褐色細胞腫クリーゼを3つの病型に分けて、
それぞれに対応しそうな症例報告を3本並べてみてみようと思います。
というのも、教科書的には「高血圧で暴れる病気」という顔で覚えている先生が多いと思うのですが、実際の症例を見てみると、
高血圧で来る人もいれば、
心筋炎を疑われて来る人、
はては敗血症性ショックにしか見えない多臓器不全で来る人もいたりします。
Great mimickerと呼ばれるゆえんですね。
同じ腫瘍が、こんなにも違う顔で救急外来に現れるのかと改めて勉強になりました。
そこで本記事では、まず性格の異なる3症例を提示し、そのあとで総論として診断・治療のpitfallをまとめてみます。
- はじめに:そもそも褐色細胞腫クリーゼとは
- 症例1:高血圧クリーゼ型 ― 文字どおり高血圧で暴れるタイプ(Cureus. 2021;13(3):e13683.)
- 症例2:心筋障害型 ― 心筋炎にしか見えないタイプ(J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71.)
- 症例3:PMC型 ― 敗血症・多臓器不全にしか見えないタイプ(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)
- 総論:3つの顔をどう整理するか
- なぜ同じ腫瘍が高血圧にも低血圧にもなるのか
- 誘因 ― 何がクリーゼの引き金を引くのか
- 診断のpitfall
- 治療のpitfall
- 予後
- まとめ
- 参考資料
はじめに:そもそも褐色細胞腫クリーゼとは
カテコラミン誘発性高血圧クリーゼ(catecholamine-induced hypertensive crisis:CIHクリーゼ)は、血圧180/120 mmHg以上となる状態と定義されます。
その背景に褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PPGL)がある場合、腫瘍からのカテコールアミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)の過剰放出によるアドレナリン受容体刺激が病態の本態になります。
PPGLは膨大な量のカテコラミンを貯蔵しており、ひとたび放出されると血漿カテコラミンが約1000倍に上昇しうるとされます(Lancet Diabetes Endocrinol. 2023;11:942-954.)。
この「貯金箱」が一気に弾けるイメージを持っておくと、後の話が腑に落ちやすいと思います。
頻度の話をしておくと、PPGL患者の7〜17%がCIHクリーゼを呈するとされ、褐色細胞腫患者でみても約7〜18%がクリーゼを呈すると報告されています。
日本内分泌学会のガイドラインでは、高血圧クリーゼの発生率は3〜11%、死亡率は約15%とされています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
決してありふれた病態ではありませんが、見逃すと致死的になりうるという位置づけです。
ここで早めに強調しておきたいpitfallが1つあります。
「高血圧クリーゼ」という範疇の疾患なのに、低血圧・ショックで来ることがあるという点です。
クリーゼの治療経過中に23〜30%もの患者が低血圧やショックを発症すると報告されています(Lancet Diabetes Endocrinol. 2023;11:942-954.)。
今回提示する3症例のうち2例は、まさに低血圧・ショックで来院しています。
「血圧の高い病気」という固定観念こそが、この疾患最大の落とし穴かもしれません。
症例1:高血圧クリーゼ型 ― 文字どおり高血圧で暴れるタイプ(Cureus. 2021;13(3):e13683.)
