外傷で入院される患者さんのVTE(DVT+PE)発症率はなかなか高率です。
それでいて出血イベントが絡むことがほとんどであるため、
いつ薬理学的予防を開始するかは多くの場合に悩ましい問題となります。
American Association for the Surgery of TraumaとAmerican College of Surgeons-Committee on Traumaから推奨が出ていましたので共有します。
Yorkgitis BK, et al. American Association for the Surgery of Trauma / American College of Surgeons-Committee on Trauma Clinical Protocol for Inpatient Venous Thromboembolism Prophylaxis after Trauma.
J Trauma Acute Care Surg. 2021 Nov 17.Epub ahead of print.
PMID: 34797813.
前提
・外傷患者のVTEリスクは高いことが知られている
◦外傷患者のVTE発症率は報告により5-63%と幅がある
・薬理学的VTE予防は発症リスクを減ずるための外傷後ケアとして必須である
◦薬理学的VTE予防開始時期や薬物の選択に関しては臨床現場で統一はされていない
◦施設ごとの違いや医療従事者ごとの違いがある状況とされている
・最適なVTE予防プロトコルは、重大な外傷受けた患者のVTEリスクと出血リスクを勘案して決定する必要がある
・これを最適化させるためにAmerican Association for the Surgery of TraumaとAmerican College of Surgeons-Committee on Traumaが共同で推奨項目を作成した
VTEリスクのスコアリング
・もろもろの状況を考えると、「入院を必要とするほとんどの外傷患者はVTEリスクが高い」と結論付けられる
・患者が歩行可能で予想される入院期間が24時間未満である場合を除き、特にリスクスコアなどは使用せずに速やかに薬物的VTE予防を開始することを推奨する
・VTEリスクと薬理学的予防の必要性を層別化のためのスコアリングは複数存在する
◦TESS(Trauma Embolic Scoring System)
‣TESS≧6の場合、VTE予測について感度81.6%/特異度84%
◦RAP(Risk Assessment Profile)
‣VTE予測について感度82%/特異度57%
(Am J Surg . 2013 May;205(5):517-20; discussion 520.)
※RAPはあとでもう一度出番がある
・脊椎骨折/骨盤骨折/長管骨骨折/静脈損傷修復後などはVTEリスクが高いことが知られている
・過去のVTE発症歴/先天性凝固障害/悪性腫瘍の存在など併存疾患も考慮すべし
・もろもろの状況を考えると、「入院を必要とするほぼ全ての外傷患者はVTEリスクが高い」と結論付けられる
・患者が歩行可能で予想される入院期間が24時間未満である場合を除き、特にリスクスコアなどは使用せずに速やかに薬物的VTE予防を開始することを推奨する
薬物の選択と投与量
・なにを選択するにせよ、ほぼすべての外傷患者に対して早期かつ継続的に薬理学的VTE予防策を講じること
enoxaparin
・外傷患者に対するVTE予防では第一選択
・高用量投与が標準治療と考えられている
・多くの外傷患者ではenoxaparin 40mg 1日2回から開始すべき
◦enoxaparin 30mg 1日2回では薬理学的予防効果が不十分となり得る
・enoxaparin 30mg 1日2回投与を考慮するのは以下の患者群
◦65歳以上
◦体重50kg未満
◦CcCl 30-60mL/min
◦外傷性脳損傷
◦脊髄損傷
◦妊娠中
・軽度~中等度の血小板減少症(Plt50000-100000)があってもVTEの薬理学的予防をためらうべきではない
・enoxaparin初回投与後は以下を目標として投与継続を考える
◦ピーク値:0.2-0.4IU/mL, トラフ値:0.1-0.2IU/mL
・モニタリングは要するが、肥満患者では初回enoxaparin投与量を増量してもよい
◦BMI>30の場合には、enoxaparin 0.5mg/kg 1日2回に増量してよい
※ただし、中高年以降ではCcCl低下している可能性があるため注意(この場合には増量不要)
・結局、投与量調整で一番重要な因子はCrClになることを覚えておく
◦肥満がなくやせていて、CrClが高い場合には高用量が必要になる可能性がある
heparin
・末期腎疾患またはCrCl<30mL/minの患者では、heparinが好ましい選択肢
・一般的な投与量は以下
◦heparin 5000単位 8時間毎皮下注
◦肥満患者(BMI>30)の場合には、7500単位 8時間毎皮下注でもよい
enoxaparin vs heparin
・腎機能が悪い場合にはheparinがよい
・enoxaparinは腎機能が悪くなければ、heparinに比較して以下の利点がある
◦半減期が長い
◦薬物動態および薬力学的に予測陥凹
◦血小板との相互作用が少ない
◦HITの発生が非常にまれ
・一般的には、「heparin 5000単位 1日3回はenoxaparin 30mg 1日2回に劣らない」とされているが、現在はenoxaparinはより高用量で投与されているため標準的な考えではない
◦さらに最近の知見では、enoxaparin 30mg 1日2回でさえheparin 5000単位 1日3回より有益であることが確立されている
配慮が必要なhigh riskな患者群
鈍的固形臓器損傷
・鈍的臓器損傷に対しては、早期の薬理学的VTE予防(24-48時間)が推奨される
・Grade IV-V損傷においては早期薬理学的VTE予防を検討した研究が少ないため慎重に開始すべきだが、出血の安定が得られ次第速やかに開始すべし
・鈍的臓器損傷を受傷すると、早いと入院から12時間以内に凝固亢進状態となる
・48時間以内に開始する早期薬理学的VTE予防は、非手術療法の失敗率/輸血率/死亡率を増やすことなくVTE予防可能であることが示されている
・鈍的臓器損傷患者36187人を対象とした研究
◦患者はnon-operative managementを選択
◦早期予防群(≦48時間) vs 後期予防群(>48時間)で比較
◦DVTとPEの発症率は早期予防群で低かった
‣DVT:1.9% vs 4.1%
‣PE:1.0% vs 1.8%
