りんごの街の救急医

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case 156:見えざる腹痛の原因を探れ!(CEN Case Rep . 2025 Jun;14(3):477-485.)

免疫不全がある患者さんが、ある日突然「上腹部が痛い」と訴えたら、何を考えるでしょうか。

 

今回は、その「腹痛」の原因が見えず、

あとから決定的な所見が出てきた症例を扱います。

 

症状出現から死亡まで約2日という非常にスピードの速い経過で、考えさせられることの多い症例でした。

 

病歴/身体所見

  • 36歳男性、日本人
  • 腎機能障害精査目的に紹介受診
  • 入院時所見
    • 多発リンパ節腫脹
    • 心窩部痛
    • 口腔乾燥
    • 下顎のざ瘡様皮疹

検査

  • 血液検査
    • Hb 10.9 g/dl、Plt 211×10³/μL
    • CRP 1.26 mg/dl、IgG 3663 mg/dl
    • C3 27 mg/dl、C4 2 mg/dl、CH50 <12.0 CH50 U/ml
    • Cre 1.9 mg/dl、eGFR 34.4 ml/min/1.73m²
    • 抗核抗体 1280倍、抗ds-DNA抗体 310 IU/ml、抗Sm抗体 >10、抗SS-A抗体 >256
    • Coombs直接 (+)
    • Ferritin 341 ng/ml
  • 尿検査…尿蛋白 3.06 g/g・Cre、尿潜血(3+)
  • 心エコー…心嚢液貯留
  • 腎生検
    • mesangio-capillary proliferation with cellular crescent
    • mesangial/subendothelialへの広範な沈着
    • 免疫蛍光でfull-house pattern

診断

SLE(ループス腎炎 ISN/RPS class IV)

  • ACR分類基準およびSLICC分類基準を満たしSLEと診断
  • 腎生検所見からISN/RPS分類でclass IVのループス腎炎と分類

寛解導入療法の経過

  • 寛解導入療法として以下を開始
    • メチルプレドニゾロン静注 1000 mg/日×3日間
    • 引き続きプレドニゾロン経口 60 mg/日(理想体重で1 mg/kg)×4週間
  • 治療開始後、心窩部痛は速やかに消失、尿蛋白も漸減
  • 3週後にHCQ 200mgと400mg隔日投与を追加
    • CRP正常化、抗ds-DNA抗体は治療前の約1/4に低下し疾患活動性低下が示唆された
  • 同時期にMMF 500mgを導入、PSLは50mgまで漸減
    • 1週後にMMFは1000mgへ増量
  • MMF増量後、上腹部不快感を訴えるようになる
    • 症状軽度でリンパ球数は治療前から不変であり、細胞性免疫低下を示唆する所見がなかったため治療継続(リンパ球数に明らかな低下はなかったが、高用量PSL+MMF中でありVZV再活性化リスクは残っていたのでしょう)
  • 軟口蓋に無痛性潰瘍が出現、SLE再燃も疑われた

…なにかよからぬことが起こっているようです。

急変

  • 入院53日目(治療開始から約2か月)に急性上腹部激痛と嚥下困難が出現
    • ほぼ同時にざ瘡様皮疹が顔面に再燃
    • 下背部痛はなし
  • 血液検査で腎・肝機能の悪化、血小板減少を認めた
  • SLEのコントロール不良を疑い追加のmPSLパルス療法を開始
  • 翌日(入院54日目)、急速に病態が悪化(Table 2)
    • WBC 29,300/μL、骨髄球8%、Plt 52×10³/μL
    • Cre 3.78 mg/dl、eGFR 16.2 ml/min/1.73m²
    • ALT 945 U/L、LDH 6838 U/L、AMY 732 U/L、γ-GTP 295 U/L
    • Ferritin 90,733 ng/ml(前値341 ng/mlから著明上昇)
    • PT-INR/APTT/FDP/フィブリノゲン測定不能、D-dimer >800 μg/ml
    • βD-glucan 17.9 pg/ml、CMV pp65抗原(−)、EBV-VCA-IgM(−)
  • 高フェリチン血症と高トリグリセリド血症からHLHが示唆され、肝腎障害の進行と新規DICを合併し多臓器不全(MOF)の様相
  • 体幹・顔面を中心に広範な水疱が出現、出血傾向の悪化に伴うoozing bleedingも
  • HLH診断のための骨髄生検は凝固障害のため施行不能
  • 感染契機を疑い広域抗菌薬を投与するも改善なく、入院54日目に致死性不整脈による心停止で死亡