1例目は、いちばん教科書的な「高血圧クリーゼ型」です。
病歴/身体所見
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健康な30歳男性
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起床時に突然の心窩部痛・悪心・複数回の嘔吐で救急外来を受診
-
来院時に動悸・呼吸困難・起座呼吸を自覚
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甲状腺疾患の既往や薬物(覚醒剤など)の使用は否定
-
バイタル:HR 139bpm、BP 208/161mmHg、RR 30、SpO2 86%(室内気)、体温 約37.1℃(98.8°F)
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身体所見:明らかな呼吸窮迫。ベッドサイドエコーでびまん性Bラインとhyperdynamicな心筋
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ECG:洞性頻脈
検査
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画像:CTで6.5cmの左副腎腫瘤、両側多発区域性肺塞栓+肺梗塞
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血液検査:血糖 489mg/dL、pH 7.2、anion gap 22、フィブリノゲン 60mg/dL、PT 24.4秒、PTT 104秒、INR 2.2、Dダイマー >20µg/L
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トロポニン 0.059ng/mL、BNP 869pg/mL、乳酸 6.2mmol/L、Cre 1.84mg/dL、AST 78IU/L、ALT 69IU/L
-
TSH 2.67mIU/L・FT4 1.31ng/dL(いずれも正常)

高血圧緊急症+SCAPEという像が前面に出ていますが、
よく見ると著明な高血糖(DKA疑い:ケトン体については記載がないけど)・凝固障害(DIC疑い)・肺塞栓まで合併しています。
若くて健康だった人が、ある朝突然この状態で運ばれてくるわけです。
初期診断と経過
当初は高血圧緊急症+SCAPEとしてニカルジピン・ニトログリセリンの点滴で治療が開始されましたが、患者は不穏・低酸素が増悪し挿管に至りました。
その後、褐色細胞腫クリーゼを疑ってフェントラミン1mgを静注したところ、約15分間にわたり血圧が正常化し、先行して使っていたニカルジピン・ニトログリセリンより明らかに有効だったと記載されています。
この反応性をもとにフェントラミン点滴4mg/時が開始されました。
ここがこの症例のいちばん印象的なところですが、「普通の降圧薬が効かないのにフェントラミンだけがスパッと効く」という反応そのものが、褐色細胞腫を疑う強力な手がかりになっています。
後の総論でも触れますが、α遮断への著明な降圧反応は診断のヒントになるんですね。
その後、肺塞栓に対してヘパリンが開始されましたが、ICUで突然の低血圧をきたし、腹腔内free fluidを確認、CTで腫瘍被膜出血が判明しました。
緊急開腹副腎摘出+大量輸血が行われ、14日後に生存退院しています。
症例2:心筋障害型 ― 心筋炎にしか見えないタイプ(J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71.)
富山大学からの報告で、Impella(経皮的左室補助装置)を用いた症例です。
病歴/身体所見
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既往のない51歳男性。高血圧・腎機能障害の既往なし
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胸痛・安静時呼吸困難・発熱(38℃)で前医に入院
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前医所見:SpO2 70%(室内気)、BP 116/92mmHg、HR 120bpm
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ECGでST上昇、経胸壁心エコーでLVEF 27%・びまん性高度hypokinesis
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急性心筋炎を鑑別に挙げ、挿管・ドブタミン開始のうえ転院
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検査
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転院時:BP 74/51mmHg、HR 141bpm、SpO2 84%(FiO2 80%)、ドブタミン投与下
