なかなか遭遇しないけど、
ときおりぎょっとするタイミングと検査データで出迎えてくれるtoxic alcohol。
今回はその復習をしてみようと思います。
あまり多くの治療経験がないため実体験に基づいた記載はできていません。。。
主に以下の文献を参考にまとめています。
➀Beauchamp GA, Valento M. Toxic Alcohol Ingestion: Prompt Recognition And Management In The Emergency Department.
Emerg Med Pract. 2016 Sep;18(9):1-20.
PMID: 27538060.
Emerg Med Pract. 2016 Sep;18(9):1-20.
PMID: 27538060.
②Kraut JA, Mullins ME. Toxic Alcohols.
N Engl J Med. 2018 Jan 18;378(3):270-280.
PMID: 29342392.
N Engl J Med. 2018 Jan 18;378(3):270-280.
PMID: 29342392.
③Ross JA, Borek HA, Holstege CP. Toxic Alcohols.
Crit Care Clin. 2021 Jul;37(3):643-656.
PMID: 34053711.
Crit Care Clin. 2021 Jul;37(3):643-656.
PMID: 34053711.
機序
toxic alcohol摂取により、酩酊状態が引き起こされうるが直接的な毒性はないとされています。
(N Engl J Med . 2018 Jan 18;378(3):270-280.)
上記はtoxic alcoholの代謝経路を簡略化したものです。
・メタノール→ギ酸
・エチレングリコール→シュウ酸+グリコール酸
・ジエチレングリコール→2-ヒドロキシエトキシ酪酸+ジグリコール酸
・プロピレングリコール→D-乳酸+L-乳酸
・イソプロパノール→アセトン
ADHがtoxic alcohol類の最初の酸化を触媒し、毒性代謝物の生成を調整する重要な酵素となります。この「ADH」は治療の際に重要なターゲットとなるため、必ず覚えておかなければならない酵素です。
ADHとエタノールは競合します。
メタノール中毒
自動車の洗浄液/工業製品などを経口摂取することで発症します。
また、肺や皮膚を経由しての曝露もあります。
(Emerg Med Pract. 2016 Sep;18(9):1-20.)
さらに。ホルムアルデヒドはALDHにより速やかに酸化されてギ酸となります。
エチレングリコール中毒
無色で甘い味のする液体のため、これを使った犯罪が増えているそうです。
一般的には不凍液が有名です。
(Emerg Med Pract. 2016 Sep;18(9):1-20.)
主に肝臓で代謝され、ADHとALDHによる連続した酸化が行われます。
グリコール酸の蓄積により著しいAG開大代謝性アシドーシスが引き起こされます。
シュウ酸はカルシウムと容易に沈殿し、不溶性のシュウ酸カルシウム結晶を形成します。非特異的な所見ではありますが、尿検査でシュウ酸Caがあればエチレングリコール中毒を示唆するとされます。このシュウ酸塩が広範囲な臓器に沈着することで多臓器不全(特に腎不全)を引き起こします。
イソプロパノール中毒
消毒用アルコールに含有され、COVID-19の流行により消毒用アルコールの流通が盛んになったためイソプロパノール中毒も増えているそうです。
イソプロパノールはADHによって速やかにアセトンに代謝された後、ゆっくりと排泄されます。
腎臓では約80%がアセトンとして排泄され、イソプロパノールとして20%が排泄されます。
ジエチレングリコール中毒
自動車のブレーキ液や工業製品の摂取により発症します。
市販されている製品や小児用の経口薬に希釈剤としてプロピレングリコールの代わりにジエチレングリコールが使用されている場合にも発症するとされます。
メタノール中毒
初期には酩酊状態となるが、エタノールほど強い酩酊にはならないことが多いとされます。
臨床所見は通常6-24時間で進行しますが、
エタノール同時摂取により所見発現が72-96時間遅延します。
視力低下(時に失明)が有名であり、29-72%に発症します。
肺機能障害/腹痛/昏睡/パーキンソン様症状なども呈します。
さらに、頭蓋内出血や梗塞(特に大脳基底核領域)を起こす可能性があり、
メタノール中毒の67%にCTで異常が認められると報告があります。
神経学的後遺症は曝露後数日~数週間持続する可能性があります。
エチレングリコール中毒
エチレングリコールを摂取すると初期には酩酊状態になることがあります。
共沈による低カルシウム血症やCre上昇/痙攣/不整脈などを発症します。
未治療では腎不全になることが多いとされます。
急性腎不全発症の予測因子として初期AG≧20mmol/L, pH≦7.3であることが知られています。
・AG≧20mmol/L…感度95.6%/特異度94.4%
・pH≦7.3…感度100%/特異度88.5%
数日遅れで脳神経障害が発生することもあります。
神経系の機能障害は、特に最初の12時間で生じ、12-24時間経過で心臓/肺の機能障害、48-72時間で急性腎障害が発生するのが典型的な経過です。
ただし、臓器機能障害は同時発症もありえます。
乳酸上昇が出てきますが、検査機器によっては乳酸とグリコール酸を区別できず「偽性」乳酸上昇(乳酸ギャップ)がみられることがあります。
2つの異なる方法で報告された乳酸値に大きな差があればエチレングリコール中毒と判断できるともいわれています。
イソプロパノール中毒
イソプロパノールを摂取すると、エタノール中毒に似た酩酊状態を呈することがあります。