正直、検査値を眺めているだけで気が遠くなる症例です。

ALT 945、LDH 6838、Ferritin 9万超え、凝固系は軒並み測定不能。

「ここまで来てしまうと何をやってもだめかもしれない…」というのが現場感覚としてあると思います。

上腹部痛発症から死亡までわずか約2日という経過の速さも、この疾患の恐ろしさをよく示しています。

 

剖検所見と最終診断

  • 皮膚・舌・食道の扁平上皮に多巣性に核腫大と好酸性核内封入体、一部は水疱を伴う
    • 免疫染色で細胞膜に沿ってVZV抗原(glycoprotein-1)陽性
    • HSV-1/HSV-2/CMVはいずれも陰性
  • 同様の核内封入体がリンパ節、脾、骨髄、肝、唾液腺に検出された
  • 肝臓では感染細胞周囲の多巣性局所壊死(non-zonal necrosis)を認め、これが臨床的肝機能障害を説明する
  • リンパ節の被膜下洞のマクロファージで赤血球貪食像・リンパ球貪食像を確認
  • 脾重量167gと軽度腫大
  • 顎下腺に慢性唾液腺炎とbenign lymphoepithelial lesionを認め、シェーグレン症候群オーバーラップ
  • 家族からの聴取でVZV初感染ではないことを確認

最終診断は内臓播種性VZV感染症と二次性HLHの合併の診断となりました。

本症例は「内臓播種性VZV感染症の結果としてHLHが発生したことを示した初の報告」とされています。

 

内臓播種性VZV感染症もHLHも正直慣れない疾患です。

ここでの教訓は「高度な免疫抑制状態にある患者の腹痛には内臓播種性VZVを忘れない」ということでしょうか。

 

考察

内臓播種性VZV感染症(VD-VZV)とは

  • 血行性播種や神経節での再活性化を介して内臓病変をきたす、多臓器病変を引き起こす急性かつ生命を脅かす状態
  • 主に免疫不全患者に発生する
    • 血液疾患の免疫抑制療法中
    • 腎移植後
    • コントロール不良の糖尿病
    • 膠原病・腎疾患
  • 合併症として肝炎、膵炎、肺炎、脳炎、DICを起こしうる

(CEN Case Rep. 2025;14(4):477-485.)

  • 156症例のスコーピングレビューにおける臓器関与頻度
    • 肺 56%
    • 肝臓 44%
    • 心臓 16%
    • 腎臓 11%
    • 膵臓 11%
    • 胃 10%
    • 食道 6%
  • 全体死亡率は25.0%
  • 多変量解析での死亡の独立予測因子
    • 併存疾患(p<0.001)
    • 敗血症性ショック/多臓器不全(p=0.008, OR=2.241)
    • 急性肝不全(p=0.039)

(Viruses. 2025;17(8):1135.)

 

肺と肝臓で半分以上を占めるというのは、臨床的にも納得感のある分布です。

「腹痛+肝逸脱酵素上昇」が前面に出てきたとき、内臓播種性VZVを鑑別の片隅に置けるかが分岐点になりそうですね。

 

SLE/ループス腎炎でのVD-VZV

  • 成人のVZV再活性化予防には細胞性免疫が重要
  • SLEにおける重症感染症の独立リスク因子としてリンパ球減少(<1000/μL)が報告されている(疾患活動性とは独立)

(N Engl J Med. 2005;352:2266-7. / QJM. 2013;106(5):451-7.)