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トロポニンI 57,865pg/mL(>26.2)、トロポニンT 9.42ng/mL(>0.014)、Cre 2.98mg/dL、AST 1252U/L、CK 992U/L、乳酸 12.4mmol/L
-
WBC 13,390/mm³、CRP 8.62mg/dL、プロカルシトニン >100ng/mL、SARS-CoV-2 PCR陰性
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ECG:洞性頻脈HR141、aVL・aVR・V1-3でST上昇
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緊急CAG:有意狭窄なし。右室心内膜生検:心筋炎の所見なし
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CT:両側肺浸潤・肺水腫、左副腎4.5cm結節(褐色細胞腫を強く示唆)

注目したいのは検査の流れです。
ST上昇+トロポニン著増+LVEF低下+炎症反応高値(CRP・プロカルシトニン上昇)で、「劇症型心筋炎」あるいは「敗血症」を考える状況です。
ところが緊急CAGで冠動脈はきれい、心内膜生検でも心筋炎の所見がない。
ここで「あれ、おかしいぞ」となり、CTで左副腎結節が見つかって褐色細胞腫が浮上するという流れになっています。
診断と経過
診断はカテコラミン誘発性心筋症(catecholamine-induced cardiomyopathy)を伴う褐色細胞腫クリーゼでした。
治療経過がこの症例の白眉です。
Impella CPを導入し、敗血症疑いでメロペネム+持続血液濾過透析を併用しました。
MAPが110mmHgへ上昇し脈圧が17mmHgまで低下した局面では、ニトログリセリン・ニカルジピンでMAP 98mmHgまで下げています。
注目すべきは、massiveな肺水腫があったためVA-ECMOは「後負荷を増やす」という理由で導入せず、Impellaを選択した点です。
そのうえでフェントラミン静注+輸液を行ったところ、血圧と乳酸が落ち着きました。
その後、day5でImpella離脱、ノルアドレナリン・ドブタミンもそれぞれday5・day6で離脱。ドキサゾシン・カルベジロールを開始し、day10に人工呼吸を離脱しています。
確定診断は、強心薬を完全に中止したうえで採取した血清ノルアドレナリン 5.22ng/mL(正常0.10–0.50)、尿VMA 57.1mg/gCre(正常2.10–5.00)、尿メタネフリン 2.45mg/day(正常0.04–0.2)といずれも著明高値で、MIBGシンチでday11に左副腎集積を確認。day18に左副腎摘出を行い病理で確定し、day42に独歩退院(LVEF 60%)しています。
「強心薬を完全に中止してから採血した」という一文がさらっと書かれていますが、これは後で述べる生化学診断のpitfallに直結する地味に大事なポイントです。
症例3:PMC型 ― 敗血症・多臓器不全にしか見えないタイプ(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)
3例目は、原因不明のショック+多臓器不全で来院した「PMC(褐色細胞腫多臓器クリーゼ)型」です。
病歴/身体所見
- 既往のない40歳男性。急性呼吸窮迫で受診
- 前駆症状なし。動悸・発汗・体重減少もなし
- 当日飲酒後に複数回嘔吐し受診
- 来院時:RR 40、HR 140bpm、BP 79/61mmHg、体温37.5℃、SpO2 80%(室内気)
- 両肺crepitation、四肢冷感
- ECG:洞性頻脈、虚血性変化なし。CXR:肺うっ血
動悸・発汗・体重減少といった褐色細胞腫の「らしい」症状がまったくないこと、そして低血圧(79/61)で来ていることに注目してください。
症例1とは正反対の血圧です。
検査と経過
- I型呼吸不全として挿管→血圧低下持続のためノルアドレナリン+ドブタミン併用
- エコーでLVEF 25%・RWMA、トロポニンT 5744ng/L(正常≤29)、NT-proBNP 14,472pg/mL(正常≤99)
- 静脈血ガス pH7.240、BE -5.0、HCO3 22.7、乳酸 9.6mmol/L
- 緊急CAG正常→IABP挿入→急性腎不全・乏尿・高度アシドーシスでCRRT開始
- day3:IABP・全昇圧薬を離脱。CMRでLVEF 35%・reverse Takotsuboパターン
- WBC 35.7×10⁹/L、CRP 146mg/L、ALT 511U/L、AST 456U/L(強い炎症反応+肝逸脱酵素上昇)
炎症反応高値・多臓器不全・ショックという、敗血症かなぁ???という状況です。
