りんごの街の救急医

救急科専門医によるERで学んだことのまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

Real ER Round No.19:低体温で困るピットフォールアレコレ

熱中症診療はどちらかと言えば、ダイナミックで陽的なマネジメントを行います。

一言でいうなら、お祭り騒ぎです。ワッショイ!

 

さて、季節が変わって低体温になる患者さんも増えてきました。

こちらの低体温は、「静かに静かに」陰的なマネジメントを要求されます。

 

 

Pitfallだらけなので、その一部を覗いておきましょう!

 

 

 

低体温の原因を探して叩け! "ER CODE - ICED"

 

低体温症の患者に対峙したら、

復温とともに原因を探して叩かなければなりません

 

偶発性低体温症は、

寒冷環境にさらされることによって引き起こされる一次性低体温症

他の病態によって引き起こされる二次性低体温症

に分類されます。

 

特に、二次性低体温症の原因を探すことが超重要!

 

そのなかでも敗血症は必ず考えておかなければなりません。

二次性低体温症を引き起こす内因性疾患のなかでダントツのトップです。

Accidental hypothermia: characteristics, outcomes, and prognostic factors-A nationwide observational study in Japan (Hypothermia study 2018 and 2019)

 

重症になればなるほど、

各種培養採取と抗菌薬投与の閾値は低めに設定した方がよいと考えています。

 

敗血症より頻度は低くなりますが、

脳血管疾患や甲状腺機能低下症/副腎不全/高血糖緊急症や低血糖、外傷などの

重篤な疾患が隠れていることもあるので注意が必要です。

 

 

忘れやすいので、ゴロを作ってみました!

 

ERに低体温が来たら、、、

"ER CODE - ICED" 

を発令して原因を検索に行きましょう!

 

閾値を下げて経験的治療に踏み込むこともときには必要になります。

 

 

血液ガスは「体温補正」をすること(額面通りの解釈をしない)

低体温時の血液ガス分析には、実はちょっとしたpitfallが潜んでいます。

 

血液ガスの検査値は、すべて「体温37度での値」に自動的に補正されたうえで表示されています。

 

そのため、実際の体温が低い場合には、PaO₂・PaCO₂・pHといった値をそのまま鵜呑みにするわけにはいきません。

 

体温が1度下がるごとに、ざっくり以下のような変化が起こるとされています。
・PaO₂:5mmHg低下(→ 実際よりも高く表示される)
・PaCO₂:2mmHg低下(→ 実際よりも高く表示される)
・pH:0.012上昇(→ 実際よりも低く表示される)

 

たとえば、、、

血液ガス分析装置(37度基準)で以下のようなデータだったとします。

・pH 7.20

・PaCO2 40mmHg

・PaO2 80mmHg

 

でも、患者体温27度で概算すると、、、

・pH:7.20 + 0.012 * 10 =7.32

・PaCO2:40 - 2 * 10 = 20mmHg

・PaO2:80 - 5 * 10 = 30mmHg

となります。


体温補正をしないまま数値を解釈すると、

・低酸素血症を見逃す

・不要な過換気を指示してしまう

・アシドーシスを過大評価して補正しすぎたりする

などの可能性があります。

 

ちなみに、当院で使っているABL800という血液ガス分析装置では、

採血時に深部体温を入力すればこれらの数値を自動で温度補正してくれる機能がついていて便利です。

おそらく、他の多くの病院でも同様の機能が搭載されているのではないでしょうか。

 



 

合併症に注意!rescue collapseとafterdropとrewarming shockと

低体温患者が救出または搬送中に心停止となることをrescue collapseと呼びます。

 

これを避けることが非常に重要です。

 

やりがちなミスとして、

患者に突然の刺激を与えること

が挙げられます。

 

乱暴に扱うことをもちろん避けなければなりませんが、

ときにはベッド移乗などのちょっとした動きであっても心停止が起こり得ることは認識しておいたほうがよいでしょう。

 

また、中心静脈カテーテル心室不整脈が誘発されることがあるので、

ガイドワイヤーが心室内に入らないように細心の注意を払う必要がありますし、

自信がなければ(そしてどうしてもCVCが必要なら)鼠径からにしておいたほうが安全ではあります。

(内頚CVCでVFになった症例を見たことがあります…)

 

Afterdropにも言及しておきます。

加温が開始されたあとに末梢から中枢へ低温の血液が流入することによって、

さらに冷却が進行してしまう現象です。

 

Afterdropの臨床的意義については議論があります。

しかし、上記のrescue collapseと同様に、少なくとも四肢を過度に動かしてしまうことは避けた方がよいでしょう。

中枢へ冷えた血液の戻りが多くなりafterdropが進行するという理論が存在します。

 

