今回は2本立てです!
臍ヘルニアからなにか出ちゃっている症例を見てみましょう。
前回の症例の続き、のような位置づけです。
前回の臍ヘルニア症例はこれです。
肝硬変腹水による臍ヘルニアは結構悩ましいので、
ここで深堀りしてみます。
症例1
・42歳女性
・数か月の経過で腹囲が増大してきていたことに気づいていた
・内服薬:spironolactone, lactulose, furosemide
・臍からの大量の水様分泌物を主訴にER受診
・バイタルサイン:頻脈、低血圧、頻呼吸を呈していた
・両側下肢のpitting edemaを認めた
・腹部は膨満しており、全体に圧痛を認めた(筋性防御はなし)
・臍からは10cm*5cm*4cmの大網が脱出していた
◦大網は乾燥して点状出血を伴い、伸びた皮膚がくっついていた
◦大網を動かすと、茶色の液体が漏れ出てきていた
◦大網を動かさなければ腹水流出はなかった(受診1時間前に自然流出は止まった)
・超音波:腹水および肝硬変を示唆する所見を認めた
症例1の診断と経過
内臓脱出を伴う臍ヘルニア
・脱出した内臓は温生食ドレッシングがされた
・全身麻酔下で手術を受けた
・臍には1cm*1.5cmの欠損があり、そこから大網が脱出していた
・臍はメッシュ整復された
・術後5日目に、敗血症による腎障害が悪化し死亡した
症例2
・40歳男性
・アルコール性肝硬変の既往あり/意識障害や腹水貯留のため入院歴がある
・4日前から臍が徐々に大きくなり、液体が漏れ、周囲が潰瘍化してきているとしてER受診
・ぐったりしているように見えたがバイタルサインは安定していた
・診察では、臍ヘルニアからは大網が脱出しており、腹水が流出していた
症例2の診断と経過
・患者には第3世代セフェム系抗菌薬が投与され、脱出した大網は滅菌ガーゼで保護する方針となった
・患者は入院となり、2週間後に腹水貯留を改善する目的の腹腔静脈シャントと一次修復を受けた
・しかし、術後16日に死亡した
症例の解説
・臍ヘルニアは大きく先天性/後天性に分類される
◦先天性…臍帯の瘢痕組織と臍輪の癒着が不十分なために発症
‣合併症発症率は低く、選択的修復はしばしば経過観察を経てからになる
‣内臓脱出はまれ
‣外科的修復により良好な予後
◦後天性…先天性より多く、臍輪の脆弱性進行のため発症する
‣妊娠や腹水による腹壁の伸展により発症リスクが高まる
‣腹水存在下での臍ヘルニア発症率は20%ほど
‣その他には病的肥満や長引く分娩、腹腔内腫瘍など
(Pediatr Surg Int. 2006 Jun;22(6):567-9./Pediatr Surg Int. 2012 May;28(5):467-70./Surgery. 2011 Sep;150(3):542-6.)
・臍ヘルニアから内臓脱出を呈することはあまり多くない
◦1901年に初めて症例報告された
‣大網が切除されヘルニア修復され、患者は生存した
◦1960年代にはこの一連の症例をFlood syndromeと呼ばれるようになった
(N Engl J Med. 1961 Jan 12;264:72-4.)
・発症様式として緩徐発症/急性発症パターンがある
◦緩徐発症…内圧上昇による段階的な皮膚損傷や潰瘍形成による
◦急性発症…咳や腹圧を上げるような動作による
(World J Gastrointest Surg. 2016 Jul 27;8(7):476-82./ Spontaneous evisceration of bowel through an umbilical hernia in a patient with refractory ascites | Journal of Surgical Case Reports | Oxford Academic (oup.com))
・通常、脱出する内臓は小腸または大網
◦まれに膀胱なども脱出することがある
(Hernia. 2008 Jun;12(3):317-9.)
・臍ヘルニアからの内臓脱出により腹膜炎/腸閉塞/絞扼/ショックなどのリスクが高まる
・難治性肝性腹水による臍ヘルニア予防方法は以下
◦低タンパク血症の補正
◦利尿薬投与
◦腹水ドレナージ
・ひとたび臍ヘルニアを発症すると、腹水のコントロールは必要だが必ずしも望ましいとは限らない
◦経頸静脈肝内門脈大循環短絡術または腹腔静脈シャントなども含む対応
‣特に肝移植を待つ場合には有効で、肝移植の際に臍ヘルニア修復を行うことも選択肢
◦腹腔静脈シャントでは腸閉塞のリスクになる
(Am J Med Sci. 2011 Mar;341(3):222-6./World J Gastrointest Surg. 2016 Jul 27;8(7):476-82./Semin Liver Dis. 1997;17(3):219-26./Surgery. 2007 Sep;142(3):372-5./J Chir (Paris). 2002 Jun;139(3):135-40./Semin Intervent Radiol. 2015 Jun;32(2):123-32.)
・最近の研究では、保存的加療よりは選択的に臍ヘルニア修復を行う方が良好な予後であることが示されてきている
◦腹腔鏡下整復をしている報告もある
(Surgery. 2011 Sep;150(3):542-6./Dig Liver Dis. 2011 Dec;43(12):991-5./Surg Laparosc Endosc Percutan Tech. 2006 Oct;16(5):330-3./Ann Surg Treat Res. 2015 Aug;89(2):87-91.)
・ただし、選択的修復の禁忌は以下の患者(かなり厳しい禁忌事項…)
◦年齢>65歳
◦MELD score>15
◦Alb<3g/dL
(Arch Surg. 2012 Sep;147(9):864-9.)
・慢性腹水/肝不全においては、緊急手術はさらなる肝不全/敗血症/死亡などのリスクになりうる
◦内臓脱出や破裂/絞扼などを伴う臍ヘルニア整復術による死亡率は14%
◦内臓脱出だけの症例に絞れば死亡率は30%に達する
(Ann Surg. 1983 Jul;198(1):30-4./Am J Gastroenterol. 1995 Feb;90(2):310-2./Minerva Chir. 2003 Aug;58(4):541-4.)
・ほとんどの場合で、手術的な修復を要する
◦緊急手術の適応になることもあり、絞扼/閉塞/内臓脱出などの合併では考慮される
でも、結局死亡率は高いんだよなぁ。
1例目は緊急手術、2例目は病態の整理をしてから待機的手術をしたがいずれも死亡しています。
肝硬変による腹水合併症の一つですが、定まった治療法はなく、戦い方が難しい分野だと思います。
まとめ
・臍ヘルニアは肝硬変に伴う腹水により発症することが多い
・臍ヘルニアからの内臓脱出はまれな合併症であるが、合併症発症率や死亡率が高い
・対応方法としては、患者の腹水をコントロールしてからの外科的修復が最善と考えられている
◦ただし、救急の場合にはさまざまな因子が絡むため患者毎に対応を考えること
・重度の脳症や循環動態不良などがある場合には外科的介入の前にそれらを安定化させること
(Ann Surg. 1983 Jul;198(1):30-4.)
・過剰輸液は食道静脈瘤破裂などの原因にもなるため、CVPや血圧を注意深く観察する
◦外傷の戦略のようにpermissive hypotension戦略は妥当かもしれない