腹部CTを「腹腔内感染源を除外する目的で」撮ったところ、偶発的に左副腎腫瘤が見つかります。
専用プロトコルで2.7×2.2cm、非造影41HU・門脈相81HU・遅延相66HU、absolute washout 41%・relative washout 18%でindeterminate(確定的でない)と判定されました。
生化学では血漿遊離メタネフリン 2.98nmol/L(正常<0.33)、ノルメタネフリン 1.32nmol/L(正常<0.71)、24時間尿エピネフリン 1603nmol/day(正常3–109)、ノルエピネフリン 653nmol/day(正常89–473)と上昇し、アドレナリン優位の生化学表現型でした。
診断と治療経過
診断はPMC(褐色細胞腫多臓器クリーゼ)に続発した心原性ショック・ストレス心筋症です。
治療調整の場面が、多職種連携の難しさをよく表しています。
内分泌科からは静注フェントラミン+エスモロール+高ナトリウム食(>5g/day)が提案されましたが、循環器科は「dual inotropeをやっと離脱したばかりの患者に静注降圧薬を始めること」「重度にLVEFが低下した心不全患者に食塩を処方すること」への懸念を示しました。
妥協案として、血行動態モニタ下で経口α遮断薬(フェノキシベンザミン)を漸増し、続いてビソプロロール(HR<80目標)を開始しています。
一般病棟で単形性VTの短い連発が出ましたが、β遮断のup-titrationで保存的に対応し、day23に3剤(フェノキシベンザミン・ビソプロロール・アムロジピン)+食塩錠で退院。
その後LVEF 53%まで回復、⁶⁸Ga-DOTATATEで活動性褐色細胞腫を確認(転移・多発なし)、初回提示2ヶ月後に待機的腹腔鏡下左副腎摘出を行い、術後day3に降圧薬なしで退院しています。
「降圧をどこまで・いつから攻めるか」で内分泌と循環器の見解がぶつかることもあるんですね。これはどちらが正しいという話ではなく、競合する治療優先順位を擦り合わせるという、この疾患の本質的な難しさそのものだと思います。臨床現場での判断は症例ごとに異なり、専門医間の合議が欠かせない領域です。
総論:3つの顔をどう整理するか
3症例を並べてみると、同じ褐色細胞腫クリーゼでも来院時の「顔」がまったく違うことがわかります。整理のために、ここまでの病型と、文献上の分類を対応させてみます。
| 本記事の病型 | 来院時の血圧 | 初診で疑われやすい病態 | 文献上の位置づけ |
|---|---|---|---|
| ① 高血圧クリーゼ型(症例1) | 著明高血圧(208/161) | 高血圧緊急症・SCAPE | Type A |
| ② 心筋障害型(症例2) | 低血圧(74/51) | 劇症型心筋炎・敗血症 | Type B/PMCに近い |
| ③ PMC型(症例3) | 低血圧(79/61) | 敗血症・多臓器不全 | PMC |
文献上の分類を補足しておきます。
Whitelawらの分類では、
Type Aは血行動態不安定+多臓器不全を伴うもの
Type Bは持続的低血圧を伴うもので、Type Bは最大28%の死亡率と関連するとされています(Cureus. 2021;13(3):e13683./J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.)。
そしてPMC(褐色細胞腫多臓器クリーゼ:pheochromocytoma multisystem crisis)は、変動の激しい高血圧/低血圧、2つ以上の臓器を含む多臓器不全(心不全・呼吸不全・肝不全・腎不全など)、高熱、脳症を伴う病態と定義されます(J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328./Cureus. 2021;13(3):e13683.)。
PMCは褐色細胞腫クリーゼの19.0%を占めると報告されています(J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.)。日本内分泌学会のガイドラインでも、血漿量減少を背景に多臓器不全(胸水・肝不全・腎不全など)をきたす病態をPCC multisystem crisis(PMC)としています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
ここで押さえておきたいのは、これらの病型はきれいに分かれるものではなく、連続的に移り変わりうるということです。
症例1のように、高血圧で来た人が経過中に被膜出血で低血圧へ転落するというパターンもありえます。
同じ腫瘍、同じカテコラミンが、刺激のされ方や受容体の効き方しだいで、高血圧にも低血圧にも振れる「連続性」こそが、この疾患を一枚岩で理解できない理由なのだと思います。
なお、診断基準の話には大きな限界があります。
褐色細胞腫クリーゼおよびPMCについては、国際的に統一され検証された診断基準が存在しません。そのため研究・報告ごとに患者選択にばらつきがあり、出版バイアスの影響も避けられません(J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.)。