◦ただし、後期予防群はより重症度が高かった可能性あり
◦非手術療法の失敗や輸血実施率には有意差なし
・非手術療法が選択された鈍的臓器損傷患者118人の前向き研究
◦早期予防群(≦48時間) vs 後期予防群(>48時間)で比較
◦早期予防群でDVT発症率低下…3% vs 9%
◦薬理学的VTE予防開始後の非手術療法失敗やIVRを要することはなかった
◦後期予防群ではTBIが多くみられた
TBI
・modified Berne-Norwood criteriaによりリスク層別化を行い、それに応じて24-72時間以内に薬理学的VTE予防を開始する
・頭蓋内出血拡大には配慮が必要になる
・適切な予防がない場合には、TBI患者の54-63%がVTEを発症する
・VTE予防を開始する際の最大の留意点は、頭蓋内出血の進行がないことを画像で確認することである
・modified Berne-Norwood criteriaは、TBI患者に対する薬理学的VTE予防開始を検討するための基準であり、VTE予防とそれによる安全性に有効性があるとされている
◦これによりTBIを低リスク vs 高リスクに分類できる
◦この基準を順守することでTBI進行のリスクを増加させることなく、VTEイベントを有意に減少させられる
‣フォローCTで進行がない低リスクTBI…受傷後24時間で安全に開始可能
‣フォローCTで進行がない高リスクTBI…受傷後72時間で安全に開始可能
リスク層別化
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基準
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VTE予防開始
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Low risk
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moderate or high riskではない |
CT安定なら
24時間以内に薬物的予防開始
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Moderate risk
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・硬膜下血腫>8mm
・硬膜外血腫>8mm
・脳挫傷または脳室内出血>2cm
・1つの葉に複数の脳挫傷
・CTAで異常を認めるSAH
・24時間時点での悪化の徴候
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CT安定なら
72時間以内に薬物的予防開始
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High risk
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・ICPモニター留置
・開頭術
・72時間時点での悪化の徴候
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下肢静脈エコーでスクリーニング
IVCフィルター
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脊椎骨折/脊髄損傷(SCI)
・受傷や手術から48時間以内の薬理学的VTE予防を推奨
・この患者群はVTE発症リスクが非常に高いため、診断後できるだけ早期に薬理学的予防を開始したい
・ただし、特に頸髄領域のSCIにおける出血性合併症は致命的になる可能性がある
◦単一施設のretrospective studyによれば、薬理学的VTE予防が48時間未満 vs 48時間以上で脊髄腔内血腫拡大率は1%で有意差なし
・科学的根拠は強くないが、SCIまたは脊椎手術後から48時間以内の薬理学的VTE予防開始は出血性合併症の増加を伴わずにVTE発症率を低下させられると報告されている
・外傷(鈍的脊椎外傷±SCIを含む)や手術から48時間以内のLMWH開始は、48時間以降経過後にLMWHを開始した群と比較して、出血性合併症を増やすことなく血栓塞栓合併症発生率を低下させたという最近の報告も2編ある
VTEのスクリーニング
・全ての外傷患者に対してルーチンでのVTEスクリーニングを行うことは推奨されない
・高リスク群ではスクリーニング推奨
・下肢超音波検査(LUS)によるDVTスクリーニングはDVT検出率を増加させるが、PE発症率低下との関連はない
・全ての外傷患者に対してルーチンでのVTEスクリーニングを行うことは推奨されない
◦CHEST guidelineではGrade 2Cの推奨
・高リスク群(RAP>10)では、VTE検出率と症候性肺塞栓率を下げるため、ルーチンでのDVTスクリーニング推奨
IVCフィルター留置
・外傷患者に対する予防的IVCフィルター(IVCF)の使用は推奨されていない
・外傷患者に対する予防的IVCフィルター(IVCF)の使用は推奨されていない
・ISS>15の患者240人を対象とした多施設RCTによれば、IVCFによりPEまたは90日死亡率低下がないことが報告されている
・早期薬理学的VTE予防が積極的ではなかった時代のデータでは、予防的IVCFは有用性を示していた
◦薬理学的VTE予防ができない場合に考慮
まとめ
●high riskな外傷(TBI, 脊椎/脊髄, 固形臓器)
・TBI…modified Berne Norwood CriteriaでVTE予防開始時期検討
◦enoxaparin 30mg 1日2回
・TBIなし+脊椎骨折/脊髄損傷
◦48時間以内にVTE予防開始
◦enoxaparin 30mg 1日2回
・TBIなし+脊椎骨折/脊髄損傷なし+臓器損傷 GradeIV-V
◦活動性出血あり…機械的予防
◦活動性出血なし…48時間以内にVTE予防開始
‣enoxaparin 30mg 1日2回
●非high riskな外傷(TBI, 脊椎/脊髄, 固形臓器以外)
・全ての症例で迅速にVTE予防開始
・CrCl>30mL/minの場合
◦以下の所見があれば、enoxaparin 30mg 1日2回
‣年齢>65歳、CrCl<60mL/min、体重<50kg、妊娠
◦上記所見なしなら、体重をみる
‣BMI>30…enoxaparin 0.5mg/kg 1日2回
‣BMI<30点enoxaparin 40mg 1日2回
・CrCl<30mL/minの場合
◦BMI>30…heparin 7500U q8hr
◦BMI<30…heparin 5000U q8hr