りんごの街の救急医

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SGLT2阻害薬によるDKA(BMJ. 2020 Nov 12;371:m4147.)

 
SGLT2阻害薬は、DKAを引き起こすことが知られています。
 
DKA自体はまれではありますが、致命的な疾患なので見逃せません。
 
FDAとEMA(欧州医薬品庁)からは、SGLT2阻害薬によるDKAの「非典型的な」臨床像について警告が出ています。
 
特にSGLT2阻害薬使用中には、高血糖を認めないタイプのDKA…euglycarmic ketoacidosis(<250mg/dL)を発症することがあります。
 
 
今回はこれについてBMJを基に解説します!
 
Musso G et al. Diabetic ketoacidosis with SGLT2 inhibitors.
BMJ. 2020 Nov 12;371:m4147.
PMID: 33184044
 

 

症例提示

・45歳女性
2型糖尿病に対してmetforminとinsulinが処方されている
 ◦血糖コントロール改善目的で6週間前からcanagliflozinが開始された
  ※canagliflozin…カナグルとか。SGLT2阻害薬の1つ。
 ◦1週間前からinsulin投与量が半量になっ
・2日前からの全身倦怠感/息切れ/嘔気のため受診
・傾眠、呼吸回数28/minで大呼吸
血糖値は144mg/dL
・血液検査ではアニオンギャップ開大型代謝性アシドーシスを認めた
 ◦pH7.18, HCO3- 14mmol/L, AG23mmol/L
・尿検査でケトン体3+
 

SGLT2阻害薬とはなにか?

・血糖コントロールのために、metformin, sulfonylurea,  insulinなどと併用され、第2-3選択薬として使用されている
 ◦2016年の英国では第2選択薬の14%、第3選択薬の27%を占めていた
 
・2019年の米国および欧州でのconsensus guidelineでは、2型糖尿病かつ心臓血管疾患やCKDがある患者への使用がさらに推奨されている
 
・欧州や日本では、血糖コントロールを改善するためのインスリン補助役として承認されているSGLT2阻害薬はほとんどない
 
FDAは、1型糖尿病に対するSGLT2阻害薬使用はDKAのリスクが高いことから使用を推奨していない
 
DKA発症の機序は以下のようになる

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・SGLT2阻害薬は膵島α細胞のSGLT2を阻害し、glucagon分泌を直接刺激
 →内因性グルコース産生/ケトン産生/脂肪酸分解が促進される
・腎臓ではSGLT2阻害によりケトン再吸収を促進
腎臓→尿中からのブドウ糖排泄を促進することで血糖値を低下させる
・尿糖が増加し血糖値が下がることでインスリン分泌が減少
 ◦インスリン:グルカゴン比が減少
 →肝臓でのケトン産生/遊離脂肪酸分解が阻害されなくなる
・尿糖による浸透圧利尿で脱水が誘発され、glucagon, cortisol, adrenalineが分泌されさらに脂肪酸分解とケトン産生が進行する
 

どのような症状が出現するか?

DKAの症状として以下が認められる
 ◦過度の口渇/頻尿
 ◦脱水
 ◦嘔気/嘔吐
 ◦腹痛
 ◦息切れ
 ◦全身倦怠感/めまい/失神など
 
DKAは典型的には高血糖があることが特徴ではあるが、SGLT2阻害薬内服中では1/3以上の割合で高血糖がない(<250mg/dL)が認められる…euglycaemic diabetic ketoacidosis
 
高血糖ではないことと、高血糖による浸透圧利尿が軽度であることから診断が遅れる可能性がある
バイタルサインで重要なのは、(症例提示でもありますが)
「深く速い呼吸」です。
これを見たら、代謝性アシドーシスの存在を考えてDKAを鑑別にあげての対応を要します。
 
 

どんな人で発症しやすいか?

 
1型糖尿病患者でのDKA頻度が相対的に高い
 ◦SGLT2阻害薬の観察研究によれば、、、
  ‣1型糖尿病…7.3 events/1000 patients-years
  ‣2型糖尿病…1.3-8.8 events/1000-years
 
・特に治療開始から最初の数か月でリスクが高くなる
 ◦DKAイベントの76.8-85.2%が、SGLT2阻害薬開始から180日以内に発症している
 
・WHO pharmacovigilance databaseによると、487症例のDKAの解析でSGLT2阻害薬は他の血糖降下薬に比較してより発症頻度が高かったことが報告された
 ◦OR 15.5 (95% CI 12.8-18.7)
 
・13RCTのmeta-analysis(5397人)では以下が報告
 ◦1型糖尿病でリスクが高い…RR 4.49, 95% CI 2.88-6.99
 ◦高用量の使用は低用量に比較して4.9倍リスクが高い
 
・sotagliflozinはplaceboと比較して、1型糖尿病への使用DKAリスクが高まる(RR3.93, 95% CI 1.94-7.96 )
HbA1cが高値であるほどDKAリスクが高まり、基礎インスリン減量によりDKAリスクが増大する
 
・39RCTを含むsystematic review&meta-analysis(60580人)では、SGLT2阻害薬使用はplaceboまたは他の血糖降下薬に比較してDKAリスクを高めることも報告
 ◦RR2.13, 95% CI 1.38-3.27
 ◦3 events/1000 patient-years
 
SGLT2阻害薬使用中にDKAを発症した患者の2/3以上が、以下に示す素因や誘発因子を持っていた
DKAを発症しやすい素因
・ケトン体測定に協力的でない
・過度のアルコール使用や違法薬物使用
・低炭水化物食やケトン食療法
・妊娠
DKAの既往
・不適切なインスリン投与量の削減
・SGLT2阻害薬投与量が多い
インスリンポンプの使用
・遅発性自己免疫性糖尿病(LADA)
誘発因子
・嘔吐  ・体重減少/脱水症
・あらゆる種類の急性感染症もしくは疾病
・手術または急性疾患による入院
・急速な体重減少や脱水症
・激しいまたは長時間の運動
インスリンポンプまたは注入部位の異常
インスリン療法のレジメン変更

 

どのように診断するか?