  • MMFはループス腎炎治療の中心薬剤だが、MMF使用がSLE患者のVZV感染リスク因子になりうる
  • 日本人ループス腎炎418例におけるMMF使用例の検討
    • 10例(3.34%)が帯状疱疹を発症
    • 1例(0.24%)が播種性帯状疱疹で死亡

(Mod Rheumatol. 2022;32:746-54.)

  • 2011〜2023年にSLE患者でのVD-VZV報告は本症例を含め計7例
  • SLEでのVD-VZVは寛解導入療法開始から数週〜数か月以内に発症する例が多い(維持療法中の症例もあり)
  • 全例で腹痛と肝機能障害が皮疹に先行または同時出現している

(CEN Case Rep. 2025;14(4):477-485.)

SLEに対する免疫抑制療法のメニューはどんどん豊富になっているわけですが、その分こうした「日常的でない感染症」が時々顔を出します。

「MMF+高用量PSL併用中」というキーワードが揃ったら、内臓播種性VZVは記憶の片隅に置いておきたい疾患です。

 

移植・血液疾患患者での先行報告から学ぶこと

  • 消化器症状(腸閉塞・嘔吐・下痢)が多く、特に腹痛は大多数の症例に認められる
  • これらの症状は皮疹に数日先行する
    • 範囲4〜10日、平均4.6日
  • 皮疹出現までは原因不明の腹痛として誤診されやすい
  • 腹痛の原因は腹腔神経節・腸間膜神経節でのVZV増殖や炎症の可能性が指摘されている(機序は完全には解明されていない)
  • aminotransferaseの中等度〜高度上昇、膵酵素上昇を高頻度に認める
  • 死亡率は20〜50%
  • 生存例の多くは皮疹出現前または同日にアシクロビルを開始しており、非生存例は皮疹出現後に開始という対照的な傾向

(Am J Gastroenterol. 1998;93:810-3. / Transpl Infect Dis. 2013;15:314-8.)

「腹痛が皮疹に平均4.6日先行する」というのは、覚えておく価値のある数字だなぁと思いました。

逆にいえば、皮疹を待ってから動くと間に合わないということです。

 

診断:皮疹が出る前にどう疑うか

ここからが本症例の核心です。

HSV/VZVを疑うべき臨床的situationを整理しておきます。

 

HSV/VZV感染を疑うべき臨床situation

  • 免疫不全宿主における原因不明の腹痛+肝逸脱酵素上昇(皮疹に先行しうる)
  • 三叉神経節/後根神経節領域の神経痛様症状+皮疹(典型的な帯状疱疹)
  • 意識障害・精神症状・けいれんに発熱や髄膜刺激徴候を伴う場合(HSE)
  • 免疫不全患者で水疱性皮疹が「デルマトームを越えて播種」している場合(播種性帯状疱疹/VD-VZV)
  • 免疫機能が正常な患者でもVD-VZVは発症しうると報告されており、「免疫不全がないから否定」とはできない

(Clin J Gastroenterol. 2022;15:568-574. / BMC Infect Dis . 2022 Mar 3;22(1):215.)

 

検査の選び方

  • HSE(単純ヘルペス脳炎)
    • 診断ゴールドスタンダードは髄液PCRによるHSV DNA検出
    • 感度約96%、特異度99%
  • VD-VZV
    • 診断ゴールドスタンダードは血液・組織・水疱液のPCRによるVZV DNA検出
    • VD-VZVでは血中VZV DNA量が帯状疱疹に比べ桁違いに高いとされている
  • 胃のVD-VZV…内視鏡下胃粘膜生検のリアルタイムPCRで診断された報告あり
  • VD-VZVによる腹痛の画像評価…腹部造影CTで腹腔動脈および上腸間膜動脈周囲のfat strandingが関連所見として報告

(Steiner I, et al. Lancet Neurol. 2007;6(11):1015-28. / Viruses. 2025;17(8):1135. / Clin J Gastroenterol. 2022;15(4):753-758. / BMC Infect Dis . 2022 Mar 3;22(1):215.)

