病歴/身体所見
・50歳女性
・既往歴なし
・ダイビング後に発症した、肩痛とめまいを訴えてER受診した
・コロンビアにてダイビングは合計18回行った
◦コロンビア本島からボートに36時間乗って目的の島でダイビングをした
◦初回ダイビング後(受診6日前)から軽度のめまい感を自覚していた
‣頭痛/胸痛/息切れ/腹痛/嘔気/嘔吐/下腿浮腫などはなかった
◦患者は過去に800回以上のダイビングをこなしており、減圧症の既往はなかった
◦6日間にわたり、1日3回のダイビングをした
‣それぞれのダイビング間に1時間30分以上の休憩をとっていた
‣これまでには100feetしか潜ったことがなかった
‣今回は海底洞窟があったのでそれより深い110feetまで潜った
・初回ダイビングをする着替えの際に左肩を壁にぶつけて打撲していた
◦その翌日に打撲した左肩付近の発疹に気づき、日に日に黒ずんできていた
・左肩痛は持続し増悪傾向にあったが、飛行機でアメリカに帰国した
◦合計6時間50分間のフライトだった
・空港から直接病院を受診した
・受診時には安定しており、苦痛はなくなっていた
・バイタルサインには異常がなかった
・左肩の関節可動域は自動/他動運動共に問題なく、軽度の圧痛のみで捻髪音はなし
◦左肩にはまだら状の網状皮疹のような皮疹が認められた
検査
・胸部と肩のレントゲンや超音波検査が実施されたがいずれも異常を認めなかった
診断
減圧症(皮膚型:cutis marmorata)
・患者は270分間の高圧酸素療法を受けると疼痛の改善を認めた
・皮疹は3週間後には完全に消失した
減圧症は見たことがないので、少し深めに勉強してみます。
もしかしたらいつかこの症例みたいに、ダイビング後すぐに当院を受診するような人もいるかも⁉
・減圧症は、潜水により高い圧力がかかり組織への窒素蓄積の結果として生じる
◦水中から上昇する際に、ガスが組織から放出されて気泡を形成し、さまざまな臓器や血管の機能に影響を及ぼす
(BMJ Case Rep. 2014 Jun 4;2014:bcr2014203975.)
・以前はtype Iとtype IIに分類されていたが、あまり意味を持たない
◦type Iなら軽症であり、type IIへの進展はあたかもないように誤解されうる
→臓器ごとに考えていくべし
・皮膚型減圧症
◦血管のうっ血と炎症により引き起こされると考えられている
◦瘢痕状または紅斑のような皮疹や掻痒感がみられる
◦典型的にはcutis marmorataパターン(大理石斑)を呈する
‣初期には皮膚領域の掻痒感で発症し、紅斑に発展しうる
‣充血したような外観の不規則なパターンをとることもある
‣最終的には黒ずみ、網状皮疹のようなパターンになる
◦skin mottlingやcutis marmorataを呈する場合には重症の指標となる
‣cutis marmorataは一過性で自然に改善するため治療自体は不要
(Diving Medicine. Auerbach’s Wilderness Medicine, by Paul S. Auerbach, 7th ed.//BMJ Case Rep. 2014 Jun 4;2014:bcr2014203975./Intern Med. 2013;52(21):2479./Complications of SCUBA diving - UpToDate)
(Intern Med. 2013;52(21):2479.)
(BMJ Case Rep. 2014 Jun 4;2014:bcr2014203975.)
・筋骨格型減圧症
◦気泡が筋肉や関節内に形成され、疼痛が出現する
◦関節周囲の感覚鈍麻なども呈することがある
◦紅斑、腫脹、可動に伴う疼痛
◦特に肩関節と肘関節に多くみられる
◦減圧症か否かの鑑別には血圧計を使用可能
‣減圧症では、150-250mmHgまで圧をかけるとガス量が減少し疼痛が改善しうる
‣20分間の圧迫を受けて、症状が改善すれば減圧症の可能性が高くなる
‣感度が低いため(61%)除外には使えないことに注意
◦不十分な減圧により減圧性骨壊死が生じうる
(Aviat Space Environ Med. 1991 Mar;62(3):266-7./Undersea Biomed Res. 1978 Mar;5(1):25-36.)
・内耳型減圧症
◦めまい、難聴(40%)、耳鳴などの症状を呈する
◦圧外傷との鑑別を要する
‣減圧症であれば高圧酸素療法を要する
…5時間以上の治療の遅れにより最大90%に永続的な聴力障害が残る
‣わからなくとも100%酸素を投与して検索を進めること
(Diving Hyperb Med. 2017 Jun;47(2):97-109./Laryngoscope. 2003 Dec;113(12):2141-7.)
・肺型減圧症
◦肺血管系の気泡は、最終的に神経型減圧症やショックに進行する可能性がある
◦胸膜痛/呼吸困難/咳嗽など
◦頻呼吸/頻脈/チアノーゼを呈しうる
・脊髄型減圧症
◦脳と脊髄にも悪影響を及ぼしうる
‣特に下位胸椎~腰椎にかけてが最も侵されやすい
◦麻痺、四肢のしびれ、下肢脱力、全身倦怠感、腰背部痛
◦膀胱直腸障害を呈することもある
(Arch Neurol. 1993 Jul;50(7):753-6./Neurology. 1985 May;35(5):667-71.)
・脳型減圧症
◦症状からは動脈空気塞栓症と区別不能
・減圧症は一般的には臨床診断となる
◦潜水歴、症状発症の時期など
・症状は通常潜水後すぐには発症しないが、多くは1時間以内の発症となる
(Diving Medicine. Auerbach’s Wilderness Medicine, by Paul S. Auerbach, 7th ed./Neurology. 1985 May;35(5):667-71.)
・血液検査が診断の補助になることはあまりない
‣重症減圧症ではHt50-60ほどに上昇して血液濃縮することがある
(J Emerg Med. Mar-Apr 1994;12(2):147-53.)
・筋骨格型減圧症ではレントゲンでは異常を呈さない
・肺型減圧症では肺水腫を認めることがある
・神経型減圧症ではCTに異常を認めることは少ない
◦MRIも専門施設への転送と治療を遅らせるため推奨されない
(Arch Neurol. 1988 Sep;45(9):1033-5./Aviat Space Environ Med. 2008 Dec;79(12):1112-6.)
・減圧症が疑われたらすぐに治療を開始すること
◦まずは輸液と酸素投与
・高圧酸素療法が治療の中心となる
・航空輸送が必要な場合には、できれば1000feet未満で運行すること
(Diving Medicine. Auerbach’s Wilderness Medicine, by Paul S. Auerbach, 7th ed.)
減圧症を勉強したのは、救急科専門医試験のとき以来でした。
さ~て、いつかくるかな~。
今回の症例では、数日連続で潜ったこととか、より深いところまで潜ったのがいけなかったんでしょうか。
まとめ
・減圧症は潜水後に生じる疾患で、組織に蓄積した窒素が気泡化することにより血管や臓器に影響を及ぼす
・cutis marmorataは皮膚型減圧症の典型的な皮疹である
・皮疹自体を治療する必要はないが、重症化の指標となる
・減圧症は臨床診断であり、多くは潜水から1時間以内に発症する
・疑った場合には即座に高圧酸素療法ができる施設に搬送する