今まで、低体温症の患者が目の前で心停止したことが何度かありますが、

・家族が初療室に入ってきて激しく四肢をさすった瞬間

・高次医療機関に転院搬送する際、救急車が線路を乗り越えようとしてガッタンとなった瞬間

・CT室でのどっこいしょの瞬間

など大した刺激ではないように思います。

低体温恐るべし。

 

さらに、復温を始めるとrewarming shockにより血圧が低下してきます。

加温によりそれまで過剰に収縮していた血管が拡張することや、

そもそも低体温では寒冷刺激による利尿作用で血管内脱水となっていることなどが関与しているとされます。

 

加温した輸液を必要量投与することに加え、

早々に血管収縮薬投与をしておいた方がよいことが多くあります。

 

 

ぶっちゃけ、どのくらいの体温になったらERから動かしていいの?

そんなこと言うから、「低体温は怖くて動かせない!」と考えることでしょう。

 

確かにその通り、復温が済むまでERに置いておくのが安全に思えます。

これは確かにその通りです。

 

一方で、次から次へと救急搬入が続く忙しいERでは、

ずっと1人の患者をERに置いておくわけにもいきません。

どうしてもモニタリングがおざなりになりますし。

 

原則として

 「32度を超えたら検査や入院への移動を考える」

というのが、低体温症に対する一般的なスタンスかもしれません。

 

ただし、実際には、

どのレベルの低体温でも rescue collapseのリスクがあります。

 

もちろん、体温が下がるほどリスクは高くなります。

たとえば、致死的不整脈の発生率は軽症で2.1%、中等症で2.2%、重症では9.3%という報告があります。

Characteristics and outcomes of accidental hypothermia in Japan: the J-Point registry

 

さらに、重症度に加えて、

徐脈・低酸素血症・代謝性アシドーシスといった要素は、

低体温にともなう心停止の予測因子として知られています

Predictors of cardiac arrest in severe accidental hypothermia

 

 

これらの所見が重なっている場合には、移動を避けて慎重に復温を待つ方が賢明かもしれません。

 


一方で、目撃のある低体温による心停止は、予後が比較的良好とされています。

あるデータでは、退院時の生存率は73%、神経学的に良好な転帰は89%にのぼると報告されています。

Clinical characteristics and outcomes of witnessed hypothermic cardiac arrest: A systematic review on rescue collapse

 

さらに、移動させないことには検査もできず、隠れた疾患があった場合にはその治療が遅れてしまいます。

そして、前述のとおりERベッドを長時間占有してしまうことになります。

これらによるデメリットも無視できません。

 

よって、個人的には全例を「完全に復温してから移動する」という方針にはしていません。

 

ただし、重症低体温(28度未満)に加えて、徐脈・低酸素血症・代謝性アシドーシスが揃ったケースでは超高リスク群として位置づけ、復温後の移動を選択することもやむを得ないと考えています。

(でも実際にはケースバイケースですよね…)

 

どうやって温める?

低体温症の治療は「温める」ことが中心です。

その方法は患者の重症度によって異なります。

 

復温方法は、

受動的復温:外因性に熱を与えずに患者自身が体温を上昇させる

能動的復温:外因性の熱を与える

に大別されます。

 

能動的復温は、さらに

体外復温

体内復温

に分類されます。

 

軽症であれば濡れた衣服を脱がし、部屋を暖め、温かい飲み物を飲んでもらう程度の受動的復温でよいことが多いです。

 

しかし、中等症にもなるとより積極的な能動的体外復温を要します。

ベアーハガーなどの装置による温風を循環させる方法に電気毛布を組み合わせて使用することが多いです。

 

また、40~44℃に温めた輸液を使用することで体温のさらなる低下を防ぐことを意識しています。

(ただし、輸液だけで体温が上昇することはほとんどありません)。

生食またはリンゲル液500 mLをレンジで温める場合には、500 Wで1分40秒チンすると約44℃の輸液を作成できます。

 

さらに、効果は限定的ではありますがHFNCで温風を鼻腔を通じて送ることにより、体温低下を防げるように対応することもあります。

大部分の症例はここまでで事足りることが多いです。


重症低体温症や心停止を伴う場合は、さらに積極的な能動的体内復温が必要になります。

 

不整脈を誘発する恐れがあるためなるべく急激な動きをさせないように細心の注意を払いながら、ECMOを含めた治療ができる施設に搬送しましょう。

日本で行われた多施設前向き観察研究であるICE-CRASH試験では、

低体温症で心停止した患者において、ECMOによる治療はそれ以外の治療と比較して生存率や良好な神経学的転帰を有意に増やす結果が報告されています。

Outcome of extracorporeal membrane oxygenation use in severe accidental hypothermia with cardiac arrest and circulatory instability: A multicentre, prospective, observational study in Japan (ICE-CRASH study)

 

最新のガイドライン(ERC2025)にも、

病院前で心血行動態不安定(心拍<45/分、収縮期血圧<90mmHg、心室不整脈、深部体温 < 30度)の低体温患者は、病院で低侵襲技術による復温を受けるべきであり、ECMOセンターへのタイムリーなコンサルトが不可欠であると記載があります。

 

どうしても難しい場合には、

これまでの方法を組み合わせたり、ECMO以外の能動的体内復温(胸腔洗浄、KRTなど)を試したりすることがあります。

 

www.igaku-shoin.co.jp

 

低体温の蘇生、ちょっと変わった?

