以上)
(Autoimmun Rev. Apr-May 2014;13(4-5):412-6.)
 
他の自己免疫性疾患と関連があり(25-50%)、特に橋本甲状腺が多い(7-8%)
(Autoimmun Rev. Apr-May 2014;13(4-5):412-6.)
 
突然死の報告もあり
(Obstet Gynecol Surv. 1986 Oct;41(10):619-21.)
 
・視力変化を起こす下垂体腫瘍とは異なり、初発症状として頭痛を呈することが多い(>50%)
(Clin Endocrinol (Oxf). 2010 Jul;73(1):18-21.)
 
・炎症が周囲構造へ波及することがある
 ◦海綿静脈洞への炎症波及で頭痛や第3/4/6脳神経麻痺による複視
(Autoimmun Rev. Apr-May 2014;13(4-5):412-6.)
 
・最も初期に発症するホルモン異常はACTH欠乏症であり、病期の進行により糖質コルチコイド欠乏症による低Na血症などが出現する
 
・リンパ球性下垂体炎は、ホルモン補充により保存的に管理される
 ◦高用量corticosteroidが第一選択で、これにより75%の症例で下垂体径が縮小し、内分泌異常が改善する
 ⇒この反応があれば診断の補助となる
(Pituitary. 2017 Apr;20(2):241-250./J Obstet Gynaecol Res. 2016 Apr;42(4):467-70.)
 
・難治性の場合には経蝶形骨洞手術が行われることもある
(Pituitary. 2017 Apr;20(2):241-250.)
 
・無治療で治癒が望めるのは3%ほどしかないので、早期診断と治療が重要になる
(J Obstet Gynaecol Res. 2016 Apr;42(4):467-70.)
 
分娩後の頭痛の鑑別にリンパ球性下垂体炎をあげ、電解質スクリーニングはしておくとよい
 
・さらに、Sheehan症候群は低血圧や分娩後出血の病歴がある患者では考慮される
 
分娩後に低Na血症を呈する疾患としてSheehan症候群が鑑別にあがる
 ◦Sheehan症候群であれば分娩時の大量出血や低血圧を伴う
(Indian J Endocrinol Metab. 2013 Nov;17(6):996-1004.)
 
 
リンパ球性下垂体炎
Sheehan症候群
地理的
先進国
他の自己免疫性疾患の合併
よくある
あまりない
分娩後出血
なくてもよい
よくある
症状発現
妊娠第3期~分娩後すぐ
分娩後数か月~数年
よくある症状
頭痛
乳汁分泌不全
 
ホルモン:異常あり
糖質コルチコイド
甲状腺
プロラクチン
ソマトスタチン
ホルモン:異常なし
ソマトスタチン
ゴナドトロピン
ゴナドトロピン
糖質コルチコイド
下垂体MRI
下垂体腫瘍
empty sella
(トルコ鞍空洞症候群)

 

分娩後の頭痛でまれだけど考えておかないといけない疾患でした。

Sheehan症候群と鑑別を要しますが、上記のような特徴があります。

 

 

今回の症例報告では画像が載ってなかったので、他から転載しときます。

 

※以下、 (Endocrinol Metab Clin North Am. 2019 Sep;48(3):583-603.)より

f:id:AppleQQ:20210212175932p:plain

リンパ球性下垂体炎。
27歳女性、妊娠5か月。眼窩後部痛で受診。
T1Wにて三角形で対称的な下垂体腫瘤を認め、注入後の造影効果あり、視交叉を圧迫している。
※A/C:T1W, B/D:造影T1W
 

f:id:AppleQQ:20210212180018p:plain

リンパ球性下垂体炎。
分娩後に頭痛を呈した褥婦。
T1Wにて低吸収、T2Wにて高吸収な対称性腫瘍を認める。造影効果を認める。視交叉を圧迫している。
※A:T1W, B:T2W, C/D:造影T1W
 
 

まとめ

・分娩後頭痛では、子癇前症/硬膜外穿刺後頭痛/中心静脈洞血栓症CVT)をまず鑑別にあげる
・分娩後頭痛の際には電解質異常をスクリーニングし、低Na血症があれば特にリンパ球性下垂体炎を疑う(ただし、初期には電解質異常が出ない)
・分娩時低血圧や大量出血があった場合にはSheehan症候群を鑑別にあげるが、リンパ球性下垂体炎と異なり発症は分娩直後ではなく数か月~数年後/症状も異なる