特に。イソプロパノールとアセトンはエタノールと類似したCNS抑制作用があります。
感覚器を抑制し、呼吸機能障害/心血管障害/急性膵炎/低血圧/乳酸アシドーシスを引き起こす可能性があります。
また、著しい消化管刺激性があり、吐血や出血性胃炎を引きおこしうることが他のtoxic alcoholとの鑑別になるかもしれません。
大量摂取により血管拡張/低血圧を引き起こします。
アセトン増加により血中/尿中ケトンが陽性となるためDKAなどとの鑑別を要する必要があります。
一方で、糖尿病や高血糖がない場合にアセトン(ケトン)が検出されることはイソプロパノール中毒の診断の手掛かりともなります。
他のtoxic alcoholと異なり著しいアシドーシスを呈することはあまりありません。
ジエチレングリコール中毒
これもエタノール中毒に似た酩酊状態になることがあります。
エタノール併用により毒性の出現は、48-72時間ほど遅延します。
急性腎障害は曝露後8-24時間後に出現することが多く、血液浄化が必要になることもあり、主要な死因となります。
脳神経麻痺やその他の神経学的合併症は曝露後5日以上経過してから出現します。
プロピレングリコール中毒
これもエタノールに類似した酩酊状態になることがあります。
既存の肝疾患/腎疾患またはその両者が誘発因子となります。
高用量のロラゼパム(>10mg/hr)を48時間以上にわたって持続注入する患者ではリスクが高いとされています。
L-乳酸蓄積による乳酸アシドーシスが最多ですが、D-乳酸アシドーシスを発症することもあります。
D-乳酸は通常の検査方法では測定されないため見逃される可能性があります。
以下にまとめを貼っておきます。
toxic alcohol
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含まれるもの
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臨床的特徴
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検査所見
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曝露から発症まで
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・不凍液
・エンジン冷却液
・除氷液
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・酩酊状態
・急性腎障害
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・OG増加/AG増加代謝性アシドーシス
・尿中シュウ酸Ca/低Ca血症
・乳酸ギャップ
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・12-24時間
(エタノールなし)
・48-72時間
(エタノールあり)
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・ウォッシャー液
・キャブレタークリーナー
・レース用燃料
・キャンプ用燃料
・粗悪なエタノール(密造酒)
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・酩酊状態(軽度)
・腹痛
・視力障害(失明)
・パーキンソン様症状
・頭蓋内出血/脳梗塞
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・OG増加/AG増加代謝性アシドーシス
・ギ酸塩の増加
・細胞性低酸素症を伴う乳酸アシドーシス
・血清Cre上昇
・頭部CT(70%弱)
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・6-24時間
・72-96時間
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・非経口薬の希釈薬
・不凍液
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・酩酊状態
・急性腎障害
・低血糖
・肝腎機能障害はまれだが重篤な毒性を引き起こす可能性がある
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・OG増加のみ
・乳酸アシドーシス
※検出されないことも
・急性腎不全(まれ)
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・NA
・NA
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・ブレーキ液
・油圧作動油
・不純物の入った液体薬剤(プロピレングリコールやグリセリンの不適切な代替)
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・腹痛
・嘔気嘔吐
・急性膵炎
・急性腎不全
・中枢/末梢神経障害
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・OG増加/AG増加代謝性アシドーシス
・急性腎不全
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・24-48時間
・48-72時間
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イソプロパノール
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・消毒用アルコール
・手指消毒剤