 

低体温の心停止への対応方法は少し特殊です。

 

ガイドラインでは"Special Circumstances"として、別枠でまとめられています。

 

低体温はほかと全く戦い方が異なります!

 

たとえば、

意識のない低体温患者に対して、

バイタルサイン(特に脈拍と呼吸)、ECG、POCUSなどを含めて

最大1分間をかけて良いことになっています。

 

なるべく早く胸骨圧迫をすべき病態であるはずが、

低体温という臓器が守られた特殊な環境下では少し対応が異なります。

 

多くの部分では標準的なACLSを行えばおおむね問題ありませんが、

アドレナリンを含めた薬剤投与や電気ショックを行うことへの推奨がガイドライン毎に微妙に異なっています。

とくにAHAガイドラインはこの5年間で推奨は一変しました。

 

深部体温別に対応が異なることを知っておきましょう。

 

(※)AHAガイドラインでは、抗不整脈薬の使用に関しては推奨を示せるデータがなく、特別な推奨は行わないとされている。

 

前回のAHAガイドラインでは、

アドレナリン投与、電気ショックともに一般的なCPRと同様の方法を推奨していました。

 

しかし、最新の2025年版では、

2020年以降に蓄積した観察研究・レジストリ解析・他ガイドラインとの整合性をとるなどといったことから、立場を変更するにいたりました。

 

電気ショックと薬剤投与以外では、

復温速度やECLSと搬送・予後予測といった項目が目を引きました。

 

これら4項目の背景にある知識を、ガイドラインの記載に基づいて固めておきます。

 

① 電気ショック:複数回実施の利益不確実性と温度閾値の採用

 

低体温では、VF/ VTを除細動できる可能性が低く、

持続性VF/ VTがある状況での(メリットの乏しい)電気ショックは心筋傷害を引き起こす懸念があることが指摘されています。

 

さらに、大規模後ろ向き研究では病院前での電気ショックの回数が増加することは転帰改善と関連しなかったと報告されました。

 

こういった背景から、

「1回だけ電気ショックを実施→不成功なら復温まで電気ショックをしない」

という推奨が採用されました。

 

② アドレナリン:低体温下での反応性低下と代謝遅延による蓄積・毒性の懸念

 

「何度になったら投与するか」の至適温は実はいまだに未解明です。

 

その一方で、低体温では薬剤への反応性低下と代謝遅延が指摘されており、

蓄積・毒性の懸念が大きくなりました。

 

こういった背景から、

「30度を超えるまでアドレナリンは投与しない」

という、これまでの推奨からガラッと変わった推奨に置き換わりました。

 

③ 復温速度:速すぎる復温は神経学的転帰を損ないうるという量‐反応関係

 

658例のECLS復温データの二次解析において、

1時間に5度を超えない復温速度は、それを超える復温速度に比較して、

神経学的に良好な生存のオッズが2.41倍になるという量-反応関係が示されました。

 

また、復温速度が1度/hr速くなるごとに良好な転帰が1.9%低下するという関係も報告されています。

 

さらに、メタ解析で1.5–4度/hrの範囲における復温側で死亡リスクが低下することが示唆されました。

 

こういった背景から、

「成人の蘇生では1.5-5度/hrにすることが合理的である」

という推奨になっています。

 

④ ECLSと搬送・予後予測:ECMO優越性の示唆とスコア活用の明確化

 

多施設前向き観察研究やメタ解析で、

低体温による心停止ではECLSが従来法に比較して生存と神経学的転帰に優れることが明記されました。

 

ECLSでの復温適応や予後見通しを補助的に判断するための予後予測スコアとして、

成人ではHOPE<0.1、ICE>12は生存予測に有用として記載があります。

 

ERCガイドラインには、特に高齢者の偶発性低体温症における死亡率予測を目的とした5Aスコアも紹介されています。

 

ただし、これらのスコアは補助的なポジションであり、

単独でECLSをしないことを決定する基準ではありません。

 

基本的に、

「低体温による心停止はあきらめない!」

と覚えておけばよいでしょう。

 

ECMOを使用できない施設では、できる施設への転送を最大限考え、

もし6時間以内に達成不能ならECMO以外を使用して能動的復温を行うべきとされています。

 

 

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