妊娠って実は心血管系疾患のリスクになります。
高齢出産も普通ですし、そもそも身体的変化が心血管系には負担になるようです。
非妊婦の肺塞栓、大動脈解離、心筋梗塞なんてよく出会う疾患御三家ですが、
妊婦ではそうそうお目にかかれません。
ただ、お目にかかってしまったとき、または疑った時にアクションが起こせないと困るので調べてみました。
(Emerg Med Clin North Am. 2019 May;37(2):339-350.)
肺塞栓についてだけやたら長いので今回は妊婦の肺塞栓特集にします!
VTE(venous thromboembolism)
定義/疫学
・VTE= deep vein thrombosis(DVT) + pulmonary embolism(PE)
・妊娠中には以下の身体的変化が出現する
◦凝固機能亢進(hypercoagulable)
◦静脈鬱滞、子宮による下大静脈や骨盤静脈の圧迫による静脈還流低下
◦活動性の低下
→これらの影響でVTE発症率が上昇
・VTE発症率は妊娠期間中は非妊婦に比較して高いが、特に第2期/産後1週間で最大になる
◦第3期に比較して産後1週間のVTE発症率は25倍にもなる
DVT
・左下肢近位に多い傾向
◦左総腸骨静脈が右総腸骨動脈や子宮に圧迫されるため
・診断方法は非妊婦と同様に超音波で圧迫してみることが推奨
◦ただし、妊婦で多い総腸骨静脈血栓症を見落としてしまう可能性あり
→超音波所見がいまいちで疑わしいときには非造影MRIが推奨
PE
・妊娠による変化によりPEを疑うような所見はNORMALにでている可能性あり、診断が難しい
◦頻脈、頻呼吸、呼吸困難、下腿浮腫など
検査
・事前確率推定のための検査はいまいち
◦modified Wells/ revised Geneva scoreはまだvalidationされていない
◦標準的妊娠でD-dimer上昇も見られているためこれも使用しづらい
◦確定診断には造影剤や放射線被曝の問題もある
Clinical Decision Rule(CDR)
・よく使われるWell's scoreやrevised Geneva scoreは妊婦ではvalidationされていない
・いろいろなstudyはあるけども…有用性は定かではない
◦103人の妊婦…Well's score≺6でNPV100%
◦183人の妊婦…Well's score≺4でNPV100%
◦103人の産褥婦へのretrospective review
‣modified Well's score<2…PEは20.5%
‣revised Geneva score≺3…PEは17%に認められた
◦CDR+trimester adjusted D-dimerの研究はvalidationされていない
(J Matern Fetal Neonatal Med. 2011 Dec;24(12):1461-4./Blood Coagul Fibrinolysis. 2014 Jun;25(4):375-8./Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2018 Feb;221:166-171.)
D-dimer
・非妊婦においてはVTEを除外するために用いられる有用なマーカー
・妊婦においてはbaselineで上昇しておりVTE除外には使用できない
◦妊娠第3期では基準値内であることはまずない
・現時点では妊婦においてはVTEを安全に除外できる基準は定まっていない
◦よって、妊婦に対してVTE診断の際にD-dimerを使用することは推奨されていない
・ただし、妊娠第1期においてはD-dimer陰性かつ事前確率が低ければ除外可能であるとされる
画像検査
・PE診断に必須…CTPAやV/Q scanが用いられる
◦いずれも高いNPV(99-100%)を誇る
・CTPAやV/Q scanはいずれも胎児死亡や奇形に関与するレベルの被曝はしない
・CTPAはV/Q scanに比較して容易に検査しやすく、ほかの重大な疾患の鑑別(大動脈解離など)にも使用可能
◦一方で、CTPAは診断に呈さないことがあるという報告もあったが…
‣身体的変化からコントラストが低下するらしい
◦systematic review(CTPA1226:V/Q scan1165)によれば診断能はほぼ同等であった
◦Cochrane review2017では妊婦のPE除外のためにCTPAやV/Q scanを使用することはreasonableとされている
‣ただし、エビデンスの質は低かった
・妊婦のPEは死亡率が高く、世界中では1日に200人がPEで死亡している
→有病率は低いが、検査閾値を標準的成人に比較して下げて対応すべし
マネジメント
・未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリンで治療するのが一般的
◦いずれも胎盤通過や乳汁分泌中への分泌はない
◦特に未分画ヘパリンは緊急帝王切開や手術を要する場合やGFR<30の場合に好まれる
・ワーファリンは胎児奇形に関連するため禁忌
・妊婦へのDOAC使用もデータが限られているため避けることが好ましい
・massive PE(ショックなど血行動態不安定な場合)では血栓溶解療法を選択すべし
◦致命的になるPEではその多くが症状出現から1時間以内に死亡
→不安定な場合には検査に時間をとられて治療が遅れてはならない
・高度なDVTに対してはカテーテル治療も考慮される
以上を踏まえて、以下の対応フローチャートが紹介されていました。
下腿の片側性腫脹→超音波で大腿静脈を圧迫するとつぶれない→PEとして治療というのはなかなか勇気がいる選択です。たぶん一般的には造影CTをとって、さらに悩むんだと思います。
※バイタル不安定で差し迫った状況なら別ですが…。症状発現から1時間で死に至ることもある恐ろしい病気なので。
あと、V/Q scanは使いません。
よって、日本での対応を改めて考えると…
・PEを疑ったらまずは下肢静脈超音波実施
→所見があったら造影CT→治療
→所見がなくても疑えば造影CT→治療適応を考える
というところでしょうか?
D-dimerやClinical Decision Ruleの有用性が証明されていないということは覚えておくべきだと思います。
次回は大動脈解離、心筋梗塞、周産期心筋症を扱います( ̄▽ ̄)