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・酩酊状態
・腹痛
・出血性胃炎
・急性膵炎
・低血圧
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・OG増加
・アシドーシスはあまり強く出ない
・アセトン血症
・ケトン尿/ケトン血症
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・2-4時間
・NA
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アニオンギャップと浸透圧ギャップの考え方
ご存知の通り、推定血清浸透圧(OsmC)=2*Na + BUN/2.8 + Glu/18で推定されます。
さらに、エタノールやtoxic alcoholをこの式に組み込むと以下のように表現されます。
・Osm C = 2*Na + BUN/2.8 + Glu/18 + (ethanol)/4.6 + (methanol)/3.2+ (ethylene glycol)/6.2 + (isopropanol)/6.0
それぞれのアルコールの血中濃度を推定したい場合には上記を使い、
・エタノール濃度=OG*4.6
・メタノール濃度=OG*3.2
・エチレングリコール濃度=OG*6.2
・イソプロパノール濃度=OG*6.0
といった具合で推定可能です。
測定された浸透圧(OsmM)と推定された浸透圧(OsmC)の差を浸透圧ギャップと言います。
・Osmole gap(OG) = OsmM − OsmC
OGの著しい上昇がある場合には、血液中の異物の存在を示している可能性があります。
toxic alcoholを中心に以下のような物質の存在を考慮します。
浸透圧ギャップ(OG)が上昇する物質
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・toxic alcohol
◦イソプロパノール
・薬物
◦マンニトール
◦グリセロール
◦浸透圧造影剤
・その他の化学物質
◦エチルエーテル
◦アセトン
◦トリクロロエタン
・疾患/病態
◦CKD
◦乳酸アシドーシス
◦ケトアシドーシス(糖尿病性/アルコール性/飢餓性)
◦ショック
◦高脂血症
◦高タンパク血症
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さて、OGの正常値は≦10mOsm/kg程度とされます。
これが高値であればあるほど、toxic alcoholなどの浸透圧活性物質が蓄積していることを示します。
しかし、悩ましいことにOGが正常でもtoxic alcoholを否定することはできません。
OGの解釈を難しくしている要因として以下の因子があります。
➀OGの個体差が大きいこと
OGについてはそもそもばらつきがあるものと理解しておかなければいけません。
以下のように報告によってその値はばらばらです。
・健康成人での報告…-9 ~ 5mOsm/kg
・小児救急患者での報告…-13.5 ~ 8.9mOsm/kg
・救急患者での報告…-10 ~ 20mOsm/kg
例えば、OG 9mOsm/kgは正常範囲とされていますが、
ベースが-5mOsm/kgだったとすると…新たにOGが14mOsm/kg増加したことになってしまいます。
この増加がエチレングリコールによるものとすると血清濃度は86.8mg/dLに相当してしまいます。
スクリーニングツールにはなりますが、これだけを判断基準にすると容易に見逃してしまうことにつながります。
②曝露からの時間経過により代謝されてしまう
toxic alcoholが蓄積すると初期はOGが上昇します。
代謝の進行によりOGは低下していきます。
よって、検査した時間によってはtoxic alcohol中毒であったとしてもOG上昇が全くないといった状況が起きえます。
これはアニオンギャップ(AG)においても同様のことが言えます(後述)。
③エタノールの共存
よって、OGが増加している時間が延長することがあります。
(N Engl J Med . 2018 Jan 18;378(3):270-280.)
・エタノールを共存させた場合とさせなかった場合のOGとAGの経時的変化
・非イオン化アルコールの蓄積により初期にはOGの増加がみられる
・アルコールの種類によって違いはあるが、おおよそ数時間~1日かけて変化
→OG増加を遅らせ、AG増加代謝性アシドーシスの出現を遅らせる
上図のように、AGはtoxic alcohol代謝の進行により増加していきます。
toxic alcoholが代謝されるとOGが低下し、その代わりAGが上昇してきます。
AGは経過を通じて最低値~最高値まで10mmol/Lほどの変化がありえます。
そのため、OGと同様に、ベースが低い場合には有機酸アニオンが多量に蓄積しているにも関わらず、正常値上限を超えないこともあります。
AGについては初期の段階では全く異常値ではないこともあるため、
OGと同様に解釈に注意を要します。
AG増加代謝性アシドーシスの原因
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Glycol
Oxoproline
L-lactate
D-lactate
Methanol
Aspirin
Renal failure
Ketoacidois
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治療
特に、アルコール使用障害の患者やこれまでにtoxic alcohol中毒の既往があるような場合には要注意です。
(N Engl J Med . 2018 Jan 18;378(3):270-280.)
