りんごの街の救急医

救急科専門医によるERで学んだことのまとめブログです!間違いなどありましたら是非ご指摘下さい。Twitterでも医療系のつぶやきをしています@MasayukiToc

Real ER Round No.17:その高齢者、頭部CTやっとく?それともやらない?

最近、研修医と議論になったことがあります。

 

「この高齢者、転倒して頭をぶつけたそうだけどすごいなんともなさそうだよね」

「CTって撮った方がいいですか…?」

 

さて、どうすればいいんでしょうか。

 

路上で倒れていた60歳代男性に対して、

初期対応の際に画像検査を行わずに帰宅となったものの、

その後に後頭部の打撲による頭蓋内出血であったとされ、

裁判になっているというニュースも見ました。

 

news.yahoo.co.jp

 

最近のエビデンスをもとに個人的な意見を改めてまとめてみました。

 

 

 

 

ここで扱う高齢者の頭部外傷の範囲

ここで扱う高齢者の頭部外傷の範囲は、

・年齢:65歳以上

・意識レべル:GCS13-15 

です。

いわゆる軽症頭部外傷の範疇に属するものを扱います。

 

医療費や被爆などの問題、

もしくは時間帯によってはCT検査ができない施設にいるなどとといった問題から

頭部CTを撮像すべきか悩ましく感じる状況があると思います。

 

有名どころのClinical Prediction Ruleに含まれるような、

意識障害:GCS<13

・局所神経学的異常がある

・頭蓋底骨折や陥没骨折・開放骨折などの所見がある

といった場合には、迷うことなくCTが必要と判断できると思いますので、

ここでは扱いません(必ずCTで確認してください!)。

 

高齢者の特殊性を理解する

65歳以上の高齢者では、若年者に比較して、

臨床的に重大な頭部外傷を受傷する可能性が高まります。

 

しかも、重大な頭部外傷を受傷した高齢者のうち、

15%は年齢以外に高リスクな臨床的な特徴がなかったと報告されています。

 

しかも軽微な受傷機転であっても重大な頭部外傷につながる特徴があります。

いわゆる地面レベルでの転倒ground-level fallによって、重大な頭部外傷やそれに伴う死亡が引き起こされてしまいます。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38340132/

 

こういったことが起きる要因として、

・反射や防御反応が低下していること

・脳萎縮の進行により、外傷により脳が急激な動きを起こしやすくなること

・脳の架橋静脈(cerebral bridging veins)の弾性が失われ、切れやすくなること

などが挙げられます。

 

病歴や身体所見から外傷性頭蓋内出血を除外することは、

こと高齢者においては不可能(少なくとも自分レベルには)

と考えておきましょう。

 

ブログ管理人の意見

個人的な立場は、

 

(頭部打撲した高齢者はもちろん、打撲したか不明瞭な高齢者に対しても)

「全例に頭部CTはやっとけ!」

です。

 

状況に応じて、頚椎CTの閾値も低くして同時に撮像することが多くあります。

 

ガイドラインやClinical Prediction Ruleからの推奨

ACEPのガイドライン

米国救急医学会の軽症頭部外傷に関するガイドラインでは、

 

「Canadian CT Head Rule:CCHRを用いて意思決定をサポートし、成人頭部外傷における頭部CTの適正利用をすること」(Level A recommendation)

 

と記載があります。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37085214/

 

ほぅほぅ。。。

では、そのCanadian CT Head Rule:CCHRを見てみましょう。

 

Canadian CT Head Rule:CCHR

これは言わずと知れた超有名なClinical Prediction Ruleですね。

 

どんなマニュアルにも必ず記載があると思います。

https://www.mdcalc.com/calc/608/canadian-ct-head-injury-trauma-rule

 

臨床的に重大なTBIの高リスク群として、以下が同定されています。

・受傷2時間以内にGCS < 15

開放骨折や陥没骨折が疑われる

・2回以上の嘔吐

・年齢≧65歳

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29753518/

 

ただし、このClinical Prediction Ruleの組み入れ基準として

・受傷から24時間以内

・受診時 GCS ≧ 13

・目撃のある意識消失・見当識障害・健忘を伴う

が設定されています。

 

ってことは、

ただ高齢者というだけでは頭部CTを必要とする閾値に達しない可能性があります。

 

ここがClinical Prediction Ruleの使い方が難しいところですね。

 

※※

ちなみに、急性アルコール中毒の場合にもCCHRを適用したくなるかもしれません。

でも、その場合には感度が70%まで低下してしまうため、使うに値しません。

気を付けてください。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24033617/

※※

 

 

さて、私の主張もブレそうです。。。

 

 

Falls Decision Rule

もう1つだけClinical Prediction Ruleを紹介しておきます。

 

Falls Decision Rule

近年になって開発されたClinical Prediction Ruleです。

 