今回の3症例も「報告されるだけの劇的さがあった症例」である点は、頭の隅に置いておくべきでしょう。
なぜ同じ腫瘍が高血圧にも低血圧にもなるのか
病態の整理として、生化学表現型と受容体の話を少しだけ。
報告によれば、アドレナリン優位の腫瘍(β刺激が優位)は、発作性の高血圧・頻脈を起こしやすく、過剰なβ2刺激によってたこつぼ様心筋症や低血圧を生じることがあります。
一方、ノルアドレナリン優位の腫瘍(α1刺激が優位)は、持続性の高血圧・冠攣縮・心筋梗塞・肺水腫・大動脈解離といった像をとりやすいとされます(Lancet Diabetes Endocrinol. 2023;11:942-954.)。
症例3はまさにアドレナリン優位の表現型で、reverse Takotsuboパターンと低血圧をきたしていました。
アドレナリン優位=必ずしも高血圧ではなく、むしろβ2を介して血圧が落ちうるという点が、直感に反していて面白いところです。
「アドレナリンの腫瘍だから血圧が上がるはず」という思い込みが、低血圧型を見逃す一因になりかねません。
誘因 ― 何がクリーゼの引き金を引くのか
高血圧クリーゼは経過中のさまざまな引き金で起こりえます。
日本内分泌学会ガイドラインでは、誘因が以下のように整理されています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
- 日常生活のトリガー:前かがみの姿勢、運動、腹部の打撲、過食、チラミンを多く含む食品(熟成チーズ・赤ワインなど)、飲酒、くしゃみ、排尿、排便、ストレス、喫煙、妊娠
- 手技・検査:腹部触診、注腸検査、腫瘍生検、ヨード造影剤
- 薬剤:ドパミン受容体拮抗薬(メトクロプラミド)、グルカゴン、β遮断薬単独投与、三環系抗うつ薬、SNRI、MAO阻害薬、高用量デキサメタゾン
- その他の治療:化学療法(CVD化学療法)、放射線治療(¹³¹I-MIBG内照射・外照射)、経カテーテル動脈塞栓術(TAE)、ラジオ波凍結療法
このほか、腫瘍への直接的な外傷や全身麻酔も誘因として報告されています(Cureus. 2021;13(3):e13683.)。
症例3で患者が来院当日にビールを飲んでいたのは、地味ですが示唆的です。
チラミンを含む食品・飲酒が誘因に挙がっていることを思い出すと、「酒を飲んで嘔吐して運ばれてきた若い男性」という、いかにもありふれた急性アルコール中毒のような病歴の裏に褐色細胞腫が隠れていたという構図が見えてきます。
誘因リストの中でER医として特に肝に銘じたいのが、
メトクロプラミドと高用量デキサメタゾンでしょうか。
制吐薬としてのメトクロプラミドもステロイドも、救急外来で反射的に使いがちな薬です。ガイドラインでは高用量デキサメタゾンは重症の高血圧クリーゼを起こしうるため、2mgを超えて投与しないよう注意が促されています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。むずい。
「嘔吐してるからとりあえずプリンペラン」が、未診断の褐色細胞腫患者では引き金になりうることもあるんですね…。
診断のpitfall
ここからが本記事の本題と言ってもいい、診断のpitfallです。
3症例がいずれも「最初は別の疾患に見えた」ことを思い出しながら読んでいただければと思います。
なお、ガイドラインで提案されているアルゴリズムは以下のようになります。

別の総説ではこんな感じ。

pitfall①:そもそも疑えない ― 「3つの顔」を知らないと網にかからない
最大のpitfallは、結局これに尽きます。褐色細胞腫を鑑別に挙げられるかどうか。
症例2は心筋炎・敗血症、症例3は敗血症として走り出しています。
古典的三徴(発作性の頭痛・動悸・発汗)は、実は褐色細胞腫患者の25%未満にしか存在しないとも言われ、症例3にいたっては前駆症状すらありませんでした。「三徴がそろっていないから違う」は通用しません。
原因不明のショックで、炎症反応は高いのに敗血症源がはっきりせず、有意な冠動脈疾患や弁膜症もないという状況でPMCを疑え、という整理をしている総説もあります。
具体的には、
(1)局在のはっきりしない敗血症源を伴わない原因不明のショック
(2)血圧の不安定性(高血圧・低血圧の両極端)
(3)カテコラミン系強心薬への反応不良
この3つが手がかりとして挙げられています(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。
症例2・3はどちらもこの3条件にきれいに当てはまります。
pitfall②:急性期の生化学検査をうのみにする ― 偽陽性の罠
これは特に丁寧に扱いたいpitfallです。
議論が分かれる論点でもあるので両論を提示します。
まずガイドラインの立場。