血糖値に関係なく代謝性アシドーシスの徴候や症状を持つ患者を検査すること
 ◦血中ケトン体上昇…βヒドロキシ酪酸≧3mmol/Lまたは尿中ケトン体2+以上
 ※血中ケトン測定が推奨されます
 ◦アシドーシス…HCO3-<15mmol/L±pH<7.3
 
ケトアシドーシスと診断されれば、その原因として考えられるeuglycaemic ketoacidosis以外の原因を除外する
妊娠
女性には妊娠反応検査を実施する
飢餓/アルコール多飲
体重減少や経口摂取量低下の病歴を聴取
コカイン使用
尿中薬物検査を実施する
敗血症
感染徴候がないか検索する
遺伝性疾患、家族歴
慢性進行性肝疾患
臨床診断、血液検査により検索

 

代謝性アシドーシスがあるときにケトアシドーシスを考えてケトン体測定を忘れずに!

特に、尿ではそもそも感度が低いので血中濃度測定推奨です。

 

当院救急外来にはベッドサイドでケトン体測定ができる機器が常備されています。

血糖値と同じように迅速に測定できるのでオススメです。

 

ケトンについて補足

ケトン体とは、
アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンを指します。
 
3種類ありますが、尿検査ではβヒドロキシ酪酸を測定できません。
DKAの時に上昇してくるケトン体はβヒドロキシ酪酸なので、尿検査だけだと見逃しが生じる可能性がありっます。
 
・通常の尿検査試験…アセト酢酸>アセトンで感度良好であり、βヒドロキシ酪酸は検出できない
尿検査でケトン陰性は33%(6例/18例)(Endocr Res. 2004 Aug;30(3):395-402.)
→尿検査でもしもケトン体陽性であれば診断に繋げてもよい(Diabetes Care. 2009 Jul;32(7):1335-43.)
尿中ケトンは治療初期には陰性であることもある
 
重症DKAではβヒドロキシ酪酸:アセト酢酸=6:1
(NADH濃度上昇によりβヒドロキシ酪酸濃度上昇)
通常の尿検査では特定できない!
血清βヒドロキシ酪酸は感度98%/特異度79%/陽性的中率34%(cutoff 1.5mmol/L)(Diabetes Care. 2011 Apr;34(4):852-4.)
ケトン血症を証明するのはβヒドロキシ酪酸がgold standard。
 

どのように治療するか?

DKAと診断されれば、SGLT2阻害薬を即座に中止すること
 
prehospitalでの治療方法として推奨されるプロトコールは以下の2つ
 ◦STICH protocol
 ◦STOP diabetic ketoacidosis protocol

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大雑把にまとめると、、、
「SGLT2阻害薬の使用を中止して、炭水化物とりながらインスリン投与量を増やせ」
というプロトコール
ケトン上がってきたら病院に来なさいと話す方がよいような…。
 
病院内ではDKAガイドラインに従って治療する
 ◦等張液輸液、電解質補正、インスリン投与が主な治療
 ◦euDKAでは低血糖を避けるために早期から糖含有液を使用する
  ‣血糖値は150-250mg/dLで保持
 
Diabetes Care 2009;32:1164-1169.ではDKAの治療は以下のように推奨されています。

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インスリンは0.1U/kg持続投与でよいようです。0.14U/kg bolusは不要です。
 
 
DKAの治療目標は、輸液による脱水補正ととケトアシドーシスの補正になります。
高血糖は6時間、ケトアシドーシスは12時間以内の補正を目指す
→血糖値200mg/dL以下になったらケトアシドーシス補正継続と低血糖予防のために糖を負荷する
ケトアシドーシスが改善されるまではインスリン静注をやめないこと!
 
そもそも血糖値が高くないので、治療初期から糖含有液を使用するところが、普段の高血糖を伴うDKAへの戦い方と異なるところです。
 
 

リスクを最小限にするためにできること

・上記で示したSGLT2阻害薬使用によりDKAリスクがある患者への処方を避ける
 
・治療開始前にDKAリスクについて患者説明する
 
・ケトン体自己測定の時期と方法、ケトーシスになったときの対応方法を説明する
 
・SGLT2阻害薬は低用量から開始する
 
・症状に関係なく、処方開始から数週間は定期的にケトン測定を行うこと
 ◦これができない患者ではSGLT2阻害薬処方を避けること
 ◦もしケトン上昇があれば内服を中止してすぐに医師に相談する
 
インスリン投与量の減量を避け、インスリン投与量の変更があるたびにケトンを測定する
 
重篤な急性疾患治療中や予定手術の少なくとも3日前はSGLT2阻害薬を中止する 
 
 

まとめ

・SGLT2阻害薬は比較的新しい糖尿病治療薬だが、特に1型糖尿病やリスク因子を持つ患者ではDKAのリスクが増大する
・血糖値は基準値内~軽度上昇程度にとどまることがあり、euglycarmic ketoacidosisと呼ばれ、診断の遅れにつながる
・SGLT2阻害薬内服している患者で、ケトアシドーシスの症状や増悪因子を持つ場合には患者のケトンをチェックする
・治療はおおむねガイドライン準拠でよいが、より早い段階から糖含有液投与を要する