 

本論文の推奨

  • 寛解導入療法開始後約2か月の時点で、原因不明の腹痛+aminotransferase上昇+膵酵素上昇を呈する患者には、皮疹出現を待たずにVZV-DNA血液検査を提出することを推奨
  • これにより皮疹出現前の早期診断と治療開始が可能になると考えられる

(CEN Case Rep. 2025;14(4):477-485.)

 

腹痛が出た段階でVZV-DNAを提出するというのは現場ではなかなかルーチンにならないかもしれません。

でも、本症例のように「皮疹が出てからでは遅すぎる」疾患があると分かれば、「うちの現場ではあのときも、あのときも測ってなかった…」と思い当たる節があります。

少なくともMMF+高用量PSL併用中のSLE患者で原因不明の腹痛+肝酵素上昇という場面では、検査を出す閾値を下げてよさそうです。

 

治療

  • 確立された治療法はまだない
  • 治療の柱
    • 適切量のアシクロビルをできるだけ早期に開始(VD-VZVでは10 mg/kg を8時間ごと静注が第一選択)
    • 免疫抑制療法の減量
  • コルチコステロイドの併用は生存率への有意な影響なし
  • 重症感染症で低ガンマグロブリン血症を呈する症例にはIVIg併用例の報告あり

(CEN Case Rep. 2025;14(4):477-485. / Viruses. 2025;17(8):1135. / BMC Nephrol. 2023;24(1):164. / BMC Infect Dis. 2019;19(1):625.)

HSE治療と同じ「アシクロビル10 mg/kg 8時間ごと静注」が基本です。

覚えやすくはあるんですが、「疑った瞬間に経験的に投与開始する」判断ができるかどうかが、生存率の20〜50%という残酷な数字を動かす分岐点になりそうです。

 

HLHを伴ったということ

  • 本症例はVD-VZVの結果としてHLHが発生したことを示した初の報告とされる
  • HLH-2004診断基準に照らして
    • 発熱
    • 軽度脾腫(167g)
    • 高トリグリセリド血症
    • 著明な高フェリチン血症(90,733 ng/ml)
    • 悪性腫瘍なし
    • リンパ節での血球貪食像
    の所見からsecondary HLHと診断

(Pediatr Blood Cancer. 2007;48(2):124-31.)

 

HLH自体は救急の現場でも時々出会いますが、「感染症で誘発されたHLH」の背景に何のウイルスがいるかまで考えが及ぶかは、また別の話だなぁと思いました。

 

予防(参考)

  • 米国CDC ACIPは50歳以上の成人および19歳以上の免疫不全成人に組換えZosterワクチン(RZV)の2回接種を推奨

(CDC/ACIP MMWR 2022)

免疫抑制療法の導入前にワクチン接種をどう組み込むか、というのは膠原病内科の領域の議論ですが、ER医としても「免疫抑制中の高齢SLE患者」に遭遇したときに頭の片隅に置いておきたい話題です。

 

まとめ

  • 内臓播種性VZV感染症(VD-VZV)は致死率25%程度の重篤な合併症であり、特にMMF+高用量PSL併用中のSLE/ループス腎炎患者では強く警戒すべき
  • 進行は典型的に「腹痛→数日後(平均4.6日)に皮疹」の順序であり、皮疹出現後の抗ウイルス薬投与では遅すぎる可能性がある
  • 寛解導入療法開始後に原因不明の腹痛+肝酵素上昇+膵酵素上昇を呈する患者では、皮疹を待たずに血中VZV-DNAを提出する

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