メタノール中毒
特に、ホメピゾールを使った解毒治療は以下の場合に考慮します
・血清メタノール濃度>20mg/dL(6mmol/L)
・中毒の疑いがあり、OG>10mOsm/kgまたは原因不明の代謝性アシドーシスがある場合
ここから何度も出てくるホメピゾールですが、前述したアルコール代謝の第一段階で出てくるADHを阻害する拮抗薬です。
ただし、阻害することにより半減期は50時間ほどになります。
半減期が長く、重大かつ不可逆的な毒性を呈するため、血液浄化を併用したホメピゾール治療が推奨されることが多いようです。
血液浄化によりメタノールとギ酸の両者を速やかに除去できます。
エチレングリコール中毒
エチレングリコールも消化管からの吸収は速いため、通常は胃洗浄の適応はありません。
ホメピゾールによる解毒治療は以下の場合に考慮します。
・血清エチレングリコール濃度>20mg/dL(3mmol/L)
・中毒の疑いがあり、OG>10mOsm/kgまたは原因不明の代謝性アシドーシスがある場合
ホメピゾールのADHへの親和性はエタノールの8000倍です。
使用可能であるならばホメピゾールを使用しない手はありません。
大まかな使い方は以下のようになります。
・15mg/kgでローディングし、12時間毎に10mg/kgを4回投与
・6回目以降は12時間ごとに15mg/kgを投与する
・投与速度は30分以上かけてゆっくりと静脈内投与する
・血液浄化中は投与頻度を4時間ごとにすること
理論的にはこれらによりグリオキシル酸がシュウ酸から無毒な代謝物への代謝するのを補助できるため、チアミン100mg静注、ピリドキシン100mg静注、マグネシウム1g静注などが補助的に使われることもあります。
著しいアシドーシスに対しては炭酸水素ナトリウムの投与を検討します。
ジエチレングリコール中毒
ホメピゾールの使用が複数の専門家により推奨されています。
※日本の添付文書には適応症にありませんでした
ホメピゾールの単独使用による治療も奏功しますが、急性腎障害発症が多いため血液浄化も併用して治療するのが妥当と考えられています。
イソプロパノール中毒
多くの場合には支持療法で十分とされています。
これまで治療の主戦力であったホメピゾールやエタノールは適応外です。
血清イソプロパノール濃度≧500mg/dL(83mmol/L)の場合や低血圧/乳酸アシドーシスがみられる場合には血液浄化が必要になることがあります。
イソプロパノールとアセトンの除去に有効ですが、一般的には支持療法のみで改善することが多いのが特徴です。
プロピレングリコール中毒
ほとんどの症例では血清浸透圧の上昇はプロピレングリコールを含む薬剤を中止することで解消されます。
よって、一般的には支持療法が行われます。
ホメピゾール使用に関するコンセンサスはありませんが、大量の摂取がありまだプロピレングリコールが代謝されていないと考える場合にはホメピゾールが有効であることがあるそうです。
乳酸アシドーシスを発症した場合には血液浄化が推奨されていますが、必要になることはまれで、通常は支持療法のみで十分とされます。
著しいアシドーシスの場合には炭酸水素ナトリウム投与を考慮します。
まとめ
・特にアルコール使用障害や自殺企図の患者で、精神状態の変化/OGやAG増加代謝性アシドーシス/腎不全/視力障害などがある場合には包括的な評価を行うこと
・toxic alcohol自体に直接的な毒性はなく、中毒症状は主にそれらの代謝産物に起因する
・メタノール中毒の合併症としては視力障害が有名。頭蓋内病変も出現することが多い。
・エチレングリコール中毒ではシュウ酸塩の集積による急性腎不全や低Ca血症(に起因した症状)が出うる。尿検査でシュウ酸Ca塩が検出された場合にはエチレングリコール中毒が疑われる。2つの異なる方法で報告された乳酸値に大きな差があればエチレングリコール中毒の可能性が高くなる。
・イソプロパノール中毒では急性膵炎、吐血、低血圧などが問題になる。尿中/血中ケトンが陽性となる。
・ジエチレングリコール中毒は急性腎不全が主な死因となる
・プロピレングリコール中毒は既存の肝疾患や腎疾患が合併症の誘発因子となり急性腎不全や痙攣、低血圧などを呈する。D-乳酸が検出されず乳酸アシドーシスを呈していないように見えることがある。
・浸透圧ギャップやアニオンギャップを計算してみよう
・基本的にはtoxic alcohol摂取により初期にはOGが上昇し、経時的にAGが上昇するがその解釈には注意を要する
・数時間で検査値は変化し、初期評価時にはAGとOGが正常であることもあり、これらはtoxic alcohol中毒除外の材料には使えない
・プロピレングリコール中毒ではAG増加を来しにくく、OGの増加のみのことがある
・イソプロパノール中毒では他のtoxic alcoholに比較して著明なアシドーシスを呈しにくい
・ホメピゾールなどによる代謝の防止と血液浄化などによる体外除去が治療の中心となる