これは臨床的に重要な頭蓋内出血のリスクが高い患者を同定するためのものです。

 

CCHRとなにがちがうのか…。

 

前述のCCHRは超優秀なんですが、

見当識障害や健忘、意識消失などがなかった患者には適用することができません。

 

頭部打撲があったかすらはっきりしないような高齢者、

転倒の状況を説明できない(目撃者のいない)ような高齢者

といった現代で増えている患者群に画像検査を行うべきなのかは、

CCHRでは判断できません。

 

そういった既存のルールの限界から導き出されたのが、Falls Decision Ruleです。

 

Falls Decision Ruleは、いわゆるGround-level fallに適用されます。

つまり、転倒や椅子や便座などからのずり落ち、ベッドからの転落などです。

 

秀逸なのが、

転倒時の記憶があるかどうかにかかわらず、

転倒していたであろう状況で救急外来を受診したすべての高齢者に使える

というところです。

 

項目
リスク因子が存在しない
(CT不要)
リスク因子が存在/不明
(CT推奨)
転倒時の頭部外傷
転倒時に頭部外傷なし
(患者、目撃者、または診察によって確認されている
頭部外傷の証拠がある
頭部外傷があったか不明瞭
転倒時の健忘
転倒時の出来事について健忘がない
(患者が思い出せる)
転倒時の出来事について健忘がある
健忘があるか不明瞭
神経学的異常
新たな異常がない
新たな異常がある
Clinical Frailty Scale(CFS)(※)
CFS5未満
CFS5以上

 

 

(※)Clinical Frailty Scale(CFS

高齢者のフレイル(虚弱)の程度を定量化するための臨床指標。

動作が緩慢になり、IADLに助けが必要になる、

特に買い物・1人での外出・食事の支度・家事などができなくなる段階が

CFS ≧ 5に該当する。

 

 

上記のリスク因子が1つも存在しない場合にはTBIの存在は否定され、

頭部CTは不要という判断ができます。

(感度98.6%、特異度20.3%、陰性的中率99.8%)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38049159/

 

よって、

頭部打撲をしたかどうかもわからない(たとえば、外で倒れていたとか)

でも、だいぶADLが低下していて、フレイルが目立つ高齢者

には頭部CTを行った方が安全ということを示唆するClinical Prediction Ruleです。

 

こういった背景から、

(頭部打撲した高齢者はもちろん、打撲したか不明瞭な高齢者に対しても)

「全例に頭部CTはやっとけ!」

(特にフレイルがある場合にはね)

というように、ER診療では考えています。

 

ほかにちょっと気になること

「鎖骨より上」の外傷を見たら…頚椎外傷を疑おう!

これは高齢者だけに当てはまる格言ではありませんが、

「鎖骨より上の損傷を見たら、頚椎損傷を疑え」

 

特に高齢者では、強い疑いを持たなくてはいけません。

 

ショッキングなデータを提示します。

高齢者で頚椎損傷を負った患者の最大21%が全くの無症状であり、

うち7%は外科的介入を必要としたという報告があります。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28426562/

 

あなおそろしや。

頭部CTを撮るような判断をするときには、

頚椎画像もセットで考えておいた方がよいでしょう。

 

じゃあレントゲン撮っておけばいいのか?という質問が出るかもしれませんが、

これでは不十分です。

 

低リスクな成人外傷においてはレントゲンでも十分かもしれませんが、

高齢者の頚椎損傷を診断する際には感度が不十分とされています。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19509621/

 

ガイドラインでも高齢外傷患者ではCT > レントゲンを推奨しています。

https://www.facs.org/media/oxdjw5zj/imaging_guidelines.pdf

 

そんな背景から、現時点での自分の立ち位置は

「頭部CTを行うと決めたら、頸部CTも追加する」

こととしています。

 

病歴聴取や身体所見の大家とかになればうまく切り抜けられるのかもしれませんが、

まぁ難しいですよね…。

 

 

血栓療法を受けている患者ではフォローの画像検査が必要になる?

初回画像検査でTBIの根拠は認められなかったけど、

抗凝固療法をしている患者だからどこかで時間をおいてフォローした方がいいのでしょうか?

 

結論から言うと、ここはあまりエビデンスのある分野ではなさそうです。

 

ACEPのガイドラインでは、

「初回の頭部CTで出血が認められず、

神経学的所見がベースラインから変化していない場合、

抗凝固薬または抗血小板薬を服用している軽度頭部外傷患者に対してルーチンでの画像検査再検を行うべきではない」

(Level B recommendation)

 

と記載されています。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37085214/

 

 

DAPTだったらどうするのか、抗凝固薬+アスピリンの場合にはどう考えるのか、

といったような状況については検討が不十分な分野です。

 

基本的には個別に対応すべきで、

少なくとも初回頭部CTで異常がないことを確認して帰宅させるときには、

帰宅指示書を渡してリスクを共有すべしと思っています。