りんごの街の救急医

青森県弘前市の救急科専門医による日々の学習のまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

review:低血糖補正はブドウ糖が先か、チアミン(ビタミンB1)が先か?

意識障害やけいれんの際に、まず第一に低血糖を除外することは重要です。

ブドウ糖投与により即座に状態が改善しますし、逆に治療されないと不可逆的な脳症を発症しうる可能性があるからです。

 

さて、研修医に質問されました。

「教科書にはブドウ糖投与に先立ってチアミン投与を行うことが推奨されていますが、あれって絶対必要ですか?」

 

絶対かは知らんケド、どっかでどちらが先でもまあいいよ的なことが書いてあったような気がするため、少し調べてみました。

 

 

ブドウ糖チアミンの生理学

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J Emerg Med. 2012 Apr;42(4):488-94. )
 
グルコース代謝に関与するピルビン酸脱水素酵素PDH:pyruvate dehydrogenase)とα-ケトグルタル酸脱水素酵素α-KGDH:α-ketoglutarate dehydrogenase)はチアミン依存性酵素である
 
チアミン欠乏によりPDHとα-KGDHの活性が低下してATPの合成が低下するとともに、中間体である乳酸が蓄積されることになる
 
・上記回路にグルコースが投入されると回路がまわり、貯蔵されているチアミンが全て消費されることでWEが誘発されるのではないかと懸念されている
 

なるほど、、、生理学的には納得です。

グルコースが投与されると回路が回って最終的にATPが産生されます。その回路を回すために必要なPDHやα-KGDHといった酵素チアミン依存性なので、回路を回すことでチアミンが消費されてしまいます。それによってチアミンがすっからかんになってしまってWE発症、さらにATPが産生低下したり、中間産物である乳酸が増えてしまったりで細胞レベルでみるとあまりよいことは起こっていないようです。

 

ブドウ糖が先」だとWEを発症するという根拠

結論から言うと、実はあまり根拠がありません。
 
なにを根拠に、ブドウ糖に先立ってチアミン投与をしないとWEを発症する、と言われるようになったのでしょうか?
 
ここにはRCT/コホート研究/症例対照研究は存在せず、
症例報告や動物実験を根拠に叫ばれるようになったようです。
 
(2012年時点の話ですが)literature reviewを行うと、expert opinion:2件/症例報告:13件/動物モデル:4件がヒットしたそうです。
J Emerg Med. 2012 Apr;42(4):488-94.)
 
これを紐解いていくと概ね以下のような論文だったようです。
 

症例報告/case series

チアミン欠乏症患者におけるグルコース負荷とWE発症との関連性を主張する際に最も引用される文献として1981年にWatsonらに発表された4症例のcase seriesがあります。
Ir J Med Sci. 1981 Oct;150(10):301-3.)
 
そこに記載されている4症例を見てみます。
 
➀27歳女性:胃炎による食欲不振
 …24時間かけて5%ブドウ糖液3Lが投与されWE発症
 
②79歳女性:腸閉塞による敗血症と食欲不振
 …5%ブドウ糖液2Lが投与されWEを発症
 
③45歳女性:末期腎不全で食欲不振あり
 …高張ブドウ糖液を用いて腹膜透析を開始した48時間後にWEを発症
 
④36歳男性:事故によるミオグロビン尿性腎不全発症して透析
 …5日後に20%ブドウ糖液投与中にWEの症状出現
 
 
あ~、こういったことから入院患者に漫然と3号液だけを入れちゃいけないよ、ビタミンも補充しないさいよ、と研修医時代に教えられたんですね。
(ビタミン入れていても漫然と3号液投与はダメです)
 
 
でも、上記症例は今回の命題とはずれています。
いずれもブドウ糖液を急速静注した症例ではなく、ゆっくりブドウ糖液が投与された結果によるものでした。
これらがもとになっていろいろ派生されて、「絶対にチアミンが先」説が出てきたと考えられます。
 
 

動物実験

動物実験では、チアミン欠乏ラットのブドウ糖急速負荷後の脳の変化が報告されている
Brain Res. 1998 Apr 27;791(1-2):347-51./Metab Brain Dis. 1999 Mar;14(1):1-20.)

 

ただし、チアミン投与前のブドウ糖急速投与がWEを誘発するというヒトでの明確な根拠はありません。

 

結局どうなんよ…?

・結局、上記の症例報告やcase series、動物実験を超える根拠はないし、WEを発症した状況が異なっている
臨床研究の不足によりチアミン投与がどのくらい遅れるとWEが悪化または発症するかについては正確な期間がわかっていない。ただし、生理学的にチアミンを先行投与することに有益性がありそうで、それをやらない研究をすることは倫理的な問題もあるために今後も判然としない可能性がある
・少なくともチアミンを添加せずにブドウ糖を長期間投与することはWEの発症または悪化のリスク因子となることは確かなよう
・(結論は出ないが…)低血糖への対応が遅れる可能性を考慮し、ブドウ糖投与をした後に速やかに(栄養失調の可能性がある患者には)チアミン補給することも提案されている

J Emerg Med. 2012 Apr;42(4):488-94.)

 

個人的な意見

個人的にもまずは低血糖の補正を先行させていいと思います。

現場によると思いますが混雑したERにおいては、指令が1つだけなのと2つ以上あるとではだいぶその達成度と達成されるまでにかかる時間が変わってきます。

なので、最重要である血糖補正をまず第一に行ってしまい、栄養失調がありそうであれば遅れても可及的速やかにチアミン補充をしておくのが現実的なのかなと思います。