日本内分泌学会ガイドラインは、スクリーニングおよび確定診断のために、随時尿中分画メタネフリン(クレアチニン補正)、血中分画カテコラミン、血中遊離分画メタネフリンといった生化学検査の測定を推奨しています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
これは確定診断のために不可欠な検査であるという位置づけです。
一方で別の総説や症例報告の立場。
Lancetの総説とEHJ Case Reportsの症例報告は、救急外来や集中治療室といった急性期の設定では、身体的・精神的ストレス、合併症、あるいは強心剤の使用によってメタネフリンが偽陽性となりやすく、生化学検査は誤解を招きうるため、まずは画像診断(造影CTやMRI)を優先すべきと主張しています(Lancet Diabetes Endocrinol. 2023;11:942-954./Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。
この2つは真っ向から対立しているわけではなく、「どの場面の話をしているか」で噛み合わせるのがよさそうです。
落ち着いた外来でのスクリーニング・確定診断なら生化学が主役となる一方、強心薬が全開で回っている重症の急性期では生化学はあてにならないことを承知のうえで、まず画像で副腎腫瘤を探しにいくのがよいのでしょう。
実際、症例2では強心薬を完全に中止してからカテコラミンを採血して確定しており、症例3でも急性期は画像(CT副腎)で腫瘤を捉えてから生化学を後追いさせています。
「急性期にあわてて測ったメタネフリンの値だけで判断しない」というのが、両論をまたいだ実務的な落としどころだと考えます。
pitfall③:indeterminateな副腎腫瘤を「とりあえず経過観察」にしてしまう
画像で副腎腫瘤が見つかっても、話は単純ではありません。
症例3の腫瘤は、専用CTプロトコルでabsolute washout 41%・relative washout 18%と計測され、indeterminate(確定的でない)と判定されました(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。
褐色細胞腫はCTで動脈相に濃染し後期相でウォッシュアウトされる特徴があり、CTのPCC検出感度は約90%とされます。
MRIは造影剤を使わずに脂肪の有無を確認でき、鑑別に有用とされています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
臨床像(原因不明のショック+炎症高値+副腎腫瘤)とあわせて「これは怪しい」と踏み込めるかどうかが、診断到達のスピードを左右します。
pitfall④:造影CTのヨード造影剤そのものが引き金になりうる
診断のために撮る造影CTが、皮肉にもクリーゼの誘因になりうるという点も忘れてはいけません。先述のとおり、ヨード造影剤は誘因リストに含まれています(Endocr J. 2026;73(1):115-157., Table 5)。
※ここは諸説あるんですけどね。
日本内分泌学会ガイドラインでは、PPGLにヨード造影剤を使用する際、添付文書の「特定の背景を有する患者に関する注意」に従い、同意取得・血圧およびECGのモニタリング・フェントラミン(レギチーン®)の準備を行うことが推奨されています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
褐色細胞腫を疑って造影CTに踏み切るときは、解毒役のフェントラミンを手元に用意しておきましょう。
治療のpitfall
診断にたどり着けても、治療には治療のpitfallがあります。
順番を間違えると、薬で患者を悪くしかねない領域です。
pitfall⑤:α遮断より先にβ遮断を入れてしまう(最重要)
治療でいちばん有名かつ致命的なpitfallがこれです。
α1遮断薬より先にβ遮断薬を投与してはいけません。
日本内分泌学会ガイドラインでは、β遮断薬は頻脈や不整脈に対して用いるものの、必ず十分なα1遮断を行った後に投与すること、α1遮断薬の前のβ遮断薬投与は禁忌であると明記されています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.推奨度1・エビデンスレベルA)。
機序としては、β2を介した血管拡張をブロックすることで、α刺激による血管収縮が歯止めなく前面に出てしまう(unopposed α)ためです。
治療の第一選択は、選択的α1遮断薬(ドキサゾシンなど)です。
血圧管理の第一選択薬として推奨されています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.推奨度1・エビデンスレベルB)。
クリーゼの急性期にはフェントラミン(非選択的α遮断薬)の静脈内持続投与が推奨され、急性期を脱した後は経口ドキサゾシンへ切り替えます(Endocr J. 2026;73(1):115-157.、推奨度1・エビデンスレベルB)。

「右も左もわからない高血圧緊急症にとりあえずβ遮断薬」という反射が、もし相手が褐色細胞腫だったら逆効果になりえます。
「褐色細胞腫を疑ったら、αが先、βは後」は忘れてはならないポイントです。
pitfall⑥:高血圧クリーゼの「降圧目標」を攻めすぎる
降圧のさじ加減にも目標値があります。
日本内分泌学会ガイドラインでは、高血圧クリーゼに対しフェントラミン(レギチーン®)を非選択的α遮断薬として持続静注し、必要に応じてカルシウム拮抗薬や硝酸薬を併用するとされます。
降圧の初期目標は、拡張期血圧を110mmHg以下に維持し、2〜6時間で約160/100mmHgへ低下させることとされています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
一気に正常血圧まで叩き落とすのではなく、段階的に下げるという目標設定です。
そしてフェントラミンはノルアドレナリン放出を増やすことで頻脈を誘発しうるため、頻脈が出た場合は、緊急時を除き経口でβ遮断薬を投与するとされています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
ここでもβ遮断薬は「α遮断のあと」という順序が貫かれています。
pitfall⑦:低血圧を「ただのショック」として昇圧だけで押し切る
低血圧・ショック型(症例2・3)で陥りやすいのが、原因を考えずに昇圧薬を盛っていくパターンです。
ここで思い出したいのが、EHJ Case Reportsの一節です。
「褐色細胞腫クリーゼにおいて低血圧は輸液反応性があることが多い」(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。慢性的なα1刺激による血管収縮で血管内容量が相対的に減っているため、輸液が効きやすいという理屈です。
ただし、これも一筋縄ではいきません。
同じ低血圧でも、β2刺激による心筋虚血やストレス心筋症(たこつぼ)が原因の場合には、輸液はむしろ慎重にすべきとされます(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。症例2・3がいずれもLVEF高度低下を伴っていたことを思えば、「輸液反応性が多い」という一般論だけで安心して輸液を流すのは危うくなります(輸液忍容性があることを判断してから)。
低血圧の機序(容量減少なのか、心原性なのか)を見極める必要があります。
また、カテコラミン系強心薬の扱いも難所です。
カテコラミン過剰の病態に、さらにカテコラミン系強心薬を足すことの作用機序は不明とされ、高用量のアドレナリン作動薬はカテコラミン誘発性心筋症をかえって悪化させうるため禁忌とする立場もあります(J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71.)。
低血圧治療にコンセンサスはなくバソプレシンの使用が提案される一方、カテコラミン系強心薬より優先すべきかは今後の検討課題とされています(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。
pitfall⑧:機械的循環補助(MCS)の導入が遅れる/デバイス選択を誤る
心原性ショックや多臓器不全を伴う場合、薬だけで粘らず、機械的循環補助(MCS)を早めに考えることが重要です。
ECMO、Impella、IABPなどのMCSの使用が推奨されており(Lancet Diabetes Endocrinol. 2023;11:942-954./J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71./Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)、日本内分泌学会ガイドラインでも、多臓器不全に対しては持続血液濾過透析や体外循環補助が生存を改善しうるとされています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
デバイス選択にもpitfallがあります。
症例2では、massiveな肺水腫があるためVA-ECMO(後負荷を増やす)を避け、Impellaを選択したと明記されています(J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71.)。
今回の3症例では、症例1でIABP→被膜出血で低血圧、症例2でImpella、症例3でIABPと、それぞれ異なる補助が使われました。「とりあえずECMO」ではなく、肺水腫・後負荷・右心機能などを踏まえてデバイスを選び分ける視点が要ります。
pitfall⑨:高ナトリウム食・輸液の扱い ― 病型によって是非が分かれる
α遮断開始後の血管内容量補正として、高ナトリウム食が用いられます。
日本内分泌学会ガイドラインでは、術前に起立性低血圧予防・術中の血行動態変動回避・術後の過度な低血圧回避のため、通常食塩食または生理食塩水輸液が推奨されています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.推奨度2・エビデンスレベルC)。
しかし症例3で循環器科が懸念したように、重度にLVEFが低下した急性非代償性心不全・腎不全の合併下では、高ナトリウム食の役割は不明です(Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.)。
「教科書どおり食塩を足す」が、心不全合併例では裏目に出かねませんので、ここでも病型・病態に応じた個別判断が求められます。
pitfall⑩:不安定なまま緊急手術に突っ込む
根治は外科的腫瘍摘出(腹腔鏡または開腹)ですが、タイミングが重要です。
血行動態が不安定なままの緊急手術は、一般に高死亡率・高合併症率で推奨されません。血行動態が安定したあとの待機的副腎摘出が望ましいとされます(J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71.)。
実際、症例2はday18、症例3は初回提示の2ヶ月後に、いずれも安定化を待って待機的に摘出されています。
日本内分泌学会ガイドラインでも、血行動態安定後の根治的治療として外科的腫瘍摘出術が位置づけられ(Endocr J. 2026;73(1):115-157.推奨度1・エビデンスレベルA)、適切な術前管理によって周術期死亡率は3%未満に低下したとされています(Endocr J. 2026;73(1):115-157.)。
ただし症例1のように、被膜出血で血行動態が破綻した場合は緊急開腹に踏み切らざるをえないこともあります(Cureus. 2021;13(3):e13683.)。
「原則は待機、しかし破裂・出血は別」という、二段構えの理解が要ります。
予後
予後の数字をいくつか挙げておきます。
文献レビューによれば、ケースレポート200例の分析で褐色細胞腫クリーゼの死亡率は13.8%(26/188例)、そのうちPMCの死亡率は29.7%(11/37例)でした(J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.)。
一方で、手術による腫瘍摘出まで到達できた患者の術後生存率は98.1%(151/154例)と報告されています(J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.)。安定化して手術にたどり着ければ、予後は大きく変わりうるということです。
ただし、この予後データの読み方には重要な限界があります。
この文献レビューは1976年から2020年までに発表されたケースレポートを集積したもので、ECMOやImpellaといった高度な機械的循環補助装置、優れた降圧薬が普及していなかった時代のデータが混在しています。
そのため、示されている死亡率(全体13.8%、PMC 29.7%)は、現在の医療水準よりも高く見積もられている可能性があります(J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.)。
数字は数字として受け取りつつ、「いま同じ患者を診たらもっと救えるはず」という前提で読むのがよさそうです。
まとめ
- 褐色細胞腫クリーゼは高血圧だけでなく、低血圧・ショック・心筋炎様・敗血症様の顔で来る。同じ腫瘍が連続的に病型を移り変わりうる
- 原因不明のショック+炎症高値+敗血症源不明+カテコラミン強心薬への反応不良なら、PMCを鑑別に挙げる
- 急性期の生化学検査は偽陽性に注意し、まず画像で副腎腫瘤を探す(ただし確定診断には生化学が必要)
- 治療はαが先、βは後。α1遮断前のβ遮断は禁忌
- 心原性ショック・多臓器不全には機械的循環補助を早めに、病態に応じてデバイスを選ぶ。血行動態を安定させてから待機的に腫瘍摘出する
正直に言って、この疾患は「これさえ覚えれば大丈夫」という一本道がありません。
高血圧と低血圧、輸液すべき場面とすべきでない場面、生化学を信じる場面と疑う場面、どれも両刃です。
だからこそ、1つの病型に固定して考えないこと、そして内分泌・循環器をはじめとする多科で競合する治療優先順位を擦り合わせることが、結局いちばんの近道なのだろうと思いました。
臨床現場での判断は症例ごとに異なります。
少しでも「これは褐色細胞腫かもしれない」と思えたら、迷わず専門医の判断を仰ぐのがよさそうです。
参考資料
- Lancet Diabetes Endocrinol. 2023;11:942-954.
- Endocr J. 2026;73(1):115-157.
- J Endocrinol Invest. 2022;45:2313-2328.
- Eur Heart J Case Rep. 2024;8(9):ytae463.
- J Cardiovasc Dev Dis. 2022;9(3):71.
- Cureus. 2021;13(